魔物退治の依頼を受けたら、サラさんの笑顔にやられました
「いらっしゃーい」
茶色のウェーブヘアが印象的な、化粧映えする美人店員さんが迎えてくれた。
サムさん曰く、ここは「大衆酒場」というらしい。先ほどの高級店とは違って店内は熱気に満ちており、これなら手軽に情報が掴めそうだ。
混み合う店内をすり抜け、ひとまず空いていたテーブル席へと滑り込む。
「すみません、ビールをお願いします!」
大きな声で注文を済ませると、周囲の客へとなれなれしく笑いかけ、さっそく魔物の情報を聞き出してみた。
「魔物ねぇ。この街はぐるりと囲まれてるからなあ」
「どの辺りに出没するか、分かったりしますか?」
すると、後ろの席から声がかかる。
「俺の妹の畑あたりに出るって話を聞いたな」
「その畑って、どの辺にあるんですか?」
「いやあ、妹に聞かねえと分からん。もう嫁いじまったから、詳しい場所までは知らねえんだよ」
「ふむふむ……」
僕はメモ帳にペンを走らせる。
「兄ちゃん、ギルドの冒険者なのか?」
今度は右隣に座っていた、筋肉隆々の大男が話に入ってきた。
「冒険者ではありませんが、今は似たようなものですね。退治できる魔物を探しているんです」
「ほう、そいつは助かる!じゃあ、俺の工場あたりをうろつく魔物も狩ってくれるのか?」
「はい!喜んで!」
思わぬ収穫に、僕はパッと目を輝かせた。
「俺はこの街で酒造りをしてるんだが、近くにオークが頻繁に出やがるんだ。しかも、とびきりドデカいのが何頭も混ざっていてな……俺の筋肉をもってしても倒せねえ」
「オーク……それも、かなりの大物ですね」
男は木樽の酒を一気に飲み干し、溜息をついた。
「町長経由でギルドに散々掛け合っちゃいるんだが、一向に解決しなくて困ってたんだ」
「任せてください、僕がサクッと倒しちゃいますね」
「え……その細腕でか?兄ちゃん、もしかして魔法師なのか?」
「まあ、そんなところです」
僕は深入りされないよう、適当に頷いておいた。
「もし、その兄ちゃんがオークを倒してくれたら、俺のところで造った酒をたらふくプレゼントしちゃうぜ!」
「はは……それはありがたい話ですね」
(サムさんなら、泣いて喜ぶだろうな)
「おいおい兄ちゃん、男のオークを倒した後は、俺の農園を荒らし回ってるワームもどうにかしてくれよ。恐ろしくて収穫もできやしないんだ」
筋肉男と同じテーブルにつかされていた、少し痩せ気味の壮年男性が声をかけてきた。
「ワームですか……やっぱり、巨大な奴なんですか?」
「おうよ。こっちも町長経由でギルドに頼んではいるんだが……一向に来てくれなくてな」
「なるほど……」
僕はうなずき、手元のメモ帳に書き留めた。
注文したビールが届き、僕はさっそく喉へと流し込む。
「あー……この一杯がたまらない」
口いっぱいに広がる芳醇なホップの香りが心地よい。高価なワインも悪くはなかったが、庶民的な僕の口にはやっぱりビールの方がしっくりくる。僕は冷えたビールを堪能しながら、手元のメモをまとめていく。
ひとまずはこんなところだろうか。僕は筋肉男に工場の詳しい場所を尋ね、メモを完成させた。
「ええと……オークが出没するのは、南門を出て街道沿いに300フィートほど進んだ酒工場、と」
「俺もついて行った方がいいか?道案内くらいならできるぜ」
「本当ですか?助かります。でも、もし危険だと感じたらすぐに逃げてくださいね」
「おう、任せとけ。ところで兄ちゃん、決行はいつにするんだ?」
ふと、サラさんの笑顔と、悲しそうに伏せられた瞳が脳裏をよぎる。彼女の流す涙なんて、もう見たくはない。
「明日にでも行きます。害をなす魔物は、一日でも早く退治してしまった方がいいですから」
「急だな!まぁ俺も仕事があるし、明日の午後に中央広場で待ち合わせってのはどうだ?」
「いいですね。それでお願いします!」
トントン拍子で、早くも明日の予定が決まった。
僕は店を後にした。すると、高級店の前に座り込んでいるサムさんを見つけた。
「サムさん、どうしたんですか?」
「いやー、飲みすぎちゃいまして……腰が立たないんです」
どんだけ飲んだんだ、この人!僕は肩を貸して彼を立たせた。
「いやー、いい日ですねぇ~っ!」
サムさんは完全な千鳥足だ。僕の背中にはリュートもあるし、肩を貸すというより抱え込むようにして連れて行くしかないか。
「サムさん、足元に気を付けてくださいね」
「ひゃあ~あはははははっ!」
サムさんはとにかくテンションが高い。完全に酔っ払っている。酒場から町長の家があまり離れていないのが、せめてもの幸いだった。僕はすっかり支離滅裂になっているサムさんを引きずるようにして、サラさんの家へと向かった。
「ルルクさん…って、ちょっとサム!あんたは何のためにルルクさんと一緒に行ったわけ!?」
迎えてくれたメアリーさんだったが、開口一番サムさんへ雷を落とした。当のサムさんはすっかり出来上がっているようで、ケタケタと呑気に笑っている。
「ルルクさん…大丈夫ですか?ちゃんと目的は達成できました?」
続いてエミリーさんが声をかけてくれた。
「目的は果たせたんですけど…ちょっと目を離した隙に、サムさんがこんな状態になっちゃいまして…」
サムさんを肩で抱えながら苦笑いする僕を見て、メアリーさんの苛立ちは最高潮に達したらしい。
「目的が達成できたのなら何よりですが…」
エミリーさんも困ったような表情で僕たちを見つめている。
「エミリー、手伝って!サムをルルクさんに押し付けたまんまじゃ迷惑でしょ!」
エミリーさんは深々とため息をつき、メアリーさんと二人で僕からサムさんを引き剥がすと、奥の部屋へと運んでいった。
代わりに奥から歩いてきたのはサラさんだ。彼女はぺこりと頭を下げた。
「ルルクさん、ご迷惑をおかけして本当にすみません…」
「いえいえ! サムさんにはちゃんと道案内してもらいましたし!」
うん、そこまでは完璧だったのだ。……僕がバッカスなんて呼び出したせいで、高級酒場を追い出された件からは目を瞑るとして。
「それで、魔物の情報はどうでしたか?」
僕はニカッと笑ってみせる。
「ばっちりです!明日の午後、酒工場の近くに出るオークどもを退治してきます!」
「次はオークですの…。本当に魔物ばかりの街で申し訳ありません…」
落ち込むサラさんに、僕は慌ててぶんぶんと首を振った。サラさんはひとつも悪くない。
「サラさんは気にしないでください!こればかりは仕方ないですし、僕、全力で頑張りますから!」
ガッツポーズを決める僕に、サラさんは愛らしく微笑んだ。
――うぐっ、またそうやって罪作りな笑顔を……!こんなの絶対勘違いしちゃうって!
「ルルクさん、あなたには本当になんとお礼を申し上げたらいいのか…無理ばかりさせてすみません…」
「いやいや!僕が好きでやってることですから気にしないでください!それにこれでも一応、セリンのギルドでBランクは貰ってるんですよ」
僕が慌てて両手を振ると、サラさんはぱっと目を見開いた。
「あの『騎士の国』セリンでBランク…!ルルクさんは本当にお強いのですね」
直後、投下される犯罪級の微笑み。
(……うぐっ!!)
妖艶すぎる美人の笑顔を至近距離で浴びせられ、心臓が口から飛び出しそうなほど跳ね上がる。
「…ギ、ギルドのランク付け自体は世界共通ですから!たまたま僕の故郷がセリンだったってだけです!」
「ふふ、ご謙遜なさらないで、ルルクさん」
また笑った。ダメだ、その微笑みが僕の精神を根底からグラグラ揺さぶっていることに、彼女は絶対に気づいていない……!
「ルルクさん、これからお部屋に戻られますか?」
「あ、はい。そのつもりですけど」
「父が防具屋に注文していた品が届いたそうですの。後でお部屋にお持ちしますわね」
「えっ。で、でも、相当重いんじゃないですか…?」
「ええ。私では持ち上がらないほどでしたから……執事に運ばせますね」
(待って、そんな重装備だとリュートが弾けなくなるんだけど……!)
心の中で冷や汗が吹き出す。けれど、せっかくご厚意で手配してくれた手前、受け取らないわけにもいかない。僕は密かに「どうか少しでも軽装備でありますように」と神に祈りを捧げた。




