「ルルクさんまで、いなくならないで」――町長令嬢の涙
「それと……私からは、こちらを」
ふいにサラさんが僕の腕を取り、手首に何かを巻き付け始めた。
触れた細い指先の温もりに、心臓が跳ね上がる。
「お守りのミサンガです。拙い手編みですが……私にはこれくらいしかできませんので」
「ミサンガ……!ありがとうございます!大切に使わせていただきます!」
赤、青、緑の鮮やかな糸で編まれたサラさんお手製のミサンガ。それだけで、僕にとってはどんな高級品よりも価値がある。僕は嬉しさを噛み締めながら、丁寧にお辞儀をした。
「ルルクさん、明日もよろしくお願いしますね……。私には、こうして応援することくらいしかできませんけれど……」
「サラさんの応援があるからこそ、僕は頑張れるんですよ!だからそんなの、全然気にしないでください!」
そう告げると、サラさんは愛らしく微笑んだ。
(……うぐっ、だからその笑顔!今どれだけ僕の心が鷲掴みされてるか分かってないでしょ絶対……!)
「ふふ、ではお部屋までご一緒しますわ、ルルクさん」
「ええっ!?」
予想外の言葉に、喉の変なところから素っ頓狂な声が跳ね上がった。
「あら……私と一緒じゃ、ご迷惑でしたか?」
少し首をかしげ、申し訳なさそうに見つめてくるサラさん。
「い、いえっ!めっちゃ嬉しいです!じゃなくて、ちょっとびっくりしただけで……すみませんっ!」
「ふふっ、ルルクさんったら」
パニックになる僕を見て、サラさんは可憐に袖を口元にあてて笑った。
(…ああ、その笑みが僕を狂わせるんだ…)
廊下を通りかかった際、ずっと気になっていた壁の絵についてサラさんに尋ねてみた。
「この絵ですか……」
その問いに、サラさんは不意に視線を落とし、沈黙する。僕は急に焦りを覚えた。
「あ、ごめんなさい!言いづらいことなら気にしないでください!」
「いいえ、大丈夫ですの。この絵は……私の幼馴染で、許嫁だった人が描いてくれたものなのです」
――許嫁。
その言葉が胸に突き刺さり、一瞬で目の前が真っ暗になった。やっぱり、こんな素敵な人にはちゃんと決まったお相手がいたんだ……。
「ですが、もうこの世にはいません。二年前、旅先で魔物に襲われてしまって……」
遠くを見つめるサラさんの青い瞳に、寂しげな影が差す。
「せめて彼が生きかけた証を残したくて……忘れずにいられるよう、ここに飾っているのです」
僕は何も言えなくなってしまった。
サラさんは、あまりにも大切な人を二人も失っている。お母さん、そして幼馴染の許嫁……。どれほどの悲しみを背負って生きているのだろう。そんな彼女に、今の僕がかけられる言葉なんて、ひとつも見つからなかった。
「ふふ、すみません。こんな暗い話をしてしまいましたね。ルルクさんに気を遣わせてしまいました」
僕に向かって、無理に笑顔を作ってみせるサラさん。
「そんな、謝らないでください……!聞いたのは僕ですし、何も知らずにデリカシーのないことを聞いちゃって……本当にごめんなさい……」
「いいえ、いいのですルルクさん。もう二年も前のことですから……」
サラさんは寂しそうに微笑みながら、どこまでも気丈に振る舞おうとする。
――その儚い横顔を見て、僕の胸の奥で熱いものが弾けた。
守りたい。この人を笑顔にできるなら、どんなことだってしてみせる。もう二度と、こんな悲しそうな顔をさせたくない……!
「僕、全力で頑張りますから!サラさんがずっと笑っていられるように、僕がこの街の魔物を全部片付けてきます!」
「ルルクさん……」
まっすぐに見つめ返すと、サラさんの青い瞳が息を呑んだように揺れた。
負ける気なんてハナから無い。伊達に今日まで召喚魔法を扱い続けてきたわけじゃないんだ。
「冒険者ランクこそBですけど……気持ちならS級の魔物が相手だって、絶対に負けません!」
「無茶はしないでください……っ!私、これ以上大切な人を失うのが恐ろしいのです」
(……た、大切な人ぉぉっ!??)
心の中で素っ頓狂な叫びが跳ね上がった。
一瞬で顔が沸騰する僕の手を、サラさんはぎゅっと包み込んでくる。
「お願いです、ルルクさんまでいなくならないで……」
青い瞳を揺らし、縋るように僕を見つめるサラさん。
触れ合う手の温もりにドギマギしつつも、ここで格好悪いところは見せられない。僕は必死に顔の赤さを誤魔化しながら、精一杯のキリッとした表情を作った。
「大丈夫です、無茶なんて絶対にしませんから。僕を信じて待っていてください、サラさん」
――よし、決まった……はず!
噛まずに言えたし、ちょっとは男前なところをアピールできただろうか……!?
「ルルクさん……私……本当は……」
サラさんが何かを言いかけて、言葉を止めた。
「サラさん?」
僕が首を傾げると、彼女は小さく首を横に振った。
「……いえ。何でもありません」
そう言って微笑むサラさんの表情は、どこか寂しげだった。
けれど、繋がれた手は離れない。
その温もりが妙に嬉しくて、僕は少しだけ強く握り返した。
「大丈夫です。僕は絶対に帰ってきます」
「……はい」
サラさんは静かに頷いた。
その青い瞳には、まだ不安の色が残っている。
それでも――ほんの少しだけ、僕を信じてくれているように見えた。
手首に巻かれた赤、青、緑のミサンガが、廊下の明かりを受けて小さく揺れる。
明日はオーク退治。
僕はまだ知らなかった。
この街で待ち受けているものが、これまでの魔物退治とは比べものにならないほど危険なものだということを。
そして――サラさんが僕に言いかけた「あの言葉」の意味を。




