表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

おませな少女

 これで僕の仕事は、リュートの演奏から魔物退治へと変わった。

 魔物退治なら、旅の途中でギルドの依頼を受けて何度か経験している。きっと大丈夫だ。それに、いずれ本格的な冒険者が派遣されてくる。それまでの間、僕が踏ん張ればいい。

 僕は勇者になりたいわけじゃない。

 目指しているのは、あくまで音楽家だ。

 その目標だけは、絶対に忘れない。


 だけど、この街に立ち寄った以上、サラさんの悲しむ顔は見たくなかった。

 世界を救いたいなんて、大層な話じゃない。

 ただ、目の前にいる彼女の笑顔が見たい。

 サラさんには、いつだって笑っていてほしい。

 あの反則的な笑顔で、僕に笑いかけてほしい。


 ――たったそれだけの想いを胸に、僕は明日から魔物退治へ出かけることにした。


「どうか、無理だけはしないでくださいね」

 サラさんが、気遣うように優しく声をかけてくれる。

「大丈夫ですよ。任せてください」

 僕は心配させないよう、努めてにこやかに答えた。


「ルルクさん、街の鍛冶屋には声をかけておきますよ。もしものとき、良い剣が必要になるかもしれませんから」

 ダグ町長が親切に申し出てくれたが、僕は首を振った。

「それなら、防具をお願いできますか? この格好のままじゃ、さすがに心許ないので」

 どれほど名のある剣があっても、使い手が僕では宝の持ち腐れだ。それなら、少しでも生存率を上げる防具のほうがいい。

「なるほど、わかりました。防具屋に声をかけておきましょう」

「助かります。ありがとうございます」

 僕は新たな決意を胸に、食堂を後にした。


 明日から忙しくなる。

 自室へ戻ると、僕は真っ先に相棒のリュートを取り出した。

 旅を始めた頃から、剣の扱いはさっぱりだった。

 けれど、召喚魔術の触媒として使うこのリュートは、僕の手によく馴染む。

 街では演奏で人々を魅了し、戦いでは音色とともに魔法を繰り出す。

 今や僕にとって、一番頼れる武器だ。

 

 それだけに、手入れには一切の妥協が許されない。

 前の街で買っておいた新しい弦を取り出し、一本ずつ丁寧に張り替えていく。

 糸巻きに潤滑剤を塗り、仕上げに柔らかな布でボディを乾拭きする。


「……よし」


 リュートは、明日からの戦いに備えるように静かな光沢を放っていた。

 これで準備は整った。

 僕はベッドへと身を投げ出す。

 かつての家も、騎士になるという道も、もう過去のことだ。

 今の僕は貴族でも騎士候補でもない。

 楽器を手に戦う、一人の吟遊詩人だ。


 そして――

 全てはサラさんのために。

 格好をつけるわけじゃないけれど、結局のところ、それが僕の一番の原動力だった。

 もちろん、この街も救いたい。

 でも、困っている彼女を放っておくことなんてできない。


 ――それに、美人に泣かれるのはどうにも性に合わないから。


「おはようございます、ルルクさん」

 声にまどろみを破られて目を開けると、すでにエミリーさんが枕元に立っていた。

「朝ご飯、できていますよ」

「えっ……あ、もうそんな時間ですか?」


「ええ。相当お疲れだったんですね。もう八時ですよ」

「は、八時っ!?」


 僕は跳ね起きるように布団を跳ね返した。

 寝過ごしたわけじゃない。

 けれど、今日から魔物退治が始まるというのに、こんな時間まで寝ている場合じゃない!


「ゆっくりで大丈夫ですよ。今日からルルクさんには、たっぷり働いてもらわないといけませんからね」

 クスクスと笑うエミリーさんを見て、僕は頭をかきながら苦笑するしかなかった。


 初日からやってしまった……。

 僕は慌てて身支度を整え、エミリーさんの後をついて食堂へ向かった。

 食堂に着くと、そこにサラさんたちの姿はなかった。

 尋ねてみると、ダグ町長はすでに仕事へ向かい、サラさんも教会へお祈りに出かけたという。

 どうやら、僕だけが呑気に朝寝坊していたらしい。


「あちゃー……」

 顔を手で覆う僕を見て、エミリーさんはまたクスクスと笑った。

「ルルクさん、どうぞお召し上がりくださいね」

「ありがとうございます」

 テーブルにつき、焼きたてのパンを口に運ぶ。


 外側は香ばしく、中には濃厚なチーズがたっぷり詰まっている。隣には玉ねぎとブロッコリーの入ったクリームスープ。そして中央の皿には、綺麗な黄金色のスクランブルエッグ。

 温かな朝食を口にするうちに、ぼんやりしていた頭もすっかり目を覚ましていった。


「ええと……僕は今日、まず何をすればいいですかね?」

「サラ様から伝言をお預かりしていますよ。『ルルクさんは中央広場でリュートを演奏してください』とのことです」

「まずは音色で街を活気づける、ってわけですね! 了解です!」

 張り切る僕を見て、エミリーさんは嬉しそうに目を細めた。

「それから先はサラ様にお尋ねください。ルルクさんが演奏している間に、魔物の出現場所の目星をつけておくとおっしゃっていましたので」

「えっ!? もう出現場所の目星がついているんですか!?」

「ええ。お祈りだけでなく、情報収集も兼ねて教会へ向かわれたのだと思います。あそこには朝から大勢の人が祈りに来ますから」


 ――そういうことか。


 情報収集の定番といえば酒場やギルドだが、朝一番なら人の集まる教会というわけだ。

 そういえば、この街にはギルドもないんだったな。

 エミリーさんとの会話を楽しみながら、僕は朝食を完食した。


「よし、じゃあ中央広場に向かえばいいんですね!」

「ええ。案内のココが外で待っていますから、あとはあの子に任せてくださいね」


 ……ココちゃんかあ。


 あの無駄に鋭い少女の顔が思い浮かぶ。

 お願いだから、朝から余計な突っ込みだけはしないでくれよ?

 祈るような気持ちで玄関のドアを開けた。


「おはよう、お兄ちゃん」

 昨日と同じく、大きな赤いリボンをつけたココちゃんが立っていた。

「おはよう、ココちゃん。今日はよろしくね」

 無難に爽やかな笑顔で挨拶を返した――はずだった。


「で、サラ様とは仲良くなれたの?」

 容赦のない一撃。

 やっぱり朝からそれか!


 僕は引きつりそうになる口元を必死に抑え、あからさまな作り笑いでスルーを決め込んだ。


「ねえ、お兄ちゃんってば。本当はどうなの?」

 ココちゃんはまったく諦める様子もなく、下から僕の顔をじっと見上げてくる。


「それよりココちゃん、中央広場へ案内してくれないかな……」

「じゃあ、お兄ちゃんがココの質問に答えてくれたら教えてあげる!」


 まさかの人質――いや、情報を取られてしまった。

 僕は苦笑いを浮かべたまま、その場に固まる。


「ねえ、サラ様とは仲良くなれたの?」

「まだ会ったばかりだから、そんな段階じゃ……」

「ふーん……お兄ちゃん、サラ様のこと好きでしょー?」


 直球すぎる。

 天使のような無邪気な笑顔で、容赦なく核心を突いてくるのだから恐ろしい。

 僕は反論もできず、必死に愛想笑いを浮かべて耐え凌いだ。


「なんだぁ、まだカタオモイなんだね!」

 ココちゃんは楽しそうに笑う。


「よーし、サラ様と仲良くなれるように、ココが協力してあげる!」

 ……どうか、その協力だけは遠慮させてほしい。

 僕は心の中で、切に願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ