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この街は僕が守る

「旅をする途中で、たくさんの魔法も覚えました。男の一人旅とはいえ、旅には魔法が必要不可欠ですからね」


 そう口にしながら、僕が旅に出るのを必死で止めてくれたメイドの顔が目に浮かんだ。確かに、一貴族の人間が旅に出るなど、生半可な覚悟でできることではない。

 実際、僕は旅の途中で何度も辛い目に遭い、人を信じられなくなることも多かった。二年という歳月をかけてようやく旅慣れ、人から騙されるようなことはなくなってきたが、ここに至るまでずいぶんと回り道をしたと思う。


 だが、そんな時に僕を助けてくれたのが、かつて学校や家で学んだ魔法だった。魔法を使えるということ自体が、僕の大きな心の支えになっていたのだ。


「魔法が必要不可欠とは……だいぶ苦労されたのですね、ルルクさん」

「いえ、たいした話ではないですよ。僕が不器用だっただけで」

 僕は苦笑しながらダグ町長に言葉を返す。不器用、いや、無知だったのだ。あの頃の僕は、屋敷と学校、そして王都の街並みだけが世界のすべてだった。僕がもう少し世間を知り、うまく立ち回れていればよかったのだろう。旅に慣れるまで、結局二年もかかってしまった。


「ですが、そのおかげでルルクさんと私たちはこうして出会えた。この素晴らしい偶然に感謝し、乾杯と祝いましょう」

 ダグ町長に明るく促され、僕は照れくさそうにポリポリと頭をかいた。

(サラさん、まだ来ないのかな……)



「あら、乾杯ですの?」

 廊下の奥からサラさんの声が聞こえてきた。


 彼女は美しい黄金色の髪を揺らしながら、食堂へと入ってくる。


「サラ、遅いぞ。スープが冷めてしまうではないか」

「ごめんなさい。先に召し上がっていてもよろしかったのに」

「ルルクさんがサラを待ちたいとおっしゃったのだよ。ヘレンには報告してきたのかね?」

「ええ、お母様にはしっかり伝えてきましたわ。『ルルクさんがこの街を変えてくれる』……と」


 なぜだかすっかり、僕がこの街を変えることが決定事項のように語られている。正直なところ、なかなかのプレッシャーだ。僕の奏でるリュートの音色で、本当にどうにかなるのだろうか。


「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。ルルクさん」

 彼女が丁寧にお辞儀をしてくれたので、僕は「いえいえ!」と慌てて首を振った。


 サラさんは僕の真向かいの席に腰を下ろした。……正直、顔が間近で非常によく見える、なんとも罪深いポジションだ。笑顔も、ふとした真顔も嫌でも視界に入ってくる。こんな美人さんを目の前で拝めるなんて幸せだなと思う反面、緊張で心臓の鼓動がうるさかった。


「さあ、この街の復興を祈って――乾杯!」

「ええ、お父様」

「は、はい……」


「乾杯!」


 それぞれがグラスをかかげ、果実酒を一口含んだ。


「……美味しい。これ、果実酒ですか?」

「左様でございます。この土地で採れる梨を醸造したお酒でしてね」

 給仕の合間に、コック姿の料理長が微笑みながら教えてくれた。

「梨のお酒ですか……すっきりしていて、とても飲みやすいですね」

「お気に召していただけて光栄です、ルルク様」

 料理長は誇らしげに胸を張り、丁寧にお辞儀をした。


「この土地は恵まれていますの。先ほどの紅茶も、この梨も……自慢できる名産品ならいくらでもございますわ」


 サラさんが微笑みながら教えてくれる。

 それほど名産に恵まれているなら、それを交易の目玉にして街を活気づければいいのではないだろうか。なぜそうしないのだろう?


「納得がいかない、というようなお顔ですな、ルルクさん」

「えっ……あ、いえ、そんなつもりでは……」

「ふふ、言いたいことは分かります。これほどの特産がありながら、なぜそれを売りに街を盛り上げないのか、とお考えでしょう」

 心の中を見透かされ、僕は言葉を失って口をつぐんだ。


 ダグ町長の笑みが消え、その瞳に深い影が落ちる。

「――魔物が出るのです。どれほど冒険者ギルドに依頼を出しても、切りがなく湧いてくる……。今のこの街は、完全に魔物の巣窟に囲まれてしまっているのですよ」


 僕は息をのんだ。

「魔物の巣に包囲されている……?だからギルドへ……」

「ええ……。頼んでも頼んでも拉致があきませんが、街を守るためには依頼を出し続けるほかないのです」

 サラさんが悲痛な面持ちで俯く。美しき人が悲しみに暮れる姿を見るのは忍びなく、僕は勢い任せに声を張り上げていた。


「だったら、その魔物を退治してしまえばいいんですよね!片っ端から巣窟を叩き潰せばいい!」

 ココちゃんたちが『勇者様』を心待ちにしていた理由が、ようやく理解できた。

「……ですが、今はギルドからの派遣も途絶えており……」

「その間は、僕がなんとかします!」


 途端、和やかだった食堂の空気が一変し、激しいどよめきが広がった。ダグ町長もサラさんも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっている。


「僕、魔法が得意だと言いましたが……実は特に『召喚魔法』に長けていまして」

 僕は持ち込んでいたリュートの弦を弾いた。

 ポロン――と澄んだ音が響いた瞬間、光の粒とともに三匹の愛くるしい妖精が姿を現した。彼女たちは楽しげにテーブルの周りを舞い踊り、サラさんに向けて可憐にウィンクを贈る。


「……えっ!?じ、事件ですわ!どういうことなのですの、ルルクさん!?」

 サラさんは勢いよく立ち上がり、乗り出すように僕を凝視した。


「な、なんという……」

 ダグ町長は開いた口が塞がらない様子だ。


「勇者様……本物の勇者様ですよ、町長!」

 給仕をしていたメイドの一人が、感動のあまり叫び声を上げる。


(あちゃー……一番言われたくない単語が出てしまった)

 勇者だなんて大げさなものになる気は毛頭ないのだ。照れくささを誤魔化しながら、僕は手をひらひらと振った。


「そんな大層な存在じゃありませんよ。僕の召喚魔術とリュートの演奏を組み合わせた、ちょっとした応用です。今は挨拶代わりに妖精を呼び出しましたが、状況に応じて魔界から力強い魔物を喚び出すこともできます。目には目を、魔物には魔物、というわけです」


「ル、ルルクさん……!」

 サラさんは胸の前で両手を合わせ、瞳をキラキラと輝かせながら僕を見つめていた。

(うわぁ、その表情は反則的な威力の兵器ですよ、サラさん……!純情青年の僕を惑わせないでほしいな)


「ルルクさん、これは素晴らしい……!私はまさに、魔法にかけられたかのように魅了されてしまいましたよ」

 ダグ町長が深く感心したように頷く。


「こんな僕でよければ、ぜひ魔物討伐を手伝わせてください!」

「本当によろしいのですか、ルルクさん……?危険を伴いますのに」

 サラさんが心配そうに覗き込んできた。僕は顔が赤くなるのを誤魔化しながら、「大丈夫!」と力こぶを作るポーズをとってみせる。

「見ず知らずの旅人に頼ってしまって良いものか……」

 ダグ町長は申し訳なさそうに顔を曇らせた。

「ええ、これも何かの縁ですから。僕で役に立てるなら頑張らせてください!」


 途端、食堂内にいた奉公人やメイドたちから、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 サラさんとダグ町長は席を立ち、僕に向かって深々と頭を下げる。

「どうか、この街をお救いください……」

 僕は力強く胸を叩いて応えた。

「任せてください!」

<a href="https://note.com/masuga26/n/n723ad6bcef73L" target="_blank">【設定資料】キャラクターのプロフィールはこちら(noteへ移動します)</a>

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