朝市とサーペントドラゴン ―新たなる契約の証―
「おはようございます、ルルクさん」
食堂に着くと、ダグ町長が声をかけてくれた。
「おはようございます、ダグ町長」
僕も挨拶を返す。隣に座っていたサラさんは、少し恥ずかしそうに、
「おはようございます、みなさん」
と、頭を下げた。朝の騒ぎがまだ尾を引いているのか、照れが抜けきらない様子だ。僕らも挨拶を返し、席に着いた。
今日の朝食は黒パンと簡単なスープ、それに小さなチーズが添えられていた。
「美味しそう……!チーズなんて久しぶり!」
アンナが嬉しそうにチーズへ手を伸ばす。
「私もだ。しかもこれは上等な品だな、味が違う」
ローラも感心している。確かに、いつものチーズとは違って、濃厚な味わいだ。さすがは商業と文化の国リオウ、町長の屋敷で出されるものは一味違う。僕は黒パンにかじりついた。
「ルルクさん、夕べは大変だったようですね」
ダグ町長の言葉に、僕は思わず身を縮めた。
「すみませんでした……!ご迷惑をおかけして」
あの場で取り乱したのは、どう考えても僕だ。ひたすら謝るしかない。
「いえいえ。体調が心配でしたが、お元気そうで何よりです」
ダグ町長は本当に優しい。僕の父だったら、あんな真似をした翌朝は朝食にすら呼んでもらえず、こってり説教されているところだろう。
「それに、今日も魔物退治なんでしょう。何事もなくて、本当に良かった」
ダグ町長が微笑む。――本当に、優しいお父さんのような人だ。
「みなさん、今日はいつごろお出かけになるのかしら?」
サラさんの問いかけに、僕は答える。
「今日も午後からの予定です」
「それまで、みなさんは何かご予定があるのですか?」
「私は自主トレーニングだ」
即答したのはローラだ。魔物退治の直前まで鍛錬を欠かさない姿勢には頭が下がる。
「僕は魔法書を読んで勉強します」
できるだけ多くの幻獣と契約したいのだ。あの謎の視線の主が、僕と同じ召喚士かもしれないのだから。
「私はどうしようかなー。まだ決めてないや」
アンナがスープを口に運びながら思案している。
「それなら、私と一緒に買い物はいかがですか?今日はちょうど朝市が立つ日なんですの」
サラさんが提案すると、アンナはなぜか僕を一瞥し、
「いいの!?私で!」
と、言った。僕の方をちらちら見るのはやめてほしい。
「ええ、もちろんですわ。アンナさんさえよろしければ」
サラさんが微笑む。
(朝からその笑顔は罪だって……!)
「じゃ、一緒にいきましょ、サラさん」
…ということで、僕らの午後までの予定が決まった。
朝食を終え、僕らはそれぞれの部屋に戻った。アンナは早速、玄関の方へ向かっていく。
サラさんと買い物か。かなり惹かれるが、今の僕がすべきことはそれじゃない。戦力の増強、それだけだ。
朝食前に、難敵フェンリルと契約を結んだ。この調子なら、あと一、二体は幻獣と契約できるかもしれない。……いや、フェンリルの召喚でかなり魔力を使ってしまった。この後ワームとの戦闘も控えていることを考えると、あと一体に留めておこう。
僕は魔法書とリュートを取り出し、作業に取りかかる。
フェンリルとの契約で、闇魔法と光魔法を手に入れた。光魔法の使い手といえば、四大精霊か天使だ。四大精霊のうち三つとはすでに契約できているが、残る一つがなかなか結べずにいる。
精霊の召喚は、その時の環境に大きく左右される。野外ならほとんどの精霊を呼び出せるが、屋内では対象が限られる。残る一体は、今の屋内環境では呼び出すことすら難しいだろう。
となれば、屋内で呼べる幻獣――天使に絞ろう。下級天使のエンジェル、アークエンジェル、プリンシパリティとはすでに契約済み。次は、その上の中級天使との契約だ。
フェンリル以上に気位が高そうだが、僕は星神教の教徒であり、音を生業とする吟遊詩人でもある。そこをうまく突けば、契約を交わせないだろうか。……とはいえ、今のところ全敗だ。
部屋の中ではダメか。聖なる場所、教会でなら契約が結べるかもしれない。……が、人のいる教会でリュートを弾き、幻獣を呼び出して契約を迫るのは、また人だかりを作りそうで怖い。しばらく滞在する予定のシュナイゼルの街で、勇者だなんだと崇められるのも困る。ここは天使を諦めて、別の種類の幻獣との契約を目指そう。
できるだけ戦闘力の高い幻獣を――僕は魔法書を読み進める。
その中に出てきた、「サーペントドラゴン」。海や地中に住む巨大な蛇の姿をした神話の竜…で、攻撃力が高く、地の魔法、海近くで召喚した場合は水魔法を使える…とある。これは契約交渉もしたことはないが、かなり魅力的な幻獣だ。ドラゴン族はリヴァイアサンとファイアドラゴンがいるが、そこに地の魔法に特化したサーペントドラゴンが加わるのもいい。
僕はサーペントドラゴンに目標を定め、リュートの音を調整する。ドラゴン族の音色なら、だいたいこの音でいいはずだ。屋敷に穴をあけないよう、ミニチュアサイズで呼び出す。
僕のリュートの音色で出現した、サーペントドラゴン。確かに蛇が大きくなった感じの翼を持たないドラゴンだ。
ドラゴン族は好戦的な幻獣が多い。サーペントドラゴンもきっとそうだろう。僕がどれだけ強くて、サーペントドラゴンを戦いに生かせるかを証明して、契約に持っていけばいい。
『……主、となるべき者か』
頭の中に直接、低く重厚な声が響く。
通常の幻獣であれば、契約の瞬間にだけこうして会話ができる。だが知性が高く、意思疎通に長けた幻 獣は契約後も普通に言葉を交わせる――サーペントドラゴンはどちらなのだろうか。
ミニチュアサイズとはいえ、目の前で身をくねらせるサーペントドラゴンが放つ圧迫感は本物だった。鋭く縦に裂けた瞳が、僕を射抜くようにじっと見据えている。
「そうだ。僕は召喚士。君の力を借りたくて呼び出した」
僕はリュートを構え直し、指先に魔力を込める。ドラゴン族との契約交渉は、理屈や言葉よりも「力と意志」を示すのが一番手っ取り早い。
『ほう……我を服従させようというのだな。ならば見せてみよ、我を率いるに足る牙を!』
サーペントドラゴンが咆哮すると同時に、部屋の空気が一変した。ミニチュアサイズとはいえ地の魔法に長けた竜だ。床から小さな岩の礫が浮き上がり、弾丸のような速度で僕へ向かって飛んでくる。
「甘いよ!」
僕はリュートの弦を強く弾き、ハーピーを呼び出すと、風の防御障壁を展開させ岩の撃ち込みをすべて弾き返した。部屋の家具を傷つけないよう、魔力の波動を限界まで絞り込む。
(地の威力を正面から受け止めるんじゃなく、受け流して僕の魔力の密度を見せる……!)
続いて、水のない室内にもかかわらず、サーペントドラゴンの周囲に青澄んだ魔力の渦が発生した。海の属性を持つ水魔法の予兆だ。
「そうはさせない!」
術が完成するより早く、僕は新たな音色を奏でた。すでに契約しているリヴァイアサンとファイアドラゴンの波長を混ぜあわせた、ドラゴン族に特化した威圧の旋律。
『ぐっ……!?この波長は……同胞たちの威光……!?』
サーペントドラゴンの動きがぴたりと止まる。僕がどれだけの高位ドラゴンとすでに契約を結び、従えているかを悟ったのだ。すかさず僕はリュートの音色を「服従」から「共闘」の穏やかな旋律へと変化させた。
「倒したい敵がいるんだ。君の地の魔法と海の力があれば、僕たちはもっと強くなれる。……僕の仲間になってくれないか?」
静寂が部屋を包む。
やがてサーペントドラゴンは深く息を吐き出すと、ゆっくりと頭を下げた。
『……見事だ。その器と覚悟、確かに確かめた。我はサーペントドラゴン。汝を新たなる主と認めよう。力を合わせ、共に戦う主としてな』
緑色の光の粒子が巻き起こり、僕手の甲に新たな契約の紋章が刻み込まれる。
よし、契約完了だ。頼もしい仲間が、また一匹増えた。
「はー、疲れた……」
同時にハーピー、ファイアドラゴン、リヴァイアサンを呼び出したのだ。四大精霊を揃えて呼び出すだけで、これほど消耗するとは。僕は魔法書を仕舞い、リュートを脇に置くと、しばしの休息をとることにした。魔力の回復には、ポーションを飲むか、ひたすら眠るしかない。
自分を鍛えているローラやサラさん、楽しそうに朝市へ出かけたアンナには悪いけれど――僕は寝させてもらうことにする。




