リュートの音色
「それで、その間の宿なんですが……」
サラさんが見せた穏やかな笑顔に、僕の心臓が跳ねる。
「ルルクさんさえよければ、宿ではなく私の家にお泊りになりませんか?」
「えええ!? ……え、ええと、いいんですか?僕なんかがお邪魔して」
そう尋ねると、サラさんはさらに笑みを深めた。その微笑みは、もはや僕にとっては凶器に等しい。
「ええ。普段使っていない客間もありますし、ルルクさんさえよろしければ」
「はい!ぜひお願いします。……でも、いいんですか?少しでも街にお金を落としたほうがいいんじゃ……」
「こちらこそお願いしている立場ですから、それくらいはさせてくださいね」
サラさんにそう言われ、僕は「よろしくお願いします」と深く頭を下げた。
「お兄ちゃん、良かったね。サラ様のおうちに泊まれるなんて!ますます好きになっちゃうんじゃない?」
にやにやとからかってくるココちゃんの言葉を、僕はあえて無視した。ここでヘタな反応してサラさんに嫌われるわけにはいかない。
……って、僕はいったい何を考えているんだ!
あんな美人さん、世の中の男性が放っておくはずがないじゃないか。
僕は心の中でそう自分に言い聞かせ、必死に平常心を装った。
「案内しますね。こちらへどうぞ」
サラさんに促され、僕は彼女の後を追う。
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
なぜかココちゃんから熱いエールが飛んできた。まったく、女の子はませている。余計な深読みはしないでおこう。
サラさんと並んで街を歩く。やはりどこか寂れた印象は拭えない。かつて賑わっていたというのが嘘のようだ。僕のリュートで、少しでもこの街が明るくなればいいのだけれど。
「ここです。他の街に比べると、ずいぶん小ぶりですが」
赤い屋根に白い壁。直前に見た町長の三階建ての屋敷に比べれば確かに小じんまりとしているが、それでもこの街の中では十分に目を引く立派な建物だった。
「お入りください、ルルクさん」
サラさん、だからその微笑みは超絶危険な武器なんだって。ただでさえ目を惹く美貌なのに、そんな風に柔らかく微笑まれたら、年齢イコール彼女いない歴の僕はひとたまりもない。盛大な勘違いを起こしてしまいそうだ。
「どうされたのですか?ルルクさん」
「い、いえ!ちょっと考え事を……。すみません、お邪魔します」
僕はあわてて動揺をごまかし、足を踏み入れた。
「サラ様、お客様ですか?」
出迎えてくれたのは、髪をふたつに結った女性だった。服装からしてメイドさんのようだ。
「ええ。この街を活気づけてくれる、吟遊詩人の方よ」
サラさんが僕へ視線を送る。そのどこか妖艶な眼差しにドギマギしながらも、僕は背筋を伸ばした。
「ルルク・スチュアートです。サラさんに頼まれて、しばらくこの街でリュートを弾くことになりました」
「リュート、ですか?」
「ええ、この楽器です」
僕は背負っていたリュートを示してみせる。
「さっき街でお見かけして、声をかけさせていただいたの。ルルクさんのリュートは、きっと私たちの心の支えになってくれるわ」
サラさんにまっすぐ褒められ、思わず頬が熱くなる。一方、メイドさんは不思議そうに小首をかしげていた。
「ルルクさん、少しだけ弾いて見せていただけないかしら。きっとすぐに分かってもらえると思うの」
「わかりました」
サラさんに促され、僕は頷いて軽くリュートの弦を弾いた。
澄んだ音色が静かな屋敷に広がっていく。
「まあ……!なんて素敵……」
メイドさんが一瞬でうっとりとした表情に変わる。
「美しい響きだ……」
「ええ、本当に素晴らしいわ」
音色に引き寄せられるように、奥から続々と人が集まってきた。僕は恐縮しながらも、丁寧に演奏を続けていく。
「あら……料理長にメイド長、お父様まで」
(お父様!?……ってことは、この人が町長様!?)
「おお、これは素晴らしい……。心が洗われるような演奏だ」
一曲奏で終えると、サラさんの隣に立っていた立派な髭を蓄えた壮年の男性が、感極まった様子で手を差し出してきた。僕もあわてて右手をつなぎ、名を名乗る。
「ルルク・スチュアートです。旅をしながら演奏をしている楽士です」
「私はダグ・ハミルトン。この街の町長をしていてね……サラの父親だ。君の演奏は本当に素晴らしいな」
「お気に召していただけて光栄です」
感心しきりの父親に対し、サラさんがすかさず言葉を重ねる。
「お父様、ルルクさんにはこの街の復興を手伝ってもらおうと思うの。ね、彼のリュートなら申し分ないでしょう?しばらくこの街に滞在してもらうつもりよ」
「ほう、街の復興か。確かに、ギルドだけに頼っていてはラチがあかんからな」
――ギルド?
ギルドといえば、冒険者が集まって様々なクエストをこなし、報酬を得る組織のことだろうか。この街にもあるのだろうか。僕が首を傾げていると、サラさんがため息混じりに口を開いた。
「首都や近隣の大都市のギルドには打診していますが、辺境のこの街まではなかなか足を運んでもらえなくて……。ギルド経由の依頼だけでは、とても街がもちません。それに最近は、報酬目当てでやってくる冒険者の数自体が減っていますし」
ダグ町長が深く眉をひそめる。
どうやらこの街自体にギルドがあるわけではなく、離れた都市のギルドに案件を頼み込んでいる立場のようだ。
「サラ、それはいい考えだ。私も大いに賛同するよ。ルルクさん、どうかこの街のために一肌脱いでくれませんか。町長として……いや、ひとりの父親としてのお願いです」




