寂れた街
次の街が見えてきた。僕は街に入る少し前にペガサスから降り、彼を幻獣の世界へと送り返した。またここで「勇者様」なんて騒がれたら、たまったものではないからだ。
「確か、ここもリオウの領地のはずだけど……」
辿り着いたそこは、先ほどの街とは比べものにならないほど寂れた場所だった。街に活気がまるで存在しない。人は確かに歩いているのに、誰も彼もが薄暗い顔で俯いている。
リオウ国といえば、本来は商業と文化で栄える華やかな国のはずだ。それなのに、一体どうしてこんなにも暗いのだろう。
「……どうしてこんなに街全体が暗いんだ?」
思わず漏らした僕の呟きに、通りすがりの10代前半くらいの少年が、かみつくように怒鳴り散らしてきた。
「通りすがりの旅人のお前に、何がわかるってんだよ!」
「これこれ、止めなさいリューヤ」
赤い髪を逆立てていきり立つ少年を、傍らにいた老婆が優しく宥める。そして老婆は、申し訳なさそうに僕へ頭を下げた。
「すみませんねえ、旅のお方。急に大きな声を立ち上げて。この街も昔はもっと賑やかだったのですがね、色々と事情がありまして……」
「事情……ですか?」
「ええ。詳しくはわしよりも、町長の娘さんであるサラ様にお聞きになるといいでしょう。サラ様はこの街をもう一度盛り立てようと、人一倍頑張っておられるお方。今の街のことなら、サラ様が一番お詳しく知っておられますよ」
サラ様か…町長が絡むのか。また勇者扱いされるのは嫌だが、聞いてみるしかないな。いたずら心は仕舞っておこう。
「そのサラ様は今どこに?」
「サラ様は多分、聖堂の方へ街の復興を願い神へ祈りをささげていると思いますよ」
「聖堂…というと?」
「ここから真っ直ぐ歩いて奥へ。大きな建物ですから歩いて行けばわかると思いますよ」
「ありがとうございます、行ってみます」
僕は老婆に教わった通り、真っ直ぐな道を歩いて行く。人は居るのだが、皆総じて顔が暗い。賑やかなリオウ国のイメージが覆される。
街の家並みは閑散としているが、少なくはない。それなりに住民はいるようだ。
「…お兄ちゃん、吟遊詩人?」
一人の大きな目をした、髪に赤いリボンをつけた少女が僕に声をかけてきた。
「そんなところだよ。どうしたの?」
彼女は黙ったまま、じっと僕の目を見つめてくる。
「……勇者様じゃないんだ……」
「え?」
僕の問いかけに、彼女はそっと首を横に振った。
「なんでもない。勇者様だったら、サラ様も喜ぶと思ったの」
「勇者様だったら、サラ様が……」
一体どういうことだろう?この沈みきった街の復興に、勇者の存在が関係しているのだろうか。
――だが、今はそれよりも。
街を覆う暗い空気に呑まれてしまいそうな目の前の少女を、少しでも元気づけたかった。僕は背負っていたリュートを抱え直すと、彼女の前で軽快なメロディを爪弾き始める。
「わあぁぁ……!」
パッと花が咲いたように、少女の表情が明るくなった。
弦が奏でる音色に惹かれるように、近所にいた住民たちも一人、また一人と集まってくる。僕は彼らの荒んだ心にも温もりが届くよう、音色をいっそう優しく柔らかいものへと変えていった。
「おお……なんて美しい音色なんだ……」
集まった人々から、感嘆の漏れ声が静かに広がる。ふと見ると、さっきまで俯いていた少女の顔に、柔らかな笑顔が戻っていた。
ほんの少しでもいい。この街に希望の灯がともることを祈りながら、僕はただひたすらにリュートを奏で続けた。
「あら……?何の騒ぎかしら……」
艶やかに波打つ黄金の髪と、吸い込まれそうなほど澄み渡った蒼い瞳。その整った顔立ちには、誰もが思わず息をのむほどの洗練された美が宿っていた。
聖堂の奥から現れたその女性を見つけるなり、先ほどの少女が顔をほころばせて駆け寄っていく。
「サラ様!あのお兄ちゃん、凄いの!」
(……え、サラ様!?こんな目を奪われるような美人さんがサラ様なのか……!)
「あら、ココ。そうなの?」
サラと呼ばれた女性は、目元を優しく緩めた。
(あの女の子、ココちゃんっていうんだな)
驚きつつも、僕はリュートを奏でる指を止めない。彼女の美しさに気を取られながらも、この街に少しでも明るい賑わいが戻ることを願い、ただ一心に優しい音色を響かせ続けた。
最後の音色が澄んだ空気に溶けていくと同時に、ワーッと一斉に拍手が弾けた。
人々の輪を割って、サラ様がココちゃんを連れて僕の目の前までやってくる。
「こんなに素晴らしい演奏、聞いたこともありませんわ。もしや、どこかで有名な吟遊詩人さんなのですか?」
隣のココちゃんも「凄いでしょ!」と言わんばかりに目を輝かせている。
「いえいえ、滅相もない。僕はまだ駆け出しのしがない楽士ですよ。でも、そう言っていただけて光栄です」
正体を疑われないよう爽やかな笑みを浮かべ、僕はリュートをかたわらに引き寄せた。
「貴方だったら……いえ、何でもありませんわ」
サラ様は何かを口にしかけて、自制するように言葉を飲み込んだ。街の復興を一人で背負っているという彼女だ。きっと頼みたいことがあるのだろう。
「サラ様~!このお兄ちゃん凄いんだよ、街をいっぱい元気づけてくれるよ!」
ココちゃんの弾んだ声に促され、サラ様は少しの間考え込むと、静かに言葉を繋いだ。
「通りすがりの旅人様にお願いするのは、とても心苦しいのですが……。この街を元気にするために、どうか力を貸していただけないでしょうか?貴方の音色で、人々の心に希望を取り戻してほしいのです」
その言葉に、僕は思わず目を丸くする。
『勇者様』として担ぎ上げられるなら全力で辞退するつもりだった。けれど、彼女が求めてくれたのは僕の「演奏」だ。一人の音楽家として見込まれたのなら、こんなに嬉しいことはない。
「僕でよければ、ぜひ力にならせてください」
差し出した僕の手を、サラ様は愛おしそうに両手で握り返してくれた。
「本当ですか……!私、サラ・ハミルトンと申します。この街の町長の娘です。貴方のお名前は?」
「ルルク・スチュアートです。ルルクと呼んでください」
僕たちのやり取りを見ていたココちゃんが、嬉しそうに「やったぁ!」と笑顔を咲かせた。
「ええと、サラさん……あ、サラ様の方がいいでしょうか?僕、具体的には何をすれば……?」
すると彼女は、ふっと艶やかに微笑んだ。……ダメだ、心臓に悪い。美人の笑顔ってどうしてこう、破壊力抜群なんだろうか。
「ふふ、サラで構いませんよ。言いにくければ『サラさん』と。ルルクさんには、お昼と夕方の二回、街の広場でリュートを奏でていただきたいのです。貴方の音が街中に届けば、みんな元気が湧いて、仕事にも精が出ると思うのです」
「そ、それだけでいいんですか?僕のすることは……」
「はい。それだけで十分なのです」
さらりと答えて、サラさんはまたしても優しく微笑む。……だからその笑顔は反則だって!
「ルルクさんの演奏は人を惹きつけ、元気にさせる力があります。私は確信していますの」
「そ、そう言っていただけると、すごく嬉しいです……。僕の音楽で、皆さんの力になれるなら喜んで」
完全にノックアウトされた僕は、真っ赤になった顔を隠すように俯くのが精一杯だった。
「あれ?お兄ちゃん、顔が真っ赤だよ?」
ココちゃんが余計な一言を口にした。
「べ、別に……な、なんでもないから……っ!」
僕は熱くなった顔をごまかそうと必死だった。しかし、少女の鋭い観察眼からは逃げられない。
「やだー、お兄ちゃん、もしかしてサラ様のこと好きになっちゃった?」
(……どうしてこの子は、こういう目ざといところばかり無神経に突っ込んでくるんだろう!)
隠しきれない動揺に、僕はさらに顔を赤くしながら、必死に首を左右に振るのが精一杯だった。




