誤解と反省の泥酔夜を経て、朝一番のもふもふセラピー!
「ただいま戻りました~」
帰って早々、メアリーさんの雷が落ちた。
「おかえり……って、ルルクさん!?何ですか、その恰好は!」
「大丈夫ですか、ルルクさん……」
呆れるメアリーさんとは対照的に、エミリーさんは優しく寄り添い、僕をいたわってくれる。
「ど、どうなさったのですか!?」
そこへやってきたのは、今いちばん顔を合わせたくなかったサラさんだった。こんな情けない姿、サラさんに見せたくなかったのに…。
「情報を聞き出すために、ルルクとローラが飲み勝負したんですよー。もう、ルルクは弱いんだからやめとけばいいのに!」
アンナが楽しそうに暴露すると、なんとローラまで調子を合わせる。
「ふむ、私と飲み比べなどと無謀な真似をするからだ」
(……そもそも、ローラが勝手に呑み始めなきゃあんなことにはならなかったんだぞ!)
喉まで出かかった怒りの反論を、僕は必死で飲み込んだ。
僕はふたりの肩から滑り落ち、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。すると、サラさんも僕と同じ目線まで腰を落としてくれる。
「大丈夫ですか、ルルクさん……お酒に飲まれてはダメですよ?」
間近で見つめるサラさんの、澄んだ青い瞳が心配そうに揺れていた。
(なんて綺麗な人なんだろう……)
「は、はい……っ」
気をとり直して立ち上がろうとした瞬間、足元が大きくふらついた。僕は体勢を崩し、こともあろうにサラさんを押し倒す形で上から覆いかぶさってしまう。
「はっ!?す、すみませんっ!?」
僕は顔を真っ赤に染め、弾かれたように後のめりに飛び退いた。押し倒されたサラさんも、リンゴのように顔を赤くしている。
「ルルクさんっ!一体なんですか今のは!?」
メアリーさんの本日二度目の雷が落っこちた。エミリーさんは驚きのあまり口を口を開けたまま固まっている。
「ルルク!ふしだらだぞ!」
なぜかローラまで便乗して怒っている。
「あはは、ラッキースケベね~、ルルク」
そんな中、アンナだけがニヤニヤとからかうように笑っていた。
「違うってー!不可抗力だってー!」
僕の必死の言い分も空しく、怒ったローラは僕の首根っこを掴んでズルズル引き摺っていく。その横で、アンナはずっと楽しそうに爆笑していた。
「大丈夫ですか、サラ様!?」
メアリーさんが悲鳴を上げながらサラさんに駆け寄る一方、エミリーさんは衝撃のあまりその場に立ち尽くしていた。
「まったく、お前が酒の勢いでふしだらな真似をするからだ!」
ローラは捨て台詞を残し、僕を部屋の中に放り投げた。
――……ふう、危なかった。リュートを背負っていなくて本当に良かった。もし持っていたら、大切な楽器に傷がつくところだった。
酔っていて、うまく頭が動かない。僕はベッドに沈み込む。そうだ、酒の神様バッカスなら、この情けない状態を治してくれるかもしれない。
僕はベッドの近くにあったリュートを弾き、神様召喚の歌を歌って、バッカスを称えた。それと同時に、出てきてくれたバッカス。僕は自分の状態を伝え、酔った状態を回復することはできないかと交渉する。
「残念じゃ。酒は出すことができても、それだけはできん」
と言って、消えていくバッカス。
――交渉決裂。
これでサラさんを守れるのか、僕……。
明日のワーム退治より、今夜の僕の方がよっぽど危険なんじゃないだろうか。
「私、ルルクさんとはいられないんです……」
サラさんが憂いを帯びた瞳で言う。
「そんな!僕が守ると言ったじゃないですか!」
僕はサラさんに言う。
「ごめんなさい、ルルクさん。お気持ちだけ受け取っておきます」
僕は手を差し出す……が、サラさんはその手を振り払って、教会に飲み込まれていく。
「サラさん!サラさん!」
「へー、ルルク、サラさんが何だって?」
僕が目を覚ますと、ベッドの近くでアンナが笑っていた。僕は夢を見ていたのか。妙にリアルな夢だった。
「ルルク、よっぽどサラさんのこと好きなのね~。夢まで見ちゃって」
僕はアンナに向かって何度も「違う、違う」と反論したが、アンナは「はい、はい」と言って聞いてくれない。
(恋愛感情じゃないし!ただ気になるってだけで……)
「ローラは?」
何気なく聞いたら、アンナは、
「自主訓練だって、外に行っちゃったわ。ローラはストイックなところあるよね~」
「そうなんだ……」
ローラは今も騎士を目指しているのだろうか。それとも冒険者としての自主鍛錬なのだろうか。どちらにしても、常に上を目指している姿勢には頭が下がる。
「アンナはどうして僕のところに?」
「んー、何となくかな。早く起きちゃって、やることなかったし。ね、ね、今ならケルちゃん呼べる?」
アンナは好奇心いっぱいに僕の目を見てくる。
「ケルベロス?呼べるけど」
「じゃ、呼んでみて!ケルちゃん可愛くて、モフモフしたいの~!」
モフモフか、そういうタイプの幻獣じゃないんだけど、僕に懐いてるからな。
「アンナ、犬系だったら、オルトロスのキンとギンも居るよ。オルトロスはケルベロスと兄弟の幻獣で地属性の魔法持ちなんだ」
「え~!迷っちゃう~!」
アンナはしばらく考えて、
「今日はケルちゃんにするね!オルちゃんにもいつか会わせてね!」
僕は頷くと、いつ人が入ってきてもいいように、リュートを弾いて、ミニチュアサイズのケルベロス、シロ呼び出す。
「ワン、ワン、ワォーン」
魔界からシロがやってきた。
「キャー!ケルちゃん、無茶苦茶可愛い~!!」
アンナはシロを撫でまわす。シロは僕に一番甘えたがるケルベロスなので、アンナのほうへは行かず、僕の手のひらの中にいる。
「可愛いー!私のほうへおいで」
と、アンナが手を差し出すが、シロは一向に僕の手のひらから離れない。「クゥーン」と鳴いて、僕の方に寄ってくる。……ほんと、可愛い奴だな。
「ルルクばっかりずるーい!」
アンナは膨れっ面をした。
「シロは僕が大好きな甘えん坊なんだよ」
「じゃ、他の子は?」
僕はまたリュートを鳴らし、今度はミニチュアサイズのフクを呼び出した。
「ワン、ワン、ワン!」
フクはアンナと同じでお金が大好き。よく僕の路銀をかじっている。フクは僕の肩に乗った。
「キャー!可愛すぎるー!おいで、おいで~」
フクは、アンナの手のひらにちょこんと乗った。
「可愛い~!可愛すぎー!それとこの手触り!たまらないんだけど!」
フクは嬉しそうに尻尾を振る。
「あ、そうだ。アンナ、フクにお金は見せない方が――」
「え?」
フクがアンナの財布に飛びついた。
「きゃー!ちょっと待って、フクー!」
財布の中の路銀を見たフクは、目を輝かせた。
「だから言ったのに」
お金に飛びついたフクに、アンナは困り果てて悲鳴を上げる。
「ルルク―!お願いだからフクを引き離して―!」
「フク、こっちにおいで」
主の言葉は絶対だ。お金が大好きなフクだったが、素直にアンナから離れて僕のもとへやってくると、ちょこんと肩に乗った。
「もう、びっくりした~……フクってお金が大好きなのね。次から気をつけるわ」
アンナは心底驚いたようだった。
僕はこのままでも良かったのだが、またエミリーさんたちが悲鳴を上げては困る。
シロとフクを魔界へ返すため、リュートで送還魔法を奏でた。二匹は静かに光の粒子となり、消えていく。
「ありがとうルルク、朝からほっこりしたわ!」
「これくらいで良ければ、いつでも言ってよ」
僕が返すと、アンナは「次の機会にね!」と元気よく笑った。




