乾杯の夜、明日への誓い
「わーお!ルルクってば、サラさんといい雰囲気で見つめ合っちゃって〜!」
「何なのだ、アンナ。急に大声を出して……む?」
ひょっこりと角から顔を出したのは、アンナとローラだった。
「「――っ!?」」
一瞬で現実を引き戻された僕とサラさんは、弾かれたように真っ赤になって距離を取った。
「べ、別にそういうんじゃないから!」
僕が必死に照れ隠しをする横で、アンナは「はいはい」とニヤニヤ顔を浮かべている。一方のローラは、僕たちの慌てぶりに首を傾げるばかりで、全く状況が分かっていない様子だった。
「ま、また後ほどお会いしましょうね、ルルクさん!」
サラさんは耳まで真っ赤に染めながら、裾を翻して逃げるように廊下の奥へと去っていった。
「あれーごめーん!邪魔しちゃったあ」
アンナはペロッと舌を出す。絶対冷やかすの前提で声出したなー!
片やローラといえば、
「何の邪魔なのだ?」
その鈍感さに救われる。
「何でもないよ!僕もやることあるから……」
僕は自分の部屋へと逃げ込んだ。
さて、何から手をつけたものか。謎の視線に、動く影。そして、最後は教会へと導かれた。あの場所に何か関係があるのだろうか。そういえば、サラさんはよく教会へ行っている。それとも何か繋がりがあるのだろうか。
リオウの教会は「星神教」で、僕の育ったセリンと同じだ。今やどの国でも見かけるほど、全世界で信仰されている宗教である。僕も一応は星神教の教徒だが、そこまで熱心ではない。一方のサラさんは、事あるごとに足を運んでいる熱心な信者だ。
そういえば昔、星神教の教会に連れていかれて讃美歌を歌わされたことがあった。僕は音楽が好きだったから、思いのほか楽しかったのを覚えている。
星神教は「世界に生きるすべての命は、星神から与えられた音を持つ」という教えだ。そんな考え方が根底にあったからこそ、僕の身近には自然と音楽が存在していたのだろう。僕の両親も敬虔な星神教徒だったし。
(だけど『騎士の国』セリンでは音楽家や吟遊詩人は軟弱者と言われるんだ…)
吟遊詩人にしても、今でこそギルドはないが、昔は教会に付属するギルドが存在していたらしい。音を伝える側の吟遊詩人は、教会とは密接な関係だったのだ。勿論、すべての吟遊詩人がその関係を受け入れていたわけではないようだが。
自由を愛する吟遊詩人が権力側に与するのかと、当時は大騒ぎになったという。その内部対立や争いがきっかけとなり、やがて教会とは縁を切ったのだと歴史書で読んだ記憶がある。
今の僕がいるのも、当時そんな内部対立があったおかげかもしれない。おかげで教会に縛られることもなく、自由に音楽を奏でることができている。少しだけ、過去の吟遊詩人たちに感謝だな。
それにしても、サラさんは酷く怯えていた。彼女を救う方法なんて、今の僕には思いつかない。もしあの謎の視線の主が僕以外の「召喚士」だとしたら、果たして僕は勝てるのだろうか。一年以上無敗を誇ってきたとはいえ、それは相手が召喚士ではなかったからだ。真っ向からぶつかり合って、勝てる相手なのだろうか……。
ダメだ、ネガティブになっていては。僕が弱気になってしまっては、救えるはずの人も救えなくなる。僕はサラさんを守ると決めたのだ。僕の持てる、全ての力を使って。
そのためには、新しい契約を結ばなければ。戦力となる幻獣は、いくら居ても困ることはないのだから。
「トントン」
ドアを叩く音がする。誰か来たようだ。
「ルルクさん、夕食の準備ができましたよ」
この声はエミリーさんか。僕はドアを開けた。
「ご飯ですか。今日はローラとアンナもいますから、賑やかになりますね」
エミリーさんはにこやかに微笑むと、
「ええ。今日はお祝いなんです。サラ様からそう言われまして。『街を守るみなさんのために』…と」
サラさんもそう言っていたっけ。僕らへのねぎらいと、明日への活力のために、と。
「きっとローラもアンナも喜びます」
「ええ、本当に」
エミリーさんは明るい笑みを見せた。
「じゃあ、行きましょうか。食堂ですよね」
僕とエミリーさんは食堂へ向かった。
僕らが食堂に着くと、既にローラとアンナは席に着いていた。サラさんもダグ町長もいる。メアリーさんや執事のイアンさんは、ダグ町長の後ろに立っていた。
「これで全員揃いましたわね」
サラさんが僕らの顔を見て言った。
「では、今日の魔物退治成功と、明日もこれが続くことを願って、乾杯だ」
ダグ町長が言う。
僕らはそれぞれグラスを持ち、
「乾杯」
と、グラスを持ち上げ、一口、中の酒を飲んだ。
「美味しい……」
僕が素直に感想を述べると、横にいたエミリーさんが、
「それはシュナイゼル産ワインの白ですよ。飲みやすく薄めてありますけれど」
奇しくも、依頼主からもらった小さな酒樽と同じ、シュナイゼル産ワインだった。やはりシュナイゼル産ワインは、薄めて飲むのが美味しい。僕はうん、うんと頷いた。
僕の隣に座っているアンナ、そしてその横にいるローラも、上機嫌にワインを飲んでいる。カフェでも出されていたワインだから、美味しく飲めるのだろう。
「アンナさんにはフルーツでしたわね」
サラさんがメアリーさんに目配せをすると、メアリーさんは厨房へ向かった。しばらくして戻ってきたメアリーさんのトレイには、梨やぶどうなどが山ほど並んでいた。
「どうぞ、こちらです」
メアリーさんからフルーツを差し出されたアンナは、「きゃー」と声を上げて喜んだ。
「ルルクさんにはこちらを」
執事のイアンさんから差し出されたのは、肉をしっかり焼いたもの。これはなかなか食べられない御馳走だ。
「ルルクさんには、引き続き頑張っていただかないと。お嬢様のためにも」
そこまで言うと、向かい側に座っていたサラさんが顔を赤らめ、「ちょっとイアン!」と彼の名をんだ。
イアンさん、すっかり訳知りの老執事だ。僕まで恥ずかしくなってしまう。
「あらぁ、ルルクまで意識しちゃって!イアンさん、ルルクはサラさんのために頑張るって言ってましたよ」
隣のアンナが言い出した。アンナの横のローラも、
「うむ。それは言っていたな」
まさかローラまで!僕は顔を赤くした。サラさんには言ったけれど、それをこんな人前で言うのは卑怯だ……。
僕とサラさんを赤くさせたまま、宴は進んでいく。
「明日はどういう予定ですか?」
ダグ町長が聞いてきたので、僕は、
「明日は農園のワームと戦う予定です。そのために、これから聞き込みに酒場へ行くつもりです」
僕の言葉に、
「え!そうなの?聞いてないよー」
と、アンナ。
「うむ、ワーム戦か。腕が鳴る」
と、頼もしいことを言うローラ。
「ごめん、後から言うつもりだったんだけど……」
僕が謝ると、ふたりは呆れたように同時にため息をついた。けれど、その手はそれぞれ親指を立ててサムズアップをつくっている。
「また美味い酒が飲めるな」
ローラはどこか満足そうに口元を緩めた。
「出掛けるのですか?」
サラさんが心配そうに僕を見つめてくる。
「ええ、ちょっとそこまで。大丈夫ですよ、すぐ戻りますから」
僕は努めて明るく微笑みかけた。すると彼女の肩からすっと力が抜け、不安の影が消えていく。
「何よー。すっかりサラさんといい感じじゃない、ルルク!」
アンナが肘で僕の腕をつついてくる。隣のローラは、何がなんだか分からないといった様子で僕たちを見比べていた。
「冷やかさないでよ!そういうんじゃないんだから」
僕が慌てて制しても、アンナは「ふーん?」とニヤニヤした顔を崩さない。
「酒場までは……わかりますよね?」
ダグ町長が言うので、僕は頷いた。昨日はサムさんという庭師が案内をしてくれたのだが、ただ酒にいい気になり、酔いつぶれてしまった。あの失敗は繰り返さない。僕も道順を覚えたし、サムさんを頼りにすることはない。
「僕らはこのあと酒場へ向かうつもりです。明日のワーム退治について、少し聞き込みをしておきたいので」
「もう夜です。どうかお気をつけて」
ダグ町長はそう言って、僕を気遣ってくれた。
「ありがとうございます、気をつけますね」
僕は町長に返した。




