揺れる瞳、揺れる想い
「お兄ちゃん、その鳥さんなあに?」
「――っ!」
不意に聞こえた幼い声に心臓が跳ね跳ねる。まずい、見つかった。
僕は引きつりそうになる顔を必死に繕い、無邪気に声をかけてきた小さな女の子へにこやかに微笑みかけた。
「僕のペットだよ。可愛いでしょ?」
「わーい、鳥さんだ!鳥さん!」
無邪気に喜ぶ女の子を見て、僕は冷や汗をかく。……これ以上ハーピーを出しておくのは危険だ。
僕は笑顔を張り付けたまま、会話の合間にさりげなくリュートを奏で始めた。何気ない旋律の中に送還魔法のコードを巧みに混ぜ込んでいく。
「あれ?鳥さんは?」
「いなくなっちゃったね。きっとおうちに帰ったんだよ」
ふぅ、と胸を撫で下ろしたのも束の間、ふと気付くと僕の周りには小さな人だかりができていた。僕のリュートの音色は、どうにも人を引き寄せてしまう性質があるらしい。
「お兄ちゃん、もう演奏はおしまいかい?」
通りがかりの男の人に声をかけられ、僕は慌てて頭を下げた。
「あ、はい!お騒がせしました!」
教会まで来てしまった。
……ハーピーが最後に指した場所が、よりにもよってここか。
気にはなる。ものすごく気になる。
けれど、ローラとアンナを待たせたままだ。
「……今は後回しにしよう」
僕は後ろ髪を引かれながらも、カフェへ向かって歩き出した。
「ルルクさん!」
通りから声をかけられ振り返ると、そこにはサラさんが立っていた。
「あ、サラさん」
「どうされたんですの?一度ご自宅へ戻られたのでは?」
「ああ、家には戻ったんですけど……メアリーさんに『街を救ってくれたお二人を連れてきなさい』とお小言を食らいまして」
僕が苦笑いしながら説明すると、サラさんはどこか面白そうに、くすりと微笑んだ。
「ふふ、メアリーなら言いそうですわね」
「サラさんの方はどうでしたか?」
尋ねると、彼女は小さく溜め息をついて首を横に振った。
「ダメでしたわ……宿屋の主人が少々頑固な方で。『いくら町長の娘だからと言って、客の宿帳を見せるわけにはいかん』と突っぱねられてしまって」
「そうでしたか……」
「ごめんなさい、私がお役に立てなくて……」
すまなそうに視線を落とすサラさんに、僕は慌てて手を振る。
「そんなことないですよ!サラさんはいてくださるだけで十分なんです!」
「え……?」
不意の言葉に、サラさんは目を丸くして僕を見つめた。
「サラさんがいてくれるから、僕は頑張れるんですから!」
「ルルクさん……それって、どういう……」
そこでハッと我に返る。
――しまっ、僕は何を口走っているんだ!?これじゃまるで告白じゃないか!
「あ、いや!な、なんでもないです!すみませんっ!」
顔から火が出そうなほど熱くなり、思わずのけぞった僕の背中に、からかうような声が飛んできた。
「はぁ〜ん?ルルクも隅に置けないねぇー!」
「私には何のことかよく分からんが……ルルク、顔が真っ赤だぞ」
振り返ると、そこにはアンナとローラが立っていた。
「あれ?二人とも……ちょうどカフェへ迎えに行こうと思ってたのに」
僕が目を丸くすると、アンナが肩をすくめて見せる。
「それがさ、ちょうど閉店時間になっちゃって追い出されちゃったのよ」
「うむ。行き場を失って途方に暮れていたところだ」
「ではみなさんで私の家にいらっしゃってください。美味しいお酒もフルーツも用意しますわ」
「わー!いいの、いいの~?」
アンナが顔をくしゃくしゃにして喜びを表す。
「うむ。世話になる」
ローラもすましてはいるが、口角上がってる。
「じゃみんなでサラさんの家に行こう!」
「イエーイ!」
アンナは僕とハイタッチをする。ローラはそれを見ながら、「うむ」と頷く。サラさんはそんな僕らを見て、笑っていた。ああ、罪な笑顔…。
「おかえりなさい!サラ様にルルクさん……それと……」
出迎えたエミリーさんが、僕の後ろに立つ二人に視線を向けた。
「私は冒険者ギルドから来たローラだ」
まずはローラが、簡潔に自分の名を明かす。続いてアンナが明るい声を弾ませた。
「私も冒険者ギルドから来たアンナよ!よろしくねー!」
「ローラ様にアンナ様ですね。私はこの屋敷でメイドをしております、エミリーと申します。どうぞお見知りおきを」
すかさず、サラさんがエミリーさんに問いかける。
「エミリー、使っていないお部屋はあと二つあったかしら?」
「ええ、ちょうど二部屋空いておりますよ、サラ様。――お二人をそちらへご案内すればよろしいですね?」
「ええ、お願いするわ」
さすがエミリーさんだ。サラさんが多くを語らずとも、意図を完璧に察している。
「ではご案内いたしますね。ローラ様、アンナ様、どうぞこちらへ」
僕は二人がエミリーさんと共に連れ立っていくのを見送る。
「ルルクさんはどうされますの?」
サラさんに尋ねられたところで、すかさずメアリーさんが割って入った。
「ルルクさんはもちろんシャワーですよ!今日も相当汗を流されたんじゃないですか?」
「え?でも、昨日も浴びましたし、毎日なんてそんな贅沢な……」
「ダメです!お嬢様の前なんですから、綺麗に身だしなみを整えてもらいます!」
有無を言わさぬ勢いで、僕はメアリーさんにそのままシャワー室へ連行された。お風呂を用意してもらえるのは本当にありがたいのだけれど、どうしてもメアリーさんの圧には勝てそうにない。
シャワーを浴びてさっぱりとし、身なりを整えて自分の部屋へ戻ろうとした時のことだ。
静かな廊下に、ぽつんとサラさんが立っていた。
「ルルクさん……私、本当はとても怖いんですの……」
サラさんは胸の前で細い手を握りしめ、憂いを帯びた瞳で僕を見つめた。
「……昼間の、あの謎の視線のことですか?」
僕の問いかけに、サラさんは小さく頷く。
「何事もなければよいのですけれど……私、どうしても不安で。情けないですわね……」
泣き出しそうな彼女の姿に、僕は先ほどまで追っていた「揺れる謎の影」を思い出していた。途中で人だかりができて諦めてしまったけれど、あの影を追いかけた先には、間違いなく何かがあったはずだ。
「大丈夫です!何があっても、僕がサラさんを守りますから」
「すみません……私、ルルクさんに頼ってばかりで……」
申し訳なさそうに伏せられる視線。僕は自分の腕に巻きついた手作りのミサンガを、彼女に見せるように掲げてみせた。
「僕には、サラさんから貰った強力なお守りがありますから!」
「私の……お守り、ですか?」
「はい!何よりも心強くて、強いお守りです!」
サラさんは潤んだ瞳を上げ、じっと僕を見つめ返した。
濡れたようなその瞳と直視し、思わず息をのむ。
(そんな顔で見つめられたら、心臓がもたない……)
静まり返る廊下。二人だけの空間で、サラさんがそっと唇を開いた。
「ルルクさん……私……本当は……――」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ルルクたちの旅を楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
これからも幻獣たちや仲間たちとの冒険をお楽しみください!




