凱旋と、サラの涙
シュナイゼルの街へと続く道を、僕らは三人並んで歩いていた。
辺りには僕らの他には誰もおらず、どこかひっそりとしている。
「なんかいい感じだったね!私たち、いいパーティかも!」
アンナが満面の笑みを浮かべる。
「うむ。確かにそうだな」
ローラもすました顔で言った。
「あとはローラが僕の召喚獣に慣れてくれればね」
僕が呟くと、ローラがじっとこちらを見つめてくる。
「あのふしだらな化け物と神様なら、特に問題はなかったぞ」
「でも、僕のメインはケルベロスなんだよ。相棒と言ってもいいくらいなのに」
そう言うと、ローラは途端に苦虫をかみ潰したような顔をした。
「ケルちゃんたち、あんなに可愛いのにねぇ」
アンナが心底残念そうにため息をつく。
「怖いものは怖いのだ!こればかりは仕方がなかろう!」
開き直るように言い切られてしまい、僕は思わず苦笑した。
「そんなこと言ったら、僕、ドラゴンとかリヴァイアサンも出せなくなっちゃうじゃないか」
ローラはぐうの音も出ないといった様子で黙り込み、じっと僕の顔を見つめてくる。
「すごーい!ドラゴンとかも出せるんだ、ルルクって。一体いくつくらいの幻獣と契約してるの?」
アンナの素朴な疑問に、僕はうーんと頭をひねった。改めて数えてみると、一体どれくらいになるんだろう。
「うーん……流石に50までは行ってないと思うけど」
僕が答えると、アンナとローラは同時に目を見開いた。
「え?どうかしたの?」
「50行ってないって……ルルク、すごすぎるんだけど!」
目を輝かせるアンナに、僕は首をかしげる。
「えー、そうなのかな?小さい頃からやってたし……それに、契約を失敗したことだって山ほどあるよ?」
「十分すぎるだろう、それだけいれば。ルルクは自分の価値を過小評価しすぎだ」
あきれ顔で言うローラの言葉に、僕はまた首をひねる。
「そうなのかなぁ。まあ、僕はただの吟遊詩人だしね」
「つくづく勿体ないわ……。稼ぐ気になれば、青天井じゃない、ルルク……」
アンナが半分呆れたような顔で言った。
「吟遊詩人だからね。音楽さえあればそれで十分なんだ」
「本当に欲がないのだな、お前は」
ローラの言葉に、僕は苦笑いを返す。
「え?そうかな?まぁ、明日のパンがあればいいかなーって感じだよ、いつも」
「はぁ……つくづく勿体ないわぁ」
アンナはため息をつき、ローラはくすりと笑った。
「まあ、お前らしいな、ルルク」
僕らはそんなやり取りを交わしながら、静かな街道を笑顔で歩き続けた。
——この先に待っている出来事を、まだ誰も知らないまま。
*****
「おかえりなさい」
声のした方に視線を向けると、シュナイゼルの南門にサラさんが立っていた。まさか出迎えてもらえるとは思っておらず、僕は焦って身構えてしまう。
「ルルクさんのお仲間ですの?」
首をかしげるサラさんの問いに、僕はしどろもどろになりながら答えた。
「あ、ああ、まあ……そんな感じ、ですね」
そんな頼りない僕を見かねたのか、横にいたローラが口を開く。
「私は冒険者ギルドのローラだ。ルルクとは偶然知り合ってな」
「私も冒険者ギルドから来たアンナよ。中央広場でルルクに声をかけられたの」
アンナもそれに続いて、手短な自己紹介を済ませる。
それを聞いたサラさんは、意外そうにパッと表情を明るくした。
「まあ、冒険者ギルドのお方でしたのね!この街をどうぞよろしくお願いします」
そう言うと、サラさんは丁寧に向き直し、ぺこりと頭を下げた。
「お主が町長の娘殿か?ルルクから話は聞いている」
ローラが尋ねると、隣のアンナも朗らかな笑みを浮かべて身を乗り出した。
「あなたが町長の娘さんね!私たちも魔物退治と街の再興に協力するわ。踊り子の私が、ルルクのリュートに合わせて盛り上げちゃうからね!」
サラさんは驚いたように口元を手で覆い、その瞳にじんわりと涙を浮かべた。
「ありがとうございます……なんとお礼を申し上げたらよいか……」
そんなサラさんの涙を見ていると、僕まで胸が熱くなってくる。
……いや、美人の涙には本当に弱いんだ、僕は。
「大丈夫ですよ、サラさん! 僕ら、強いですから! 明日も魔物退治、頑張っちゃいますよ!」
と胸を叩く。
「ルルクさん、それに皆さんも……その様子だとお怪我はなさそうですね。本当に、良かったです」
サラさんは胸をなでおろし、目元に浮かんだ涙を拭った。ずっと僕たちのことを心配してくれていたのだろう。
「ふっ、私にかかればあの程度の敵、なんてこともないな!」
ローラが胸を張って威張り散らすと、アンナもそれに乗っかる。
「そうそう!あんなヤツら、私たちに掠り傷一つつけられないわよー」
――どの口が言っているんだ。ローラなんて活躍したのは最後の最後だけだし、アンナに至っては依頼主を守るのが精一杯だったじゃないか!
しかし、二人の虚勢を真に受けたサラさんは、純粋な眼差しで「皆さん、本当にお強いんですね……」と深く感心していた。
「お二人ともよろしければ、この街に滞在中は私の家をお使いください。大したおもてなしは出来ませんが……」
サラさんが申し出ると、ローラとアンナは目を見張った。よほど嬉しかったのか、すかさずサラさんの手をぎゅっと握りしめる。
「助かる!」
「ありがとう、町長の娘さん!」
二人とも満面の笑みで感謝を伝えていた。冒険者にとって宿代はバカにならない出費だから、その気持ちもよく分かる。
「ふふ、私のことはサラとお呼びくださいね。ローラさん、アンナさん」
そう言ってサラさんは優しく微笑んだ。
そのとびきりの笑顔に、僕の心臓はドキンと大きく跳ね上がったのだった。
アンナが僕に寄り添い、耳元でこそっと囁いてきた。
「サラさん、すっごい美人だね。あの笑顔、ルルクにはひとたまりもないんじゃない?」
……心の声でも読まれたのだろうか。図星を突かれた僕は、慌ててぶんぶんと首を横に振る。
「またまたぁ〜」
アンナはニヤニヤしながら、肘で僕の脇腹を小突いてきた。こういう恋バナ系の話題には、本当にめざとい。
ふと見ると、ローラが不思議そうな顔で僕たちのやり取りを眺めていた。——助かった、ローラのこの鈍感さが、今は心の底からありがたい。
「皆さん、今日はお祝いですわね。今日一日のねぎらいと、明日への希望に乾杯しましょう!」
サラさんの言葉に、ローラとアンナの顔がぱっと華やぐ。
「ふふ、美味い酒が飲めるといいな」
と、ローラが喉を鳴らす。
「私は美味しいフルーツが食べたいなぁ!」
と、アンナも目を輝かせた。
「大丈夫、サラさんなら二人の好みなんてお見通しだよ」
僕がそう言うと、サラさんはふふっと嬉しそうに微笑んだ。サラさんが笑う度に僕の心臓は跳ねるけど、泣いてるサラさんを見るよりずっといい。
サラさんにはずっと笑っててほしいんだ。




