酒神の加護とキングオーク、そして代償のキス
激しい戦闘の最中、依頼主を完璧に守りながら戦況まで把握している。アンナは本当に頼りになる才女だ。
(そいつが昨日、依頼主が言っていた『とびきりデカいヤツ』か……)
しかも、それが一頭だけではないらしい。サキュバスの魅了で雑魚は片付けられたが、キングサイズのオークたちにまで効くかは怪しいところだ。
僕はすぐさま次の手に打って出ることにした。呼び出すのは酒の神——バッカス。彼の力で敵の攻撃を無力化できれば、一気に勝利を引き寄せられる。
バッカスを称える讃歌をリュートで奏で、最後に祈るように両手を合わせた。
「おいでませ、酒の神バッカス様!」
光とともに現れたのは、恰幅がよく立派な髭を蓄えたおじさん——バッカスその人だ。あとは彼との交渉次第。
「バッカス様、どうか極上の美酒で奴らを酔わせ、その攻撃を無力化してください!」
ちなみに、僕の後ろからひょっこり顔を出したローラは、目の前に降臨した酒神の(あまり神様らしくない)おじさん姿に、またしても目を丸くして固まっていた。
「うむ。お主には昨日、美味いワインを貰ったからのう!」
「みんな来たよ!桁違いの巨大オークだ!」
アンナの声と同時に現れたのは、人間の十人分はあろうかという巨躯を誇るキングサイズのオークだった。しかも、それがなんと五頭も並んでいる。
「あれじゃな!」
「はい、お願いします!」
バッカスが手をかざすと、巨大オークたちの目の前に突如としてなみなみと酒が満ちた巨大な樽が出現した。
極上の香りに誘われ、デカブツたちはフラフラと吸い寄せられていく。そして豪快に樽を叩き割り、中の美味い酒を貪るように飲み始めた。泥酔して無力化するのも時間の問題だ。
僕はその隙を見逃さず、ケルベロスたちに一斉攻撃の指示を出そうとした。
すると、ずっと僕の背中で震えていたローラが、意を決したように問いかけてきた。
「……もういい。この魔獣たちは……敵ではないのだな?」
「敵どころか、頼もしい僕の仲間だよ!」
それを聞いて安堵したのか、彼女は小さく息を吐くと誇り高く胸を張った。
「ならば——私も行く!」
ケルベロスたちとは絶妙に距離を保ちつつも、ローラは僕の前に躍り出て、大剣を凛々しく構えた。
「ルルク、今よ!」
アンナの声と同時に、僕はケルベロスたちへ一斉攻撃の合図を送った。それに応じるように、ローラが疾風のごとく踏み込んでいく。
戦闘狂のクロを先頭に、シロとフクが泥酔したキングオークたちに飛びかかった。その隙を逃さず、ローラが一閃——巨大な大剣で、キングオークの一頭を一撃のもとに切り伏せた。
「最初からそうやって戦ってくれればよかったのに……」
呆れる僕がぽつりと零すと、剣を鞘に収めたローラが真っ赤な顔で振り返る。
「うるさい!ケルベロスが怖かったんだから仕方ないだろう!」
アハハと苦笑いする僕とアンナ。当のケルベロスたちは僕の足元へ寄ってくると、「撫でて撫でて」と言わんばかりに甘えてきた。
それを見たローラが、再び顔を引きつらせる。
大活躍してくれたお礼にポケットから甘いキャンディを取り出して与えると、ケルベロスたちは三つの首を揃えて尻尾を振り、すっかりご機嫌になった。
「可愛い〜!」
興奮気味のアンナは、呆れ顔の酒場主を「まあまあ」となだめながら、はしゃいでケルベロスたちを眺めている。
どうやら今回は、『同時召喚』の限界数を超えずに戦闘を終えられそうだ。念のために用意していたリヴァイアサンやサンダーバードまで呼び出さずに済んで、心底ほっとした。神様を出したので、魔力的に消費が激しかった。リヴァイアサンとサンダーバードまで出したら痛手は負いそうだ。
「ご主人様〜♡私にもご褒美ちょうだい♡」
サキュバスが妖艶な笑みを浮かべて迫ってきた。すかさずバッカスが消滅魔法を唱え、サッと消えて……いなかった。サキュバスは平然とそこに残っている。
「ご、ご褒美って何……んむっ!?」
問い返す暇すら与えられず、サキュバスの濃厚なディープキスが僕の唇に炸裂した。
「は、破廉恥な……っ!」
顔を真っ赤にして叫ぶローラ。その横でアンナは「きゃあ!」と両手で口元を押さえている。
「いやー、羨ましいねぇ!男前だね、兄ちゃん!」
野次馬と化した依頼主の呑気な冷やかしが聞こえてくる。
——頼むから誰か、僕の身にもなってくれーー!
*****
「無事解決、だね!」
アンナが嬉しそうにガッツポーズをつくった。
「うむ」
ローラも静かに頷く。
僕はといえば、サキュバスを送還するのに想像以上の手間がかかり、おまけに激しすぎるディープキスのせいで舌が痛む始末だった。
そんな情けない僕を、ケルベロスたちが「クゥーン」と心配そうに見つめてくる。ローラはまだ怖がって近づこうとしないが、僕には彼らへの感謝しかなかった。
できればこのまま連れていきたいものの、これから向かうシュナイゼルの街は魔物に敏感だ。名残り惜しいが、魔界へ帰ってもらうしかない。
僕がリュートを奏でて送還の旋律を響かせると、ケルベロスたちは愛おしそうに僕を見つめながら消えていった。
「ケルちゃんたち、可愛かったね〜」
「け、ケルちゃん!?」
突然のアンナの言葉に、思わず声が裏返った。
「ケルベロスなんだから、ケルちゃんでしょ!」
「いや、安直すぎるだろ……」
呆れてつっこんだものの、よく考えたら僕も『白くて可愛いからシロ』『黒いからクロ』、そして『幻獣のくせにお金が好きだからフク』と名付けていた。……人のこと言えないな。
「……あれが可愛いのか?わからぬ……」
一人だけ感覚の違うローラが、遠い目をして呟いていた。
「お嬢さんたち、それと兄ちゃん」
(やっぱり僕はおまけ扱いか)
依頼主の大男が声をかけてくる。
「お礼と言っちゃなんだが、俺の工場で作った酒を持って行ってくれ。兄ちゃんにはたらふく飲ませるって約束だったが、お嬢ちゃんたちにも分けねぇとな!」
そう言うと大男は大きな建物へ入っていき、小さな酒樽をいくつか抱えて戻ってきた。
「はい、これは踊り子のお嬢さん。こっちは騎士のお嬢さん。で、余ったこれが兄ちゃんの分な」
(……待て、報酬の酒までおまけ扱いかよ!!)
「これ、何のお酒ですか?」
アンナが尋ねると、依頼主の大男は得意気に胸を張った。
「ワインだ。シュナイゼル産のワイン!この街の名物さ」
——出た、シュナイゼルワイン!
原液のまま飲むと美味いけど、恐ろしく甘くて、それ以上にアルコール度数が高いやつだ。僕は手元の小さな酒樽をじっと見つめた。
「あの……これって、どれくらい薄めれば美味しく飲めますか?」
「薄める?俺は薄めて飲んだことなんてねぇな!そのまま原液でぐびーっといくのが一番だ!」
酒造工場を営んでいるくらいだ、この大男が酒豪なのは間違いない。僕はカフェで出してもらった、しっかり水割りされた飲みやすいワインの方がいいのだが……。
「私もそのまま飲む方に一票でーす!」
「うむ、酒とはそういうものだろう」
アンナとローラが即答する。いやいや、君たち原液の恐ろしさを知らないからそんな呑気なことが言えるんだよ!……それとも、まさか二人とも底なしの酒豪なのか?後でこっそり探ってみよう。
「じゃあな、お嬢さんたち!本当に助かったぜ。ギルドへの報酬もしっかり払っておくからな!」
豪快に手を振る依頼主と、僕たちはそこで別れた。




