神様を呼べる冒険者、なぜかBランク
「ん……!」
突然、ローラが小さく声を漏らした。
「どうしたの、ローラ?」
アンナが心配そうに覗き込む。僕はといえば、(あの度数の高いシュナイゼル産だ、流石のきつさに咽せたな)と踏んで、密かに苦笑いを浮かべながら彼女を見つめた。
「……非常に美味いな。酸味があって軽やかで、驚くほど飲みやすい」
え!?あのシュナイゼル産ワインだぞ!?
一体どれだけ酒に強いんだ、この騎士崩れは!
「いいなー!私のも飲んでみよっと」
アンナも自分のグラスに口をつけると、パッと目を輝かせた。
「美味しい!ねえねえ、こっちのスパイスワインもすっごく行けるよ!香辛料の刺激と蜂蜜の甘みのバランスが絶妙!」
アンナまでか!スパイスワインと言ったって、ベースはあの強いシュナイゼル産のはずだ。
一見華やかな女性冒険者と生真面目な元騎士志望……この二人、揃いも揃ってどれだけの飲兵衛なんだよ!
「ルルク、不満そうだな。お前も飲んでみろ、奢ってやるから」
僕はぶんぶんと首と手を横に振る。あのシュナイゼル産のワインなんて二度とごめんだ!
「じゃあ、私のスパイスワイン飲んでみて!本当に美味しいから!」
なおも抵抗しようとしたけれど、アンナがぐいっと差し出してきたグラスを無碍に断ることもできなかった。僕は目を瞑り、毒見でもする覚悟で一口だけ――ええいままよ、と口に含む。
「……あれ?普通に美味い」
あれほど恐れていたシュナイゼル産ワインの癖はすっかり薄まっていて、昨日飲んだあの刺激的な味とはまるで別物だった。
「ねー!美味しいでしょう~? ……って、私と間接キスしちゃったね、ルルク」
アンナは悪戯っぽく笑いながら、頬杖をついて僕の顔を覗き込んでくる。思わず、僕の顔がまたかっと熱くなった。
「ん?ルルク、顔が赤いぞ。酔ったのか、意外と弱いのだな……」
ローラは一人、全く状況が分かっていないらしい。
――その鈍感さが、今は心の底からありがたかった。
「で、ルルクはどんな召喚獣を出すつもりなの?」
アンナが単刀直入に尋ねてきた。その一言に、隣にいたローラがガチンと身体を固める。
「うーん、考えてるのはケルベロスにサキュバス、リヴァイアサンとサンダーバード。あとは酒工場もあるし、酒の神様バッカスを出そうかなって」
アンナが驚きで目を丸くした。
「す、すごすぎない?!私でも知ってるような有名な幻獣ばかりだし……それに神様まで出しちゃうの!?」
「まあ、一応契約してるからね」
「ル、ルルク……お前の魔力は無尽蔵なのか……」
固まったままのローラが呆然と呟く。それほど規格外の内容だったらしい。
「なんだか戦うのが楽しみになってきた!ルルクの豪華すぎる召喚獣が見られるなんて。私、本物の召喚士に会うの初めてなんだよね」
「魔法師の中でも特殊だし、幻獣と契約するのって難しいからね」
「そんな有名どころばかりと契約してるんだから、ルルクって本当はすごいのね!」
純粋にアンナに褒められ、僕は気恥ずかしくなって頭をかいた。
「ルルク、ギルドランクは何なのだ。かなり上の方だろう」
正気を取り戻したローラが尋ねてくる。
「Bだよ」
「……やはりな。Fランクから始まって最高位がSだから、上から三番目のクラスか」
「ローラこそ、その胸元でキラキラしてるバッジ……Aランク?」
「そうだ。セリンでAを獲った」
二人の会話を聞いていたアンナが、今度は驚愕の声をあげる。
「ちょっと待って、ふたりとも強すぎない?!私なんてまだCだよ~!それにルルク、神様まで呼べるのにBランクっておかしくない?!」
ローラも大きく頷いた。
「ギルドに実力をしっかりと申請していないのだろう、ルルク。成果を上げたらこまめにランクを更新していくのも冒険者の嗜みだぞ」
「最初の頃はマメに更新してたんだけどね」
セリンの家を追い出された際、「路銀を稼ぐなら冒険者ギルドが良い」と心配してくれたメイド長に勧められたのだった。家を出た足で登録し、最低のFランクからスタート。
セリンの首都ラバマで住み込みの仕事をしながら、コツコツと依頼をこなしてランクを上げていった。だが、Bまで上がったところで「もう十分かな」と放置していたのだ。
「更新は最低でも二年に一回はしないと、ランクが失効しちゃうよ?」
心配そうに教えてくれるアンナ。
家を出てからちょうど二年ほどだから、失効まではギリギリセーフといったところか。
「そもそも、冒険者の仕事はしているのか?吟遊詩人の仕事ばかりしているのではないか?」
ローラがじりじりと距離を詰めてくる。
「吟遊詩人が僕の本業だからね」
「それがいかんのだ!神を呼べる召喚士など聞いたこともないぞ。ルルクの実力はBどころではないはずだ!」
「本当にもったいないよ、ルルク!お金をどぶに捨ててるようなものだよ!S級になれたら、一回の依頼で10ポンドは稼げるんだから!」
二人がかりで詰め寄られ、僕はたじたじになって、紅茶をすするのだった。
「この街にギルドはないが、リオウ領の他の街へ行けばある。ここの依頼をさっさと片付けて、次はギルドのある街を目指せばいいだろう」
ローラは親切心からそうアドバイスしてくれたが――僕は首を横に振った。
「……それは、できない」
はっきりと告げた僕の言葉に、ローラもアンナも思わず目を見張る。
「僕はこの街の町長の娘さんから頼まれているんだ。『魔物を全滅させて、この街を昔みたいに盛り上げてほしい』って。だから、オークの軍団を倒したからって終わりにするわけにはいかないんだ」
静まり返る二人を前に、僕は言葉を重ねる。
「この街に入ったとき、二人だって感じただろう?みんな魔物に脅かされて、未来に絶望してるんだ。そんな人たちを見捨てて、自分だけ次の街へ行くなんて僕にはできないよ」
脳裏に、あのときのサラさんの泣き顔が浮かぶ。もう二度と、彼女のあんな涙は見たくない。
サラさんはお母さんだけでなく、許嫁まで失っているのだ。それでも諦めず、たった一人で街を立て直そうと必死に前を向いている。
――僕はただ、サラさんに笑っていてほしいんだ。




