カフェにて、庶民と元貴族
ここから一本外れた通り……確か方向はこっちで合っているはずだ。僕が身を寄せている町長のお屋敷――サラさんの家から案内してもらったのだから間違いない。
朱色の屋根に、深い緑色で塗られたレンガ造りの壁。その独特な色遣いのおかげで覚えていた。店の看板には、リオウの文字で「カフェ」と書かれている。僕は四角く大きな窓越しに店の中を覗き込んでみた。
「『営業中』って札が掛かってるよ、ルルク!」
アンナが教えてくれる。札が出ていること自体は分かったのだが、それが文字通り「営業中」を意味しているのかまでは判読できなかった。アンナがいてくれて本当に助かる。……横でローラが呆れたようにため息をついていた。このくらいの文字が読めないと、冒険者としては先が思いやられるのかもしれない。
扉を開けると、カランコロンと涼やかな鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは店員……というより、この店のオーナーか女将さんだろうか。サラさんと同じように、見事な金髪をまとった壮年の女性だった。
店内には先客として一組の親子が座っていた。
「あーっ!さっき踊ってたお姉ちゃんだ!」
テーブルの向こうで、幼い少年が元気よくアンナを指さす。隣のお母さんらしき女性が「こら、指をさしちゃダメでしょ」と小言を言っていた。
アンナが笑顔で手を振り返すと、少年は嬉しそうに足をバタつかせた。
「もう、お行儀が悪いわよ」
再びお母さんに注意されながらも、少年はニコニコとアンナを見つめている。
「どうぞ、こちらの席へ」
オーナーらしき女性に案内され、僕らは明るい窓際のテーブル席に着いた。
可愛らしい刺繍のテーブルクロスが敷かれた席に、木製のメニュー表が提示される。
「お決まりになりましたら呼んでくださいね」
ずらりと並んだリオウ語のメニュー。暗号のような文字の羅列から、僕はかろうじて読めた名前の飲み物を指さした。
「紅茶」……一ペンス五十ペニー。お財布にも優しい値段だ。サラさんから、この地域の紅茶は特産品だと聞いていたのも決め手だった。
「ほう、ワインは嫌いなのか?ルルク」
「ここのワイン、すごく美味しいらしいわよー」
間髪入れずに、ローラとアンナの双方から突っ込みが入った。
……本当は「ワインがあるなんて読めなかった」なんて、口が裂けても言えない。僕は引きつりそうな顔をなんとか繕い、取り繕うように返した。
「……ここの紅茶も有名な名産品なんだよ」
「そうなのか、紅茶は知らなかったな。私はここで美味いワインが飲めると聞いてきたのだが」
「そうそう!ギルドのおじさんにも『あそこはワインが絶品だ』って教わったもんねー」
二人ともワイン目当てだったとは。絶対に真実は明かせないと心に誓い、僕はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「すみません、注文をお願いします」
僕は先ほどのオーナーの女性に声をかけた。
「僕は、紅茶と……」
『ワイン』と言いかけたところで踏みとどまる。……一口にワインと言っても、種類がいくつもあるはずだ。読めない僕には指定すらできない。僕は二人の顔を交互に見つめ、(先に頼んで!)と目配せでサインを送った。
「私はシュナイゼル産の白ワインを」
「私はどうしようかな~。シュナイゼル産のスパイスワインにするわ!」
シュナイゼル産のワインといえば、昨日、高級酒場で飲んだ、あの甘くてやたらとアルコール度数が高いやつじゃないか!あんなきつい酒を昼間から頼むのか……?
僕は密かに冷や汗をかきながら、大人しく紅茶を飲むのが正解だと確信した。
「やっぱりルルクは元貴族なだけあって違うな。紅茶を選ぶとは品を感じるぞ」
「そうよねー。お貴族様はやっぱり上品!私たちは庶民だもんね、ローラ。美味しいワインがあったら速攻で頼んじゃうもんねー」
二人が『庶民』という共通点でがっちり同盟を組んでいる。
どうせ僕は元貴族ですよ。世間知らずのボンボンですよ……。これでも二年間、セリンを出てから世間の荒波に揉まれてきたつもりだったんだけどな。
「ねえルルク、この街には馬車で来たの?」
アンナが身を乗り出して尋ねてきた。
「ううん、移動費を安く済ませたくてペガサスで来たんだ」
その言葉に、今度はローラが目を見開いた。
「正騎士でもないお前が、ペガサスに乗れるというのか!?」
「……あー、違うよ。僕がリュートの召喚術で呼んだ、個人的に契約してるペガサスだから。軍用じゃないよ」
なんだ、と呆れたようにローラがため息をつく横で、アンナは目を輝かせて興奮していた。
「すごい!ペガサスも呼べちゃうんだ!私も乗ってみたいなー!」
「馬に乗れるなら、だいたい同じ感覚で乗れるよ。今度乗せてあげるよ」
するとアンナは「ほんと!?」と叫び、両手でぎゅっと僕の手を握りしめてきた。
「きっと、いや、絶対にだよ!約束だからね、ルルク!」
「う、うん……」
年頃の女の子と接し慣れていないせいもあり、温かく柔らかい手の感触に僕はすっかり顔を熱くしてしまう。
(ダメだダメだ、僕にはサラさんが――……って、そもそもサラさんとも何かあるわけじゃないだろ、落ち着け僕!)
「どうしたルルク、顔が赤いぞ。ワインも飲んでいないというのに」
首をひねるローラを余所に、アンナはニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「ははぁ~ん。ルルク、もしかして私にときめいちゃった?」
「っ……!?」
僕は猛烈な勢いで左右に首を振った。だが、否定しようと焦れば焦るほど顔に熱が昇っていくのが自分でも分かる。慌ててアンナの手を振り払い、両手を使って大きくバツを作った。
ローラは「熱でもあるのか?」と言いたげに難しそうな顔をしているが、アンナは確信犯的なニヤニヤ顔を崩さない。
「やだー、ルルクったら!案外純粋なんだから~」
楽しそうに僕の反応をからかうアンナに、僕はもう返事すらできず、手元のテーブルを虚ろに見つめるしかなかった。
「お待たせいたしました」
絶妙なタイミングで、オーナーの女性が紅茶とワインを運んできてくれた。
「あー……紅茶、美味しいなあ」
差し出されたカップを受け取り、一口含んで大きな息をつく。とにかくこの場の気まずさをごまかすのに精一杯だった。
一方のアンナはワインを受け取ってもなお、ニヤニヤと楽しげに僕の顔を覗き込んでいる。そんな中、ローラは運ばれてきたワインを一気に煽るように口へ運んでいた。
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これからも幻獣たちや仲間たちとの冒険をお楽しみください!




