三人の冒険者、それぞれの素顔
コックリと息を吐いたローラは、気を取り直すように咳払いをひとつする。
「……時に、この街の酒工場の主人はどこにいるか知っているか?」
「あ、それなら午後にこの中央広場で会う約束になってるよ」
僕が答えると、アンナが目を丸くして身を乗り出してきた。
「え?私もその人に会うためにこの街に来たんだけど……」
「もしかして二人とも、酒工場を占領したオーク軍団の件?」
僕の問いかけに、ローラとアンナは顔を見合わせた。
「おそらく、その件だ」
「たぶん、それね」
思わぬ共通点に、二人の声が見事に重なった。
「うーん。実は僕も個人的に引き受けちゃってるんだよね」
僕の独白に、アンナが即座に反応する。
「だったら一緒に戦おう!」
「……ちょっと待て。共闘するのは構わないが、またあの『化け物』を出すのか?」
ローラはすでに顔を引きつらせていた。
「化け物って……。あれは聖なる幻獣だよ。幻獣だけじゃなく、神様とも契約してるから出すよ?」
「すごーい!神様まで出せるんだ、ルルク!」
アンナは目をキラキラと輝かせるが、ローラはあからさまに腰を引いた。
「先ほど以上の化け物を出す気か……?」
「だって僕、まともに使えるのは召喚魔術ぐらいだし。戦うには呼び出すのが当然でしょ」
アンナの目がさらに百倍くらい輝いた。
「やっぱり一緒に戦おう!ルルク!」
力強く言ったアンナとは対照的に、ローラは無理やりカッコつけたような顔で言う。
「……一緒には無理だ。私は、私のやり方で戦う」
「ローラ、本当は僕の召喚獣が怖いんだ?」
僕はローラの顔を覗き込む。
「ち、違う!断じて怖いなどと……!」
「じゃあ、さっき仕舞ったばかりのシロをもう一度出そうかな」
「ダメだ!ダメ!!やめろ!!」
必死に縮こまるローラを見て、僕はニヤリと笑った。
「それにしても、二人ともリオウ語が上手いね。僕よりずっと流暢だ」
僕がセリンにいた頃、リオウ語は第一外国語として習った程度だ。セリンの騎士はリオウへ派遣されることも多いため国立の学校では必須科目だったから、ローラが話せるのは納得がいく。だが、隣国とはいえザアララ出身のアンナの語学力は、目を見張るものがあった。
「だって、世界中を回ってお宝を探すのに、言葉が通じなかったらお話にならないじゃない?ザアララ語はもちろん、リオウ語もセリン語もバッチリ!他の国の言葉だっていけるわよ」
そう言うと、アンナは鞄から折りたたまれた世界地図を取り出し、広げてみせた。
「ザアララはプフェ諸国連合に押されてるから、向こうの言葉も必須でしょ。あとはバールミエ王国のバールミエ語。ニディアとゼキロスは……名前は忘れちゃったけど、あの地域の共通語なら話せるわ」
僕は目を見開いた。
普段はどこかふわっとした印象の女性だが、まさかこれほど多彩な言語を操る才女だったとは。人は見かけによらないものだ。知的なイメージはどちらかといえばローラの方にあったのだが、そのローラ自身もアンナの告白に圧倒されているようだった。
「ローラもこれくらい話せるわよね?だって冒険者だし!」
にこやかに振られたローラは一瞬ぎくっと肩を揺らしたが、すぐに咳払いをして胸を張った。
「うむ。……まあ、多少はな」
あやしい。どう考えても見栄を張っている。
「……ルルクこそどうなのだ?」
見栄を張りづらくなったのか、ローラが慌ててこちらに話を振ってきた。
「僕は国立の学校で教わった程度だよ。基本はセリン語かな」
途端にローラの顔がぱあっと明るくなった。自分と同等かそれ以下だと分かって安心したのだろう。本当にわかりやすい性格をしている。
「僕はセリンの国しか知らなかったから、リオウに来てカルチャーショックを受けたよ。なんでもお金に換えてしまうドライな商魂とか、文化の違いに驚いてばかりだ」
「ルルクは名門スチュアート家の出身で、元貴族だからな。市井の暮らしそのものが珍しいのだろう」
ローラの何気ない一言に、アンナが「えっ!」と両手を口元に当てて目を丸くした。
「ルルクってお貴族様だったの!?」
「まあ……元、だけどね」
苦笑いしながら頷くのが精いっぱいだった。
「そっかー、お貴族様ならカルチャーショックも受けるよね!私なんかごくごく普通の家で育ったからなあ。『踊りの国』ザアララ出身だから、ダンスの学校には必死で通ったけどさ。へえ、ルルクは『騎士の国』セリンのお貴族様かぁ……」
感心したように頷くアンナに、僕は話を向け直す。
「ローラはどうなんだ?その格好をしているってことは、君もセリンの学校に通っていたんだろ?」
ローラは一呼吸置き、少し遠い目をして口を開いた。
「私は元々、市井の生まれだ。セリンに生まれたからにはと、兄と共に国立の騎士学校へ通い、憧れの騎士を目指していた。……だが、試験には落ち続けてな。ストレートで合格した兄とは対照的に、私は途中で諦めて冒険者になったのだ。まあ、セリンにはよくある話さ。騎士になれなかった『騎士崩れ』の冒険者など、ごく珍しくもない」
同じセリンの国ながら、ローラとは生まれた家でこうも違うとは。僕が恵まれ過ぎていたのか。アンナはザアララで普通の暮らしをしていたそうだし。僕だけが違う感じだ。
「それよりさルルク、お金どうする?数えたら百ペンスとちょっとあったよ」
「百ペンス!?そんなに!?」
僕が一人で路頭演奏をしても、せいぜい二十ペンス届くかどうかだ。アンナのダンス効果が凄まじすぎる。
「山分けだから半分こね」
「えっ!いいよ、アンナの踊りがあったからそれだけ稼げたんだし……」
「ダメ!こういうお金の貸し借りはきちんとしなきゃ!お貴族様だからってそのへんを甘く見てると、後で困るのはルルクなんだよ?」
アンナがビシッと指を指しながら僕を睨む。横を見ると、ローラも「その通りだ」と言わんばかりの表情で深くうなずいていた。
「……じゃあ、半分もらうね」
申し訳なさに小さくなりながら、僕はアンナから報酬の半分を受け取った。だがこれで、当面は路銀稼ぎの心配をせずに済みそうだ。
「午後からか……まだ少し時間があるな」
ローラは視線を上げ、広場にそびえる時計台を仰ぎ見た。
「ねえ、この街にカフェみたいな場所はないのかな?」
アンナが周囲を見回しながら言う。
「あるにはあるけど、今の時間から開いているかどうか……」
昨日、ココちゃんに街を案内してもらった時のことを思い出す。ほとんどココちゃんの身の上話ばかりだったけれど、その途中で教えてもらったのが、中央広場から一本外れた通りにあるカフェだった。脳裏に、元気に喋るココちゃんの姿が浮かぶ。
「行ってみようよ、そこ!こうして会えたのも何かの縁だしさ、三人でお茶しよう!」
アンナがパーッと明るい笑顔を咲かせて提案した。
「ほう、それはいいな。私も付き合おう」
ローラも乗り気のようだ。
「よし、僕が案内するよ」
一本隣の通りだから、歩いてすぐの場所だ。僕は二人を先導して歩き始めた。




