踊り子と女騎士、それぞれの夢
一方、アンナは僕の奏でる旋律に合わせて、次々と新しいステップを踏み、観客を魅了していた。その華やかな舞に惹かれるように、さらに人が集まってくる。
まさに絶好の稼ぎ時だ。僕は一音一音に一層心を込め、弦を強く弾いた。広場全体へと澄んだ音が流れていき、集まった人々の視線が僕とアンナに注がれる。
「いやあ、あの嬢ちゃんの踊り、実に見事だなあ!」
「いやいや、あの兄ちゃんの演奏も大したものだぞ!」
観衆の称賛の声が、演奏する僕の耳にも心地よく届く。僕一人で弾いていた時とは比べものにならないほど人が集まっているのは、間違いなくアンナのおかげだ。あとでしっかり彼女に感謝しなくちゃな。
ザアララの楽曲を立て続けに三曲ほど弾き終えたところで、僕は一旦演奏の手を止めた。これだけ踊りっぱなしだったのだ、アンナだって相当疲れているはずだ。
「あれ?休憩?」
首を少し傾げて尋ねてくるアンナ。その仕草がなんだか小動物のようで可愛らしい。僕は息を整えながら声をかける。
「ああ、少し一休みしよう。アンナだって疲れただろ?」
「えー?まだまだイケるよー!これくらい序の口、序の口!」
ピンピンとした様子で笑う彼女を見て、(体力オバケだな、アンナ……)と心の中で呟く。伊達に踊り子を名乗っていないということか。
とはいえ、僕は指先を少し休めたかったので、アップテンポな曲の代わりに、セリンにいた頃よく耳にしていたゆったりとした宮廷舞曲を奏で始めた。
曲調のガラリとした変化に、アンナは一瞬だけ驚いたように目を見張る。だが次の瞬間には、その優雅な旋律に合わせ、しなやかで緩やかなステップを踏み出していた。
どんなジャンルの曲でも即座に適応して踊れてしまう圧倒的な実力に、僕は思わず感嘆する。こんなにすごい技術があるなら、命がけの冒険者なんてやらなくても、踊り子一本でいくらでも稼げてしまいそうなのに。
ゆったりした曲を二曲弾いたあと、次はリオウで覚えたアップテンポな流行歌を弾くことにした。本来は歌詞のある曲だが、アンナの踊りをしっかり見てほしかったので、僕はリュートだけの音に抑えておく。
アンナはそれに合わせて、見事に踊りを変えてみせた。打ち合わせもなしに、音を聞くだけで即座に対応し、自分のダンスにしてしまうのは流石だ。ザアララの国には、彼女のような人がたくさんいるのだろうか。
曲の最後で決めポーズをとったアンナは、なんとも色っぽい。観客からは大喝采が起こり、惜しみないおひねりが飛んだ。
「ありがとーございまーす!」
アンナは客席に向かって深々とお辞儀をした。その弾けたような笑顔につられ、僕の口元も自然とほころぶ。
「もう終わり?」
汗をぬぐいながら尋ねるアンナに、僕はリュートを抱え直してうなずいた。
「そうだね。とりあえずこのへんで一区切りにしようか」
すると、最前列で見ていた幼い少女が「お姉ちゃんもお兄ちゃんも凄かったー!」と、顔いっぱいに満面の笑みを咲かせた。
「ありがとうね。また見に来てねー!」
アンナが手を振ると、少女は「うん!」と元気いっぱいに首を縦に振る。
やがて拍手の余韻を残しながら、集まっていた人波がゆっくりと散っていった。その混雑を押し分けるようにして、ローラがこちらへ近づいてくる。
「私にはよくわからなかったが……すごいものなのだろうな」
騎士を目指してきたローラだ。根が真面目な分、これまで音楽に触れる機会も少なかったのだろう。あまりに素朴で正直な感想がおかしくなり、僕はつい吹き出してしまった。
「な、何を笑っているのだ!」
むっと顔を赤くするローラに、僕は「ごめんごめん」と慌てて手を振った。
「しっかし稼いだわねー!ルルク、山分けよ!」
アンナは床に散らばったおひねりを手際よく拾い集めながら、手元で手際よくカウントしていた。
「山分けは嬉しいけどさ、ザアララでこのお金って使えるの?」
僕が素朴な疑問を投げかけると、アンナはニッと口元をほころばせた。
「リオウとセリンの通貨はね、向こうじゃ『お宝』として取引されるのよ。……まあ、闇市経由だけど」
僕とローラは思わず顔を見合わせた。僕らにとっては見慣れた通貨が、ザアララの闇市で高値で取引されているとは思いもしなかった。
「だから私はリオウで稼ぐの!冒険者なら稼ぎも青天井でしょ?」
ほくほく顔でお金を数え直すアンナに、僕は前々から気になっていたことを尋ねてみた。
「アンナ……そこまでして稼がなきゃいけない事情でもあるのか?」
するとアンナは、悪戯っぽく口端を上げて胸を張る。
「お宝を集めるのが私の夢なの!だからお金なんていくらあっても足りないし、冒険者になったのもそのためよ!」
「……要するに、トレジャーハンターか」
呆れたようなローラの呟きに、アンナは「そう、それ!」と指を鳴らした。
「トレジャーハンターよ!お宝のためなら、私どこへでも行くわ!」
「なるほどね……」
いくらダンスの才能があっても、それだけじゃ夢は叶わないわけだ。世界中のお宝を集めるなら、確かに冒険者になるのが一番手っ取り早いのかもしれない。楽しそうにお金を数えるアンナを横目に、僕は小さくため息をついた。
「ルルクは、何のために吟遊詩人をやっているのだ?スチュアート家の人間なら、望めば立派な騎士になれただろうに」
ローラがどこか解せないといった様子で尋ねてくる。僕は一息つき、彼女の真っ直ぐな視線を受け止めた。
「僕には剣の才能がなかったんだ。でも、音楽の才能はあった。だから……いずれは本物の音楽家になりたいんだよ」
ローラは不満そうに眉をひそめた。
「……ルルクの纏っている魔力は普通ではない。音楽などに現を抜かさず冒険者に専念すれば、お前ならもっと上のランクを目指せるはずだぞ」
「いいんだよ。僕はただ、音楽家になりたいだけだから」
なおも納得がいかないといった顔をするローラ。だが、こればかりは譲れない。
「それに、音楽のおかげでこんなことも出来るようになったしね」
僕がリュートをつま弾くと、その音色に導かれるように、ミニチュアサイズのケルベロス――シロが元気よく姿を現した。
「きゃあーっ!可愛い~!!」
アンナが大喜びでシロに飛びつく一方で、ローラはあからさまに顔を引きつらせ、数歩……いや、数十歩ほど、たじろぎながら後退する。
「独自の召喚魔術と組み合わせたのさ。これで剣術がダメでも、なんとか切り抜けられてる」
アンナはシロの三つの頭をそれぞれ交互に撫で回して上機嫌だが、ローラは完全に引いていた。
「わ、わかった。もう十分わかったから……早くその化け物を仕舞ってくれ!」
「えー!こんなに可愛いのにーっ」
その時、シロがぴょんと跳ね、何を思ったかローラの足元へ駆け寄った。
「ギャァァァーー!!やめてぇぇーー!!こ、こっちに来るなァァーー!!」
悲鳴を上げて泣き叫ぶローラ。シロは不思議そうに首を傾げると、そのまま僕の肩へと飛び乗った。
「……そんなに怖いかなあ」
僕が苦笑しながら送還の術を唱えると、シロは煙のように掻き消えた。
ローラは壁に背を預け、はぁはぁと荒い息を吐きながら、いつまでもガタガタと体を震わせていた。
「ルルク……お前の実力は重々わかった……」
壁に背をもたれかけさせたまま、ローラが青ざめた顔で呟く。
「ねえルルク、もっと可愛いの出せる?」
一方で、アンナは目を輝かせて乗り気だ。
「出せるよ。出してみようか?」
僕が再びリュートに手をかけると、ローラが血相を変えて割って入った。
「待て!やめろと言っているのだ!」
「はいはい、冗談だよ」
必死すぎるローラの反応に、僕は思わず吹き出してしまった。




