リュートの音色に集う冒険者たち
食事の後片付けを終え、僕は自室に戻るなり魔法書をデスクに広げた。
念には念を入れて戦術の再確認だ。もし巨大なオークが群れで押し寄せてきた場合、ケルベロスたち三頭だけでは手数が足りなくなる可能性がある。それに今回の戦場は酒工場の目と鼻の先だ。引火の危険がある炎系魔法は絶対に禁手である。
炎がダメなら水か、あるいは雷か。施設を壊さずに処理するなら、魔法攻撃よりも物理的な打撃で叩き潰すのが無難だろうか。そうなると重量級のドラゴン種やミノタウロスを前線に出すか……それとも、セ イレーンやサキュバスで状態異常を付与して無力化するか。
僕の『同時召喚』なら最大十体まで同時に召喚できる。手札を組み合わせて最適解を導き出さなければ。
魔法書のページをめくりながら、僕は具体的な陣形を組み立てる。
よし、ケルベロス三頭、サキュバス、リヴァイアサン、さらにサンダーバード二頭の構成で行こう。サキュバスの幻惑とケルベロスの俊敏さで敵の陣形を崩し、怯んだ隙にリヴァイアサンとサンダーバードのコンボを叩き込む。大量の水で濡らしたところに電撃を浴びせれば、ひとたまりもないはずだ。
…それに酒工場なら、酒の神様、バッカスも出そうか。バッカスなら酔わせてオークの攻撃を無効化できる。美味い酒が飲めるのなら、バッカスは喜んでくれるだろう。
——ただ、最大の課題はサキュバスの存在そのものにある。
彼女は隙さえあれば召喚主である僕にまで誘惑を仕掛けてくるのだ。精気や命を糧とする魔物の本能とはいえ、あの不必要なほどの美貌とグラマラスな肢体で迫られるのは心臓に悪い。召喚契約を結んだ際、いきなり深々としたディープキスをぶちかまされたトラウマもある。戦場とはまた違った意味で、絶対に油断は禁物だ……。
魔法書をカバンへ仕舞い込み、使い慣れた革の防具を身に着ける。戦闘態勢はこれで整ったが、最も重要な相棒の最終点検が残っている。
僕は愛用のリュートを手に取り、弦の張りや音色をひとつひとつ確かめた。この楽器こそが僕の真の武器であり、彼らを呼び出すための触媒だ。これまでいくつもの難関なギルドの仕事をこなしてこられたのも、すべてはこのリュートがあったからこそ。よし、音に狂いはない。
それでもまだ午後には早い。待ち合わせ場所の中央広場に行って、先程中断された演奏をしようか。でも武器にもなるリュートがダメになってしまっては困る。でも、演奏して路銀も稼ぎたいし。
元々路銀稼ぎにやってきたのだ、この街は。魔物退治がメインではない。弦は変えたばかりだし、当分は大丈夫だろう。
僕は中央広場へ向かうため、部屋を出た。
中央広場に到着した。
広場には人っ子一人いない。さっきまで犬を連れて歩いていた老人も、散歩を終えて家に帰ってしまったのだろう。こんな朝早くから誰かが立ち止まってくれるだろうか……そう思いつつもリュートを構え、弦を爪弾き始めた。
「な、お前!なんでそんなバッジをつけて朝からリュートなんて弾いているんだ!」
突然、青銅の防具を身に纏い、背に大剣を背負った女騎士風の冒険者に声をかけられた。サラさんと同じ金色の長い髪を揺らし、彼女は僕の前に仁王立ちする。
「僕は吟遊詩人なので」
「嘘をつけ!その胸のバッジは冒険者ギルドのものだろう!しかもその色は上位バッジではないか!しかもその纏ってる魔力!何者だ!」
……まさか、こんなところで冒険者ギルドのことを知っている人物に会うとは。僕は一旦演奏を止めた。
「あなたこそ誰ですか?ギルドのことを知っているということは……」
「私はセリンから来た冒険者のローラだ。ギルドの依頼で今日この街に着いたばかりなのだがな」
そう言って彼女が胸元を指し示すと、そこには光り輝くバッジがあった。僕のものより上のランクを示す証だ。
「あれー?演奏止めちゃうの?結構いい感じだったのに~」
少し離れた場所から、朗らかな女性の声が聞こえた。振り向くと、そこには軽装に弓を背負った小柄な黒髪の女性が立っていた。彼女の胸にもやはりギルドバッジが留められている。
「お兄さん、もうリュート弾かないの?弾いてくれたら、あたしその音に合わせて踊ってあげるよ!」
「え?踊ってくれるの?」
「うん。あたしは『踊りの国』ザアララから来た踊り子のアンナ。お兄さんの名前は?」
「僕はルルク。ルルク・スチュアート」
すると、それを聞いたローラが驚いたように声を張り上げた。
「名だたる騎士の家系、スチュアート家の者か!なぜそんな名門の者が吟遊詩人などしているのだ!?」
セリン出身で騎士を目指すような彼女なら、スチュアート家の名を知っていても不思議ではない。
「僕は家を勘当されてね。今はこうして吟遊詩人をやっているんだ」
「では、その胸のバッジは……!?」
「ああ、旅の路銀稼ぎにセリンの冒険者ギルドへ登録していてね。でも、僕の本職はこちらだよ」
僕が再びリュートの弦を軽やかにつま弾くと、
「ひゅー!ひゅー!」
と、踊り子のアンナが楽しそうに歓声を上げた。一方で、女騎士のローラはどこか苦々しい表情で眉をひそめている。
僕はアンナが踊りやすいよう、軽快なテンポとメロディーで曲を奏で始めた。それに合わせるように、アンナが僕の隣で躍動感たっぷりに踊りだす。
人っ子一人いなかった中央広場に、少しずつ人が集まり始めた。絶好の路銀稼ぎのチャンスだ。
僕は彼女に合わせて、ザアララの少しエキゾチックな旋律に切り替える。
「きたきたー!」
アンナははしゃぎながら、一層見事な踊りを披露してくれた。流石は『踊りの国』ザアララ出身の踊り子だ。セリンやリオウでは見たこともないような、切れ味抜群の素晴らしいダンスだった。
一曲弾き終える頃には、僕たちの周りは黒山の人だかりができていた。拍手とともに、おひねりのコインが次々と投げ込まれる。
(できれば硬貨じゃなくて紙幣だと嬉しいんだけどな……)
思わず心の中でそんな贅沢な希望を呟く。言うまでもなく、紙幣の方が重さもかさばらず価値も高い。
ちなみに、セリンとリオウは経済同盟を結んでいるため共通の通貨を使用している。僕がセリンから持ってきた紙幣や硬貨も、ここリオウで問題なく使えていた。けれど、ザアララはまったく別の独自通貨を使っているはずだ。
(ここで稼いだお金、アンナは両替とか大丈夫なのかな……?)
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
「みなさん、ありがとうございまーす!」
アンナがパッと両手を広げ、弾けるような笑顔で深々とお辞儀をした。
歓声に押されるように、僕はすぐさま次のザアララ民族音楽を演奏し始める。ザアララの楽曲はセリンにいた頃からお気に入りだったため、リュートのレパートリーにも入れてよく練習していたのだ。
セリンやリオウにはない独特のリズムとエキゾチックな音階。弦を弾く指先から流れるその音色は、僕自身にとっても大好きなメロディーだった。
人波に押し出されたローラは、少し離れた場所で難しい顔をしたまま立ち尽くしている。
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