大量の札束と屋根に舞い降りた天敵
まだ町が眠っている早朝。
空が薄紫色に染まり始めた頃。
ガンバレ男爵邸から少し離れた建物の屋根に、三人の姿があった。
ルクア、ルビー、そしてユキ。
三人は屋敷を見下ろしながら、最後の確認をしていた。
「さぁ、準備はできたわね」
ユキが拳を握る。
「今日は根こそぎいただくわよ!」
「おう!」
ルクアが頷く。
「任せろ」
ルビーも気合十分だ。
三人の視線の先には――
巨大な屋敷がそびえ立っていた。
広い敷地を囲む高い塀。
その周囲には、すでに大勢の騎士が配置されている。
「思ったより警備が多いな」
ルクアが目を細める。
「昨日の襲撃で警戒を強めたのよ」
ユキが答える。
「だからこそ、正面から行くわけにはいかない」
屋敷の正面では、一人の大柄な男が騎士たちへ指示を飛ばしていた。
「ほらガンバレ! 来るならきっと朝早い時間帯だ! ガンバレ、ガンバレ!」
「……何なんだ、あいつ」
ルクアが呆れる。
男は赤い髪をしていた。
身体は大きく、鍛え上げられた筋肉が服の上からでも分かる。
口元には金歯まで光っている。
朝っぱらから、あまりにも暑苦しい。
ユキが男を指差した。
「あれがガンバレ男爵よ」
「むさ苦しいな」
ルクアが率直な感想を漏らす。
すると――
隣にいたルビーの表情が変わった。
「あの赤い髪……」
「どうしたの?」
ユキが尋ねる。
「あいつの髪と同じ色なのが許せない」
「……え?」
ルビーの目が細くなる。
「生理的に受け付けない悪党と同じ髪色なんて……」
拳を握る。
「燃やしてやる」
「理由が酷すぎるわよ!」
ユキが思わずツッコむ。
ルクアも苦笑した。
「まあ……気持ちは分からなくもないけど」
「分かるの!?」
ユキが驚く。
だが、すぐに何かを思いついたように笑った。
「でも、それなら利用できそうね」
ユキは二人へ作戦を説明する。
「ルビーが正面で騒ぎを起こす」
「了解」
「男爵の髪を燃やして、騎士たちを引きつけて」
「任せろ」
「その隙に、私とルクアが裏から侵入する」
「分かった」
ルビーはニヤッと笑う。
「つまり、私が派手に暴れればいいんだな?」
「そういうこと」
「得意分野だ」
「そこは自慢するところじゃないだろ……」
ルクアが呆れる。
三人はそれぞれの持ち場へ移動した。
ルビーは屋根の上。
ユキとルクアは屋敷の裏手。
準備が整う。
ユキが小さく頷いた。
「……今よ」
ルビーが屋敷の正面にいるガンバレ男爵へ狙いを定める。
「火よ――灯れ」
小さく呟いた。
次の瞬間。
ボッ!
男爵の赤い髪が一気に燃え上がった。
「わぁぁぁぁ!」
男爵が頭を抱える。
「髪が燃えているぞ!」
「水を持ってこい!」
「早く消せ!」
「男爵様!」
屋敷の前が一瞬で騒然となった。
騎士たちは火を消そうと、次々に男爵のもとへ集まっていく。
「今よ!」
ユキの声。
「行くぞ!」
ルクアとユキが同時に走り出した。
◇
屋敷を囲む塀まで到着する。
ユキが腰から鉤縄を取り出した。
「これで――」
投げようとした瞬間。
「必要ないぞ」
ルクアが手を伸ばす。
「え?」
次の瞬間。
見えない何かが階段のように空中へ伸びた。
「行こう」
「へぇ~ゼウス使えるんだ」
ルクアが先に登り、ユキも続く。
二人はあっという間に塀を越えた。
そのまま屋敷の裏側へ回り込む。
「昨日確認した窓は――」
ユキが足を止めた。
「……嘘でしょ」
「どうした?」
窓を見たルクアも眉をひそめる。
昨日までなかったはずの鉄格子が、窓を完全に塞いでいた。
「昨日の下見では、こんなのなかったのに……」
「警備を強化したんだろうな」
「時間がなかったから、そこまで確認できなかったのよ」
ユキが悔しそうに唇を噛む。
そのとき――
遠くから足音が聞こえた。
「誰か来るぞ」
「えっ……」
ユキが振り返る。
「どうする?」
「仕方ねぇ」
ルクアが鉄格子へ手を伸ばす。
「ここは俺に任せろ」
「ちょっと、何を――」
グニャリ。
「……え?」
鉄格子が、まるで柔らかい針金のように曲がった。
ルクアはその隙間を広げる。
「さっさと入るぞ」
「…………」
ユキは鉄格子とルクアを交互に見る。
「今のもゼウス!?」
「企業秘密だ」
「教えなさいよ!」
ユキのツッコミを無視し、二人は窓から屋敷内部へ侵入した。
◇
屋敷の中は静まり返っていた。
外では騎士たちが騒いでいるというのに、内部にはほとんど人の気配がない。
「金はどこにある?」
ルクアが小声で尋ねる。
「こういう大きな屋敷なら、奥か地下よ」
ユキが答える。
「ずいぶん詳しいな」
「義賊を何年やってると思ってるのよ」
「なるほど」
二人は廊下を進む。
壁には高価そうな絵画。
床には分厚い絨毯。
棚には高級そうな壺。
誰が見ても、かなり金のかかった屋敷だと分かる。
「これだけ贅沢してるのに……」
ユキが呟く。
「町はあんなに寂れてる」
「……確かにな」
ルクアの表情が少し曇る。
そのまま進んでいると――
「あった」
ユキが地下へ続く階段を見つけた。
「ここだ」
二人は階段を下りる。
地下は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。
そして――
「…………」
目の前には巨大な鉄格子。
さらに、その先には南京錠まで取り付けられている。
ユキがルクアを見る。
「お願い」
「……また俺かよ」
ルクアはため息をつく。
そして鉄格子を掴んだ。
グニャリ。
またしても簡単に曲がる。
「…………」
ユキが呆然とする。
「便利ね、それ」
「便利って言うな」
「じゃあ何て言えばいいのよ」
「企業秘密」
「二回目!」
ルクアは笑いながら先へ進む。
地下通路の奥。
そこには木製の扉があった。
扉には南京錠が一つ。
今度はルクアがユキを見る。
「これは?」
「今回は私の仕事」
ユキは懐から小さな道具を取り出した。
カチャ。
カチャ、カチャ。
細い道具を鍵穴へ差し込み、慎重に動かす。
表情は真剣そのもの。
そして――
カチッ。
「開いたわ」
「流石だな」
「本来は私が全部開ける予定だったのよ」
「……予定ではな」
ユキは少し気まずそうに目を逸らした。
「うるさいわね」
二人は扉を開ける。
その瞬間――
「…………」
「…………」
二人とも言葉を失った。
そこにあったのは――
大量の札束だった。
部屋の奥まで、札束が積み上げられている。
棚にも。
床にも。
木箱の中にも。
まるで金庫ではなく、金を保管するためだけに作られた部屋のようだった。
「……すげぇ」
ルクアが呟く。
ユキの目が輝く。
「すご……」
一歩、前へ出る。
「これ全部……」
「かなり溜め込んでるな」
「全部いただきましょう」
ユキの顔が、義賊とは思えないほど嬉しそうに緩む。
ルクアは少し不安になった。
(……本当に義賊なのか?)
しかし、そんな疑問を考えている暇はない。
「早く袋に詰めて逃げるぞ」
「分かったわ!」
二人は急いで札束を袋へ詰め始めた。
次々と金が消えていく。
「まだ入る!」
「そっち持って!」
「これも!」
「了解!」
まさに根こそぎ。
ユキの言葉通りだった。
そのとき――
「いたぞ!」
上から騎士の声が響いた。
「地下への扉が破られている!」
「……ヤバい!」
「来るわよ!」
「逃げるぞ!」
二人は札束の入った袋を抱える。
階段を駆け上がる。
しかし――
「いたぞ!」
階段を上がりきった瞬間。
複数の騎士と鉢合わせした。
「盗賊め!」
「捕まえろ!」
騎士たちが一斉に迫ってくる。
「邪魔!」
ルクアが足を振り抜く。
ドンッ!
一人の騎士が吹き飛び、壁へ叩きつけられる。
「ぐはっ!」
「追え!」
別の騎士が叫ぶ。
「こっちだ!」
背後から大量の足音が迫ってくる。
「ちょっと、どうするのよ!」
「ったく……」
ルクアがポケットへ手を入れる。
「これでも食らえ!」
取り出したのは煙玉。
床へ放り投げる。
ドンッ!
一瞬で白い煙が廊下を埋め尽くした。
「何も見えない!」
「目が……!」
「どこだ!」
「逃がすな!」
「今のうちだ!」
ルクアとユキは煙の中を走る。
窓まで辿り着く。
ルクアが鉄格子へ手を伸ばす。
グニャリ。
隙間が開く。
「行くぞ!」
「ええ!」
二人は窓から外へ飛び出した。
◇
屋根の上。
そこにはルビーが待っていた。
「お、戻ってきたか」
「バッチリだ!」
ルクアが袋を掲げる。
「こっちも完璧よ!」
ユキも笑顔で札束の入った袋を持ち上げる。
ルビーは満足そうに頷いた。
「それにしても――」
ルビーが屋敷の正面を見る。
「綺麗に燃えたな」
「……ああ」
ルクアも屋敷を見る。
そこには――
髪の毛だけを綺麗に燃やされ、頭がツルツルになったガンバレ男爵がいた。
「俺の髪を燃やした奴を絶対に探し出せ!」
男爵の怒鳴り声が町中へ響く。
ルビーは満足そうに笑った。
「綺麗に燃やしただろ?」
「……そうだな」
ルクアが呆れる。
ユキも思わず笑った。
「ふふっ」
だが――
笑っている場合ではなかった。
「早く移動しましょう」
ユキが言う。
「騎士が来るわ」
「そうだな」
三人は屋根から屋根へ移動し、追手から距離を取っていく。
やがて、昨夜休んだ屋根へ戻った。
◇
ようやく追手の声が遠くなる。
ルクアは屋根へ腰を下ろした。
「……どうにか逃げ切れたな」
「ええ」
ユキも隣へ座る。
「今回は助かったわ」
「ルクアも、ルビーもありがとう」
「気にするな」
ルビーが笑う。
「面白かったぞ」
「俺は結構疲れたけどな」
ルクアは袋を見つめる。
「それで、この金はどうするんだ?」
「町の人たちに返すのよ」
ユキが答える。
「税として奪われたお金や、貴族たちが不当に取り上げたお金も混ざってる」
「なるほど」
ルクアが頷く。
「じゃあ、ちゃんと意味があるんだな」
「もちろん」
ユキが笑う。
そのとき――
トンッ。
屋根に何かが降り立った。
「……!」
三人の表情が変わる。
今までとは違う。
足音一つ。
それだけなのに――
空気が一気に重くなった。
ルクアが立ち上がる。
ユキを背後へ庇う。
ルビーも静かに前へ出た。
「誰だ?」
屋根の向こうから、ゆっくりと一人の人物が姿を現す。
引き締まった身体。
角刈りの髪。
整った顔立ち。
男なのか女なのか、一目では判断できない。
その人物は三人を見渡す。
そして――
「私はゼロック警部」
静かな声が響いた。
「……警部?」
ユキの顔が強張る。
ルクアも警戒を強める。
「何やら屋根の上から怪しい気配がしたから、覗きに来たの」
ゼロックは笑っている。
だが――
その目は笑っていない。
ルビーが僅かに目を細める。
「…………」
ルクアも気づいていた。
この人物。
今まで出会った騎士たちとは、明らかに違う。
気配が静かすぎる。
隙がない。
まるで――
こちらの動きを、すべて見透かしているようだった。
ゼロックの視線が、三人を順番に捉える。
そして最後に――
札束の入った袋へ目を向けた。
「さて……」
ゼロックが一歩前へ出る。
「あなたたちは、一体何者かしら?」
屋根の上に、張り詰めた沈黙が落ちる。
ルクアは拳を握る。
ルビーも身構える。
ユキは息を呑む。
――三人の前に。
ついに、最初の「天敵」が姿を現した。




