仲間達のルクア子育て記録
ルクアがファミリアフレンズにやって来てから――十八年。
今日は、ルクア十八歳の誕生日。
いつもなら落ち着いているはずのギルドも、この日ばかりは朝から騒がしかった。
食堂には料理が並び、テーブルには色とりどりの飾りが置かれている。
そして――。
「ルクア、十八歳の誕生日おめでとう!」
パンッ!
パンパンッ!
盛大なクラッカーの音がギルド中に響き渡った。
「おめでとう!」
「もう十八歳かぁ~」
「本当に大きくなったわね」
「……早い」
あちこちから祝福の声が飛んでくる。
その中心に立っているルクアは、少し照れくさそうに頬を掻いた。
「なんか……恥ずかしいな」
十八歳。
もう子供ではない。
背も伸びた。
身体も鍛えられ、昔とは比べものにならないほど逞しくなっている。
それでも。
彼を見つめる彼女たちの目には、今でも十八年前に抱き上げた赤ん坊の姿が残っていた。
ルクアは椅子から立ち上がる。
そして、集まった仲間たちを一人ずつ見渡した。
「皆!!」
自然と声に力が入る。
「俺を家族に迎え入れてくれて、ここまで育ててくれてありがとう」
一瞬、食堂が静かになった。
その言葉を聞いたオウミの目が潤む。
「立派になったわね……」
隣にいたルビーも、鼻をすすりながら笑った。
「そうだな。これも全部、レタスの教育のおかげだな」
「……二人とも」
レタスが嬉しそうに微笑む。
そこへモクリンも近づいてきた。
「本当に立派に成長したわね」
頬に手を添え、うっとりとルクアを見つめる。
「昔はあんなに小さかったのに……」
三人が感慨深そうにルクアを眺めていると――。
「……」
ルクアが何かを見つめていることに気づいた。
しかも。
妙に真剣な目。
そして口元には――ニヤリ。
「……」
「……」
「……」
三人の視線がルクアの視線を追う。
そこにいたのはガウ。
そして――スリットの隙間から覗く、白く長い脚。
ルクアはそれを一生懸命目で追っていた。
「……どうやら、違う方向にも成長したみたいね」
オウミが呆れたように呟く。
「そうみたいだな」
ルビーもため息をつく。
「あらあら」
モクリンは困ったように笑った。
「最近はまともだったのに」
オウミが呟く。
ルビーは肩をすくめた。
「まあ、ルクアはやっぱりルクアだな」
「そうみたいねぇ~」
その瞬間。
ルクアがビクッと身体を震わせた。
「……」
ゆっくり視線を逸らす。
その先には――。
ガウが、ルクアをギロリと睨んでいた。
「……」
「……」
「……」
ルクアは何もなかったような顔で壁を見る。
三人は顔を見合わせ――。
クスッ。
笑った。
「まったく」
オウミが苦笑する。
「でも……」
少し遠くを見るような目になる。
「小さい頃は、あんなに可愛かったのにね」
その言葉をきっかけに――。
自然と、昔話が始まった。
◇
一歳の頃
「頑張れ、ルクア!」
今から十七年前。
まだ一歳だったルクアは、ギルドの床を一生懸命歩いていた。
足元はおぼつかない。
一歩進むたびに身体が左右へ揺れる。
それでも。
目の前にいるルビーだけを見つめていた。
「あと少し!」
ルビーはしゃがみ込み、両手を広げる。
「頑張れルクア!」
周囲にも仲間たちが集まり、小さな身体を応援していた。
「もうちょっと!」
「頑張って!」
「……転ばない」
そんな声に励まされながら。
一歩。
また一歩。
そして――。
とてとて。
ルクアは、ついにルビーのところまで辿り着いた。
「よく頑張ったな!」
ルビーが嬉しそうにルクアを抱き上げる。
頭を撫でる手も優しい。
「偉いぞ、ルクア」
「……あぅ」
ルクアは嬉しそうに笑った。
その光景を、少し離れた場所から見ていたレタス。
「……」
じーっ。
ルクアがこちらを見る。
レタスはすぐに両手を広げた。
「次は私のところまでおいで、ルクア」
「……」
ルクアはレタスを見る。
そして――。
くるっ。
ルビーの服を掴んだ。
「……え?」
レタスが固まる。
「ルクア?」
もう一度手を広げる。
「おいで?」
「……あぅ」
ルクアはレタスではなく、ルビーへ両手を伸ばした。
「……」
レタスの笑顔が消える。
「……私のところには来ないの?」
そして。
床にしゃがみ込む。
「……せっかく待ってたのに」
「レタス?」
周囲から心配そうな声。
けれど。
その姿を見ていたルビーは、思わず笑ってしまった。
「ははっ……!」
「笑わないでよ!」
◇
現代
「確かに、あの時のルクアは可愛かったわね」
オウミが微笑む。
「レタスは可哀想だったけど」
ルビーも苦笑した。
「そういえば、三歳の時にも面白いことがあったわね」
モクリンが思い出したように笑う。
「あれもレタスが可哀想だった」
「うん」
近くにいたヒナタが頷く。
「せっかく起きたけど、ショックでまた寝た」
その隣ではヨルも頷いている。
「……あれは酷かった」
ルビーが二人を見る。
「今日は珍しくヨルが昼間から起きてるな」
「今日は誕生日だから頑張ってる」
ヨルは無表情のまま、指でVサインを作った。
「……偉い」
「ルビー、話がそれてる」
ヒナタが淡々と突っ込む。
「ワルいワルい」
ルビーは笑う。
「それで、三歳の時って何があったんだ?」
◇
三歳の頃
その日。
レタスはルクアを抱き上げていた。
ルクアは安心しきったように、レタスの胸を枕にしている。
しばらくすると。
「お母さん」
「ん?」
「なんでお母さんのお胸は、皆より小さいの?」
「…………」
レタスの頬がピクピクと引きつった。
「ルクア」
「なに?」
「今の質問……もう一回言ってみて?」
「お母さんのお胸――」
「それ以上言わなくていいわ」
笑顔なのに、目が笑っていない。
その様子を見ていたヒナタとヨル。
「……」
「……」
そしてルクアが二人を見る。
「あっ、お母さんごめんなさい」
「うん」
「ヒナタとヨルもだった」
「…………」
「…………」
二人の胸に、見えない矢が突き刺さった。
「グフッ……」
ヒナタが倒れ込む。
「……寝る」
ヨルもその場で横になった。
「ヨル、昼間よ?」
「もう無理」
その後。
ルクアはレタスから、長々と説教を受けることになった。
「いい? 男は見た目だけじゃなくて――」
「……」
「人を傷つけるようなことを言っちゃいけないの」
「……はい」
「それから――」
ルクアの目が死んでいく。
そして数分後。
「ルビー……」
涙目になりながらルビーへ抱きついた。
「母さんが怖い……」
「ルクア……」
レタスは慌てた。
「ご、ごめん。ちょっと怒りすぎたかな……?」
しかし。
ルビーは見逃さなかった。
ルクアの顔。
ほんの一瞬。
口元が――。
ニヤリ。
「……」
ルビーは何も言わなかった。
◇
現代
「あの時のレタスは怖かったな」
ルビーが苦笑する。
「でも、ルクアも大概だったけどな」
「ええ」
モクリンも笑った。
そこへピカリンがひょっこり顔を出す。
「何の話をしているのですか?」
「ルクアの昔話よ」
オウミが答える。
ピカリンは少し考え込む。
「……私にもあります」
「お?」
「私は、ルクアに小さい頃、毎日のようにお馬さんをさせられました」
その言葉とともに、当時の光景を思い出す。
背中に乗るルクア。
四つん這いになって進むピカリン。
そして――。
「もっと速く!」
「……」
「お馬さん、頑張って!」
ピカリンの額には汗が浮かんでいた。
「確かに、ピカリンは一時期ずっとお馬さんしてたな」
ルビーが懐かしそうに笑う。
「たまには私もやりたかったな」
「言ってくれれば、いつでも代わってあげました」
ピカリンが眉間に皺を寄せる。
「……本当に大変だったんですから」
「まだ根に持ってるの?」
「当然です」
◇
そんな昔話を聞きながら、オウミも懐かしそうに目を細めた。
「私は六歳の時ね」
「何が?」
「初めてルクアにゼウスを教えたこと」
◇
六歳の頃
ギルドの食堂。
オウミは椅子に座り、指先に小さな水球を浮かべていた。
透明な水が光を受けて揺れる。
そこへ幼いルクアがやって来た。
「オウミ」
「ん?」
「どうやって水の球を出してるの?」
首を傾げるルクア。
まだ何も知らない。
ただ、不思議なものを見つければ目を輝かせる年頃だった。
「これはね、ゼウスっていう力なの」
オウミが指を軽く動かす。
水球が形を変える。
細長く伸び――。
巨大な水の龍へと姿を変えた。
「うわぁ……!」
ルクアの目が輝く。
「すごーい!」
「私の場合は、水を操るのが得意なの」
「僕もゼウス使えるようになるかな?」
オウミは微笑み、ルクアの頭を優しく撫でる。
「ルクアなら、きっと凄いゼウス使いになれるよ」
「本当!?」
「ええ」
「じゃあ頑張る!」
その日から。
ルクアはギルドの皆に聞いて回るようになった。
「ゼウス見せて!」
「どんな力?」
「俺にも教えて!」
◇
現代
「だから、あの頃から皆にゼウスを見せてって言ってたのか」
ルビーが納得したように笑う。
「ええ」
オウミも頷く。
「あの子がゼウスに興味を持つきっかけになったのは、たぶんあの日ね」
「十歳になった頃には、俺も強くなりたいって言い出したな」
ルビーが懐かしそうに目を細める。
「そこから本格的に鍛え始めたんだ」
「私も言われました」
ピカリンが続ける。
「『ピカリン達って強いんでしょ? 戦い方教えて』って」
「懐かしいわね」
二人が笑う。
しかし――。
オウミの表情が少しだけ変わった。
「ルクアは強くなったけど……」
少し考えてから続ける。
「私たちが使うような一般的な心には、あまり素質がなかったのよね」
この世界で一般的とされる心。
土。
火。
水。
木。
風。
雷。
光。
闇。
「私も水の心を教えたけど、結局使えなかった」
「私たちも光と闇を教えたけど、全然だった」
ヒナタが言うと、ヨルも隣で静かに頷く。
「でも――」
オウミがルクアを見る。
「白の心だけは、特別だった」
ルビーが昔を思い返す。
「そこまで前世のルクアと同じなのかよ」
「本当にね」
モクリンが苦笑する。
「性格だけじゃなく、力の適性まで似てるんだから」
「見た目もそっくりだしな」
ルビーがルクアを見る。
「昔はあんなに可愛かったのに、今じゃエッチな性格まで瓜二つ」
「……」
全員が頷く。
「そこは似なくてよかったんじゃない?」
オウミがため息をついた。
「成長を楽しみにしてたけど――」
ルビーが天井を見る。
「まさか見た目までここまでそっくりになるとはな」
そして。
「創造神の野郎……やりやがったな」
怒ったような言葉。
けれど、その顔にはどこか嬉しさが滲んでいた。
「良いことなのか、悪いことなのか……今はまだ分からないわね」
オウミが困ったように笑う。
「このまま記憶が戻らなかったら……」
モクリンがルクアを見る。
「少し寂しいけどね」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
彼女たちは五百年間、ずっと待っていた。
戻ってきたルクアは、確かにルクアだった。
けれど。
五百年前の記憶だけは、まだ戻っていない。
だからこそ――。
今の時間を大切にしたかった。
◇
そして――夜。
丸一日続いた誕生日パーティーも、終わりを迎えようとしていた。
料理はほとんどなくなり、飾りつけも少し崩れている。
笑い声の余韻が残る食堂。
その中央で。
ルクアがカウンターの上に立った。
「今日は皆、ありがとう」
全員の視線が集まる。
「十八年間、ずっと皆に愛されてるって感じながら過ごしてきた」
レタスは静かにルクアを見る。
その言葉を聞いて、彼女たちは同じことを思っていた。
――バーカ。
――皆、前世の時からルクアのことが大好きなんだよ。
ルクアは少しだけ息を吐く。
「だから――」
次の言葉に。
皆の表情が変わった。
「明日から、俺は旅に出る」
「……」
「このまま皆に甘えた生活を続けるのは、駄目だと思うんだ」
誰も口を開かない。
十八歳。
いつか、この日が来ることは分かっていた。
分かっていたはずなのに。
実際に聞くと――胸が痛かった。
そんな中。
「それと――」
ルクアが少し照れくさそうに続ける。
「俺、男友達が欲しいんだ」
「……」
「周りに女性しかいない環境で育ったから、男友達が一人もいない」
ルクアは真っ直ぐレタスを見る。
「だから、母さん。旅に出てもいいよな?」
レタスは何も言わなかった。
ただ――。
ルクアを見つめていた。
この十八年間。
ずっと一緒だった。
赤ん坊だったルクアを抱き上げた日。
初めて歩いた日。
初めて言葉を話した日。
ゼウスに興味を持った日。
強くなりたいと言った日。
笑った日も。
泣いた日も。
全部――このギルドで見てきた。
五百年前には失った。
そして五百年後。
ようやく帰ってきた。
だから。
本当なら――。
「行かないで」
そう言いたかった。
もう一度、失うのが怖かった。
けれど。
目の前にいるのは、もう赤ん坊ではない。
自分の足で立ち、自分の意思で未来を選ぼうとしている。
レタスはゆっくりと立ち上がった。
そして。
「……いってらっしゃい」
優しく微笑む。
「帰ってきたくなったら、いつでも帰っておいで」
「母さん……」
ルクアが少し驚いた顔をする。
レタスは笑った。
「ここは、あなたの家なんだから」
「……うん」
ルクアも笑う。
その笑顔を見ながら――。
レタスは誰にも気づかれないよう、口元をほんの少しだけ吊り上げた。
そして心の中で呟く。
――でも。
――ただ旅に出すだけだと思った?
レタスの笑顔が、ほんの少しだけ悪いものへ変わる。
ルクアの旅立ちは。
新しい仲間との出会いだけでは終わらない。
五百年ぶりに動き始めた、彼女たちの物語。
その次の一歩も――。
もう、始まろうとしていた。




