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ファミリアフレンズ  作者: ネコ雲


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3/15

思い出してほしい



 ルクアが帰ってきた夜。


 ファミリアフレンズのギルドは、五百年ぶりの大騒ぎになっていた。


「ルクアが帰ってきた!」


「五百年よ、五百年!」


「今日はお祝い!」


「……夜中だけど」


 ヨルの冷静な一言も、誰も聞いていない。


 普段なら静まり返っている時間だというのに、一階の食堂には全員が集まり、料理や飲み物が次々と並べられていく。


 そして、その中心にいるのは――。


「ふぇ……」


 籠の中で眠る、小さな赤ん坊。


 五百年前。


 彼女たちが失った大切な仲間。


 その魂を受け継いだ、ルクアだった。


「本当に帰ってきたんだね……」


 モクリンが優しく頬を撫でる。


「魂色まで同じなんだから間違いないわ」


 ピカリンも静かに頷いた。


 ルビーは何度も赤ん坊の顔を覗き込んでいる。


「……なんか変な感じ」


「何が?」


 オウミが尋ねる。


「五百年間ずっと待ってた男が、今はこんなに小さいんだよ?」


 ルビーが指先でルクアの頬をつつく。


 ぷにっ。


「……」


 ルクアは眠ったまま。


「昔は偉そうだったのに」


 ぷにぷに。


「こんなに柔らかくなっちゃって」


 ぷにぷに。


「……ルビー」


「何?」


「つつきすぎ」


「だって面白いんだもん」


 そのとき。


「……ふぇ」


 ルクアの顔が歪んだ。


「え?」


「まずい」


 ピカリンが言った。


「泣くぞ」


「ええ!?」


 次の瞬間。


「ふえぇぇぇぇん!」


「やっぱり!」


 ギルド中に赤ちゃんの泣き声が響き渡った。


「ルビー、どうしたの!?」


「私!?」


「何かしたでしょう!」


「ちょっと頬を触っただけ!」


「それが原因じゃない?」


「そんなぁ!」


 そこからは大混乱だった。


 モクリンが抱き上げる。


「よしよし、大丈夫よ」


 オウミが歌う。


「ほーら、泣かないの」


 ヒナタが顔を覗き込む。


「……お腹空いた?」


 ヨルは少し離れたところから見ている。


 そしてレタスは――。


「ルクア。ここにいるよ」


 優しく抱きしめる。


 すると。


「……ふぇ」


 泣き声が小さくなった。


「……」


 全員がレタスを見る。


「また止まった」


「レタスには敵わないね」


 ルビーが苦笑する。


 レタスは嬉しそうに笑った。


「だって私は、この子のお母さんだから」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 五百年前。


 ルクアは仲間だった。


 家族だった。


 そして今は――赤ん坊。


 だからこそ、これから始まる人生を、彼女たちは大切にしようと思っていた。


 ――その日の夜。


「……うぅ」


 レタスの寝室。


 ベッドの上では、ルクアが眠っている。


 その隣でレタスも眠っていた。


 しばらくすると。


「……ふぇ」


 ルクアが目を覚ます。


「ふぇぇ……」


 小さな泣き声。


 だが、レタスは起きない。


 むしろ――。


「……ん」


 寝返りを打ったレタスの腕が、ルクアの身体をぎゅっと抱きしめた。


「むぎゅ」


「……」


「ふぇ……」


 ルクアは苦しそうに身動きする。


 そして。


「ふぇぇぇぇん!」


「ん……?」


 レタスが目を覚ました。


「ルクア?」


 そこで異変に気づく。


「……あ」


 布団の中から漂う、独特の匂い。


「…………」


 レタスが固まった。


「もしかして……」


 ルクアが泣いている。


「……おむつ?」


 翌朝。


「レタス、買ってきたよ」


 ピカリンが大量の紙おむつを抱えて帰ってきた。


「ありがとう……」


 レタスは疲れ切った顔をしている。


「服も買ってきたよ~」


 モクリンが袋を持ってくる。


「おもちゃと、これ」


 ヒナタが小さなぬいぐるみを見せた。


「……」


 ルクアはぬいぐるみを見つめる。


 次の瞬間。


 ぎゅっ。


「握った!」


 モクリンが驚く。


「すごい力」


 ルビーが指を差し出す。


「じゃあ、これは?」


 ぎゅっ。


「痛っ!」


 ルビーの顔が歪む。


「赤ちゃんの握力じゃないでしょ!」


「将来が楽しみね」


 オウミが笑う。


 そんな騒がしい朝の中。


 キミコが床に手を置いた。


「じゃあ、ベッドも作る」


 床から植物の蔓が伸びる。


 絡み合い、形を変え――。


 数秒後。


 そこには、小さな赤ん坊用のベッドが完成していた。


「はい」


「ありがとう!」


 レタスが嬉しそうにルクアを寝かせる。


 ルクアは小さな手を動かしながら、すやすやと眠り始めた。


 その姿を見つめながら――。


 レタスの笑顔が、ほんの少しだけ曇った。


「……ねえ」


 誰にも聞こえないほど小さな声。


「あなたは……覚えているの?」


 五百年前のこと。


 仲間たちとの時間。


 邪神との戦い。


 そして――。


 自分たちとの約束。


 今のルクアには、その記憶があるのだろうか。


「……」


 レタスは答えを求めるように、ルクアの顔を見つめた。


 その瞬間。


 ――空気が変わった。


「……?」


 全員が顔を上げる。


 ギルドの中に、突然まばゆい光が満ちた。


「この気配……」


 オウミが立ち上がる。


「まさか」


 光の中から、一人の存在が姿を現した。


「久しぶりだね」


 穏やかな声。


 だが。


「……創造神」


 レタスの声には、明らかな怒気が混じっていた。


「随分な歓迎だな。五百年ぶりに会ったっていうのに、ずいぶん怖い顔をするじゃないか」


「当然でしょう」


 ルビーが睨む。


「五百年も待たされたんだから」


「まあ、それはそうだね。五百年だもんな」


 創造神は苦笑する。


「待たせて悪かったよ」


 そしてルクアを見る。


「いやぁ……ようやく見つかったよ」


「どういうこと?」


 モクリンが尋ねる。


「ルクアの魂は、五百年前に消えたわけじゃないんだ」


 創造神が答える。


「僕は約束しただろ? 彼を必ず生まれ変わらせるって」


「じゃあ、なぜ五百年も?」


 ピカリンが問う。


「魂だけじゃ、人は生まれ変われないんだよ」


 創造神はルクアを見つめた。


「どうしても、彼の魂を受け入れられる身体が必要だったんだ」


「……身体?」


「そう、身体だよ」


 創造神は少し困ったように笑う。


「これがなかなか見つからなくてね。僕も随分と探したんだよ」


 長い時間をかけて、ようやく見つかった。


「この子の身体は、ルクアの妹の血を受け継ぐ一族から生まれたんだ」


「妹……」


 レタスが目を見開く。


「だから魂と身体が、ようやく繋がったんだよ」


 五百年。


 それはルクアを忘れていた時間ではなかった。


 彼を再び生まれさせるために必要だった時間。


「……じゃあ」


 レタスが震える声で尋ねる。


「この子は、本当にルクアなの?」


「うん。魂は間違いなく彼だよ」


 創造神は即答した。


「ただし――」


 全員が息を呑む。


「前世の記憶が戻るかどうかは……こればっかりは、僕にも分からないんだ」


「……」


「魂が同じでも、記憶は肉体と一緒に失われることがあるからね」


 レタスはルクアを見る。


 眠っている。


 何も知らない赤ん坊。


 五百年前の出来事も。


 仲間たちとの約束も。


 邪神の存在すら知らない。


「……記憶が戻らなかったら?」


 レタスの声が震える。


「その場合も、彼は彼だよ」


 創造神は穏やかに笑う。


「だから、無理に過去を思い出させる必要なんてないさ」


「……」


「君たちが愛したルクアと、今ここにいるルクア。どちらも同じ魂から生まれた存在なんだからね」


 レタスはしばらく黙っていた。


 やがて。


「……決めた」


 顔を上げる。


「私たちは、何も教えない」


「レタス……」


「この子が自分で思い出すまで、待つ」


 ルビーが頷いた。


「私も、それがいいと思う」


「賛成」


 モクリンも続く。


「過去を押しつけるより、今のルクアを大切にしたい」


 オウミも微笑む。


「それに――」


 ルクアを見る。


「この子がまた私たちを選んでくれたら、そのときが一番嬉しいでしょう?」


「……うん」


 レタスは頷いた。


 創造神は、少し嬉しそうに笑った。


「うん、それでいいと思うよ」


「それじゃあ――」


 創造神は人差し指を立てる。


「僕からも、もう一つだけ教えておこうか」


 空気が変わる。


「ルクアが帰ってきたことで、君たちの役目も、また動き始めるんだ」


「……邪神」


 誰かが呟いた。


 五百年前。


 彼女たちは倒せなかった。


 封印することしかできなかった存在。


 そしてルクアは、死の間際に約束した。


 ――必ず戻る。


 ――邪神を倒す。


 ――みんなを自由にする。


「そう。約束は、まだ終わってないからね」


 創造神は笑った。


「まあ、ここからが大変なんだけどさ」


 創造神の姿が光の中へ消えていく。


 残された彼女たちは、眠っているルクアを見つめた。


 レタスが、その小さな手を握る。


「大丈夫」


 優しく微笑む。


「思い出さなくてもいい」


「……」


「今度は私たちが、あなたと新しい思い出を作るから」


 ルクアの指が、ほんの少しだけ動いた。


 そして。


 レタスの指を――。


 小さな手で、ぎゅっと握った。


「……!」


 レタスの目に涙が浮かぶ。


「ルクア……」


 それが前世の記憶によるものなのか。


 ただの偶然なのか。


 今は誰にも分からない。


 それでも。


 五百年間待ち続けた彼女たちには――十分だった。


 ルクアは帰ってきた。


 そして今度こそ。


 この家族で、新しい時間を始める。


 ――ただし。


 世界の果てで、五百年間封じられていた邪神の封印にもまた――。


 小さな亀裂が、生まれ始めていた。

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