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ファミリアフレンズ  作者: ネコ雲


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2/15

ルクアが帰ってきた


 ――コンコン。


 深夜。


 静まり返ったファミリアフレンズのギルドに、小さなノックの音が響いた。


 普段なら、誰も起きていない時間だ。


 一階のギルドカウンターに置かれた時計は、午前二時を指している。


「……誰?」


 二階から降りてきたレタスが、眠そうに目を擦る。


 長い耳がぴくりと動いた。


 こんな時間に訪ねてくる者など、ほとんどいない。


 レタスは警戒しながら扉へ近づき、ゆっくりと開いた。


「……え?」


 そこに人影はなかった。


 ただ、扉の前に一つの籠が置かれている。


 その中には――赤ん坊。


 白い布に包まれ、小さな身体を丸めて眠っている。


「赤ちゃん……?」


 レタスがしゃがみ込む。


 その瞬間。


「――ふぇ……」


 赤ん坊が小さく声を漏らした。


「よしよし。どうしたの?」


 レタスが抱き上げようとした、そのときだった。


 籠の中に一枚の手紙が入っていることに気づく。


「手紙……?」


 レタスは赤ん坊を片腕で抱えながら、もう片方の手で手紙を開いた。


 そこに書かれていたのは、母親からの言葉だった。


 ――この子は、小さな村で生まれました。


 ――ですが、生まれつき強すぎる力を持っています。


 ――このままでは、国や権力を持つ者たちに利用されてしまうかもしれません。


 ――私には、この子を守る力がありません。


 ――だから、あなたたちに託します。


 ――どうか、この子を守ってください。


 ――そして、この子が誰かを助けられる人間に育ってくれることを願っています。


 ――この子の名前は、ルクア。


「……ルクア?」


 レタスの指が止まった。


 その名前を見た瞬間。


 五百年前の記憶が、鮮明に蘇る。


「……嘘」


 レタスの声が震えた。


 その声を聞きつけ、二階から次々と仲間たちが降りてくる。


「何かあったの?」


 モクリン。


「こんな時間に何よ」


 オウミ。


「……眠い」


 ヒナタ。


「騒がしい」


 ヨル。


 最後にルビーが階段を駆け下りてきた。


「レタス、どうしたの?」


「……赤ちゃんが」


 レタスが腕の中を見せる。


「赤ちゃん?」


 全員が一斉に覗き込んだ。


 そして――。


 赤ん坊が目を開いた。


 その瞳が、ゆっくりと周囲を見回す。


「……可愛い」


 モクリンが頬を緩める。


「この子、こんな夜中にどうしたのかしら」


 オウミも覗き込む。


 だが。


 レタスだけは、赤ん坊から目を離さなかった。


「……待って」


「レタス?」


「みんな……この子を見て」


「見てるけど?」


「身体じゃない」


 レタスが静かに言う。


「この子の……魂を」


 その言葉に、仲間たちの表情が変わった。


 ファミリアフレンズの仲間たちは、普通の人間には見えないものを見ることができる。


 魂。


 そして魂には、それぞれ固有の色がある。


 人間の顔が変わるように、肉体も変わる。


 だが――魂の色だけは違う。


 魂の奥底に刻まれた色は、何度生まれ変わろうとも変わらない。


 五百年前。


 彼女たちは、その色を何度も見ていた。


 そして今。


 赤ん坊の身体の奥から、淡い光が滲み出している。


 その色を見た瞬間――。


「…………」


 誰も言葉を発しなかった。


 ルビーの目が見開かれる。


 モクリンが口元を押さえる。


 オウミの表情から笑みが消える。


 ピカリンも、いつの間にか階段の途中で立ち止まっていた。


 そこにある魂の色。


 五百年前から、一度も忘れたことのない色。


「……間違いない」


 レタスの瞳から、涙が一筋落ちた。


「この魂……」


 赤ん坊が、小さく手を動かす。


「ルクア……」


 レタスが名前を呼んだ。


「この子は……ルクアよ」


「……本当に?」


 ルビーが震える声で尋ねる。


「うん」


 レタスは赤ん坊を抱きしめた。


「五百年経っても、この魂の色だけは変わらない」


「……五百年」


 ルビーが呟く。


 ずっと探していた。


 何百年経っても。


 どれだけ世界を探しても。


 見つからなかった。


 もう帰ってこないのではないか。


 そんな不安を何度抱えたことか。


 それでも彼女たちは、待ち続けた。


 ――約束を信じて。


「ルクア……」


 ルビーが恐る恐る赤ん坊に近づく。


「本当に……あんたなの?」


 赤ん坊はルビーを見つめた。


 そして。


「ふぇ……」


 小さな手を伸ばす。


「え?」


 次の瞬間。


 ――バシッ!


「痛っ!?」


 見えない何かに頬を叩かれ、ルビーの顔が横を向いた。


「ちょっと!」


 全員が驚く。


「この子、今……」


「ええ」


 オウミが笑った。


「間違いなくルクアね」


「なんでそうなるのよ!」


 ルビーが頬を押さえる。


 すると赤ん坊は、今度はピカリンへ手を伸ばした。


「……?」


 ――ツン。


「…………」


 鼻をつつかれた。


「……何をしている」


 ピカリンが無表情で赤ん坊を見る。


「ふぇ……」


 赤ん坊は満足そうに笑った。


「……やっぱりルクアだわ」


 ピカリンが呟く。


「昔から人をからかうのが好きだったもの」


「赤ちゃんの頃から!?」


 ルビーが叫ぶ。


 その横で、レタスは赤ん坊を見つめていた。


 赤ん坊はレタスの胸元に顔を埋める。


 泣いていたはずなのに、不思議なくらい静かになった。


「……」


 レタスの腕に力が入る。


「覚えてるの?」


 もちろん、赤ん坊は答えない。


 五百年前の記憶があるのか。


 それとも、ただ安心しているだけなのか。


 それは誰にも分からない。


 けれど。


 魂だけは嘘をつかなかった。


 この子の魂は――ルクアだった。


「……おかえり」


 レタスが涙を浮かべながら微笑む。


「ルクア」


 その一言を聞いた瞬間。


 ルビーも目を伏せた。


「……本当に帰ってきたんだ」


 モクリンも涙を拭う。


「五百年……長かったね」


「長すぎるわよ」


 オウミが笑いながら目元を拭った。


「待たせすぎ」


「……でも、帰ってきた」


 ピカリンが静かに言う。


 ヒナタも赤ん坊を覗き込む。


「……おかえり」


 ヨルも小さく頷いた。


「おかえり」


 五百年間。


 止まっていた時間。


 その中心にいた男が――。


 今、赤ん坊となって戻ってきた。


 しかし。


 一つだけ問題がある。


「……この子、前の記憶はあるのかな?」


 モクリンが尋ねた。


「分からない」


 レタスは首を横に振る。


「魂は同じ。でも、今は別の身体。記憶まで残っているとは限らない」


「じゃあ、どうする?」


 ルビーが尋ねる。


 レタスは少し考え――。


「何も教えない」


「え?」


「私たちのことも。五百年前のことも。邪神のことも」


 全員が黙った。


「この子自身が思い出すまで、待ちましょう」


 それが一番自然だと思った。


 無理に過去を教えれば、今のルクアを壊してしまうかもしれない。


 だから――。


「まずは、この子を普通に育てる」


 レタスが優しく笑う。


「私たちの家族として」


「家族……」


 ルビーが赤ん坊を見る。


「じゃあ私は?」


「友達」


「友達かぁ……」


「私は?」


 モクリンが手を挙げる。


「家族」


「私は?」


 オウミが続く。


「仲間」


「私は?」


 ピカリン。


「仲間」


「私は?」


 ヒナタ。


「家族」


「私は?」


 ヨル。


「……妹?」


「なんでよ」


 ヨルが少しだけ不満そうな顔をした。


 その光景を見て、レタスは笑った。


 五百年前と変わらない。


 騒がしくて。


 面倒で。


 温かい。


「それじゃあ――」


 レタスは赤ん坊を抱きしめる。


「今日から私が、この子のお母さんです」


「お母さん!?」


 ルビーが驚く。


「私が一番向いているでしょう?」


「まあ……そうだけど」


 レタスは赤ん坊の頬を指先で優しく撫でる。


「もう二度と、離さないから」


 赤ん坊は何も答えない。


 ただ。


 小さな手でレタスの服をぎゅっと掴んだ。


 その瞬間。


 レタスの胸に、五百年前の記憶が蘇る。


 ――約束。


 ――必ず戻ってくる。


 ――邪神を倒す。


 ――みんなを自由にする。


「……うん」


 レタスは涙を拭った。


「今度は、私たちがあなたを守る番ね」


 五百年前に姿を消した男。


 彼女たちが、ずっと待ち続けた男。


 その名は――ルクア。


 記憶はまだ戻っていない。


 力も、これから育てなければならない。


 それでも。


 魂だけは、確かに同じだった。


 五百年間止まっていたファミリアフレンズの時間は――。


 今。


 新たな人生を歩み始めたルクアと共に、再び動き出した。

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