表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/9

ep.3 怒り


 学校中の電子機器をジャックし、不気味な再起動音を響かせながら教室に降臨した神崎家現当主――神崎(かんざき) 豪蔵(ごうぞう)もといジジイだ。


「久しいな、響……三日待つと言ったが、気が変わってな。世界一位の指先を持つ我が孫を、直接迎えに上がったぞ」


 およそ巷の大人しいおじいちゃんとは程遠い、脱いだら絶対にバキバキの筋肉モリモリマッチョマンなクソジジイが冷酷に目を細めて笑った瞬間、学校中の電子機器が、一斉に不気味な再起動音を鳴らし始めた。


 肌を刺すような圧倒的なプレッシャーの中、俺は恋羽を背中に隠し、いつでも反撃できるようにジジイを強く睨み付けた。

 相棒を殺された今の俺には、抗う術がない。

 最悪の結末が頭をよぎった、その時だった。


「――お待ちくださいませ、当主様」


 すっと前に出たのは、紗雪だった。

 彼女はジジイの前に優雅に一礼すると、アイスブルーの瞳に怪しい光を灯して微笑んだ。


「響様を無理やり連れ戻せば、その頑固な性格のこと、神崎家のシステムを内側から破壊しかねません。猶予二日間……いえ、この学園生活の中で、私が響様を身も心も虜にし、自ら本家に戻りたくなるようにして見せます。神崎家の許嫁として、その程度の誘惑、お安い御用です」

「……ほう。紗雪、お前にそれができるか」

「もちろんです。響様が私の魅力に抗えるはずがありませんもの。ふふふ……」


 ジジイはしばらく紗雪を見つめていたが、「猶予は変わらん。せいぜい励むが良い」と言い残し、まるで嵐のように去って行った。

 途端に教室内がパッと明るくなり、停電が復旧する。


 助かった……のか?


 冷や汗を拭う俺の前に、紗雪がゆっくりと歩み寄って来た。

 淑女の仮面をかなぐり捨てた、熱を帯びた瞳。


「という訳で響様。神崎家から課された使命のため、そして何より私の本願のために、今からあなたを徹底的に『攻略』させていただきます」

「は!? いや、ちょっと待て紗雪――」


 引き止める俺の声なんて、彼女の耳には届いていなかった。

 紗雪はふわりと微笑むと、驚くほど大胆にそして積極的に、俺との距離をゼロにした。


 ――トスン、と柔らかい衝撃が俺の胸に伝わる。


「なっ……!?」


 紗雪が俺の制服の襟元を掴み、そのまま自分の胸元へと俺の身体を引き寄せたのだ。

 制服の生地越しでもハッキリと分かる圧倒的に豊満で柔らかいスタイル。

 清楚な顔立ちに反して、彼女のスタイルは犯罪的なまでに暴力的だった。

 しかも、ただ触れているだけじゃない。

 紗雪は上記した顔で、ふー、と熱い吐息を俺の耳元に吹きかけてくる。


「響様……幼い頃の私を覚えていらっしゃいますか? あの頃より、私も随分と『レディ』になりましたのよ? ほら、私の身体の熱さ、ちゃんと感じてくださいませ……」


 耳元で囁かれる、甘く濡れた声。

 密着した俺の胸に、ドクドクと早鐘のように打つ凄まじい振動がダイレクトに伝わってくる。

 

 ……待て、これ、俺の心音じゃない。紗雪の心臓の音だ。


 余裕たっぷりに俺を誘惑しているように見えて、こいつ、マジで心臓が飛び出るくらい緊張してやがる……!  

 家の命令じゃなく、本気で俺のことが――!


 あ、アカン、これは男として理性が消し飛ぶ……!!!


 ふわりと漂う花の香りと、密着する凶悪なプロポーションの暴力。

 脳内の煩悩が「神展開キタアアア!」とスタンディングオベーションで大暴れし、俺のポーカーフェイスは結界寸前、いや完全に崩壊していた。


 だが、その禁断の誘惑作戦に、猛烈な勢いで待ったをかける影があった。


「ちょっとおおお! 何やってるのよこの泥棒猫ぉぉぉ!!」


 ガタァンッ! と机をひっくり返すような勢いで、恋羽が俺と紗雪の間に割り込んできた。

 恋羽の顔は茹でダコのように真っ赤で、瞳には大粒の涙、そして隠しきれない嫉妬の炎がメラメラと燃え盛っている。


「響にそんなにくっついていいのは私だけなんだから! 響、そ、そんな、おっぱい星人全開の人見ちゃダメ! 私だって、こう、その、もっともっと、魅力的な女性になるんだから!」


 恋羽、俺のために……。でも、やめようか。

 恋羽の口から漏れる下ネタに、興奮してる奴がいるから。

 そこ、胸を持ち上げない!


「あら、余裕がありませんね、皇さん。響様、男の子はみんな、こういう情熱的な攻めが大好きですのよ? ほら、私の手を掴んで、放課後もずっと仲良くいたしましょう?」


 ぐ……っ!

 俺は恋羽一筋、恋羽一筋、恋羽一筋……。

 その手つきヤメロォ!

 俺が漢になってまう。


「ダメえええ! 響、私の手を握って! ほら、恋羽の手の方がぎゅってしやすいよ!?」


 左右から、学校一の美少女と、お色気全開の大和撫子(ただし肉体は狂気的)に両腕をホールドされる俺。


 左腕には恋羽の必死で愛らしい体温、左腕には紗雪の確信犯的で柔らかすぎる感触。


 教室内では、陽キャも陰キャも関係なく、クラスの全男子生徒が「あのボッチ陰キャ、ジジイに消されればよかったのにィィィ!」と血の涙を流して俺を呪詛の目で見つめていた。


 だが、当の俺は、左右からの凄まじい幸福の重圧に、脳内を煩脳が完全に支配し「天国って……ここにあったんだ……」と、完全にジジイの脅威を忘れて天を仰いでいた。


 そんな男子たち(俺を含む)の姿を、ゴミを見る目で見ていた女子たちがいたとか、いなかったとか。


            ◇ ◇ ◇


 なんとか学校を脱出し、紗雪の猛攻を振り切っ我が家へと帰宅した――までは良かった。


「……さて、響くん?」


 リビングの床の上。

 俺はいつぞやのデジャブのように、冷たいフローリングにきっちりと正座させられていた。

 俺の前には、学習机の椅子に深く腰掛け、腕組みをした恋羽が、冷徹な裁判官のような目で見下ろしている。

 その背後には、ジジイのハッキングによる停電など比べ物にならないほどの、どす黒い漆黒のオーラが立ち上っていた。

 完全に起こらせてはいけないときの恋羽だ。


「あの紗雪さんだっけ? 響、彼女と本家で『夜通し愛を育んだ』ってどういうことかな? 恋羽にちゃーんと、一文字残さず説明してくれるよね?」


「ち、違うんだ恋羽! あれはただの、俺が子供の頃に本家にいた時、夜遅くまで一緒にかくれんぼしたり、泥団子作ったりして遊んだっていう、幼児の健全な交流のことで――」


「じゃあ、なんでおっぱい押し付けられて顔真っ赤にしてたの?」


「それは、その、男の不可抗力というか、反射というか……」


「反射でデレデレしちゃダメ! 恋羽っていう可愛い彼女がいるのに、あんなお姉さんオーラの人に迫られて、ちょっと嬉しそうだったよね? 響のH」


 ジロリと睨まれ、俺はさらに小さくなって正座の姿勢を正す。

 だが、恋羽はフッと細い息を吐くと、少し表情を曇らせて俺の顔を覗き込んできた。

 嫉妬に満ちていたその瞳に、今度は鋭い真剣さが混ざる。


「ねえ、響。浮気のお説教は後でたっぷりするとして……さっき、あのお爺さんが言っていた言葉、どういう意味なの?」


「お爺さんの言葉、って……」


「『世界一位の指先を持つ我が孫を、直接迎えに上がったぞ』って言ってたよね。あのおじいさん、学校中の電気をハッキングしてまで、なんでそんなに響のタイピングの腕前に執着してるの? 響を実家に連れ戻して一体何をやらせるつもりなの?」


 恋羽からの、確信を突く鋭い追究。

 だが――


「……いや、それが俺にもさっぱり分からないんだ」


「え? 響も知らないの?」


「ああ。神崎家がゲームのクラン運営とかにうるさい大家だっていうのは知ってるけど……世界一位の俺を広告塔にしたいだけにしては、アイツの焦り方は異常だった。わざわざ三日の猶予を破って、学校をジャックしてまで直接来るなんて……何考えてるのか、俺にも見当がつかないんだ」


 俺はガシガシと頭を掻きむしりながら、本音を漏らした。

 最友を物理的に焼き殺され、恋羽の家を人質に取られた。

 ジジイの圧倒的な敵意は本物なのに、その肝心の目的が分からない。

 その不気味な暗雲が、俺の胸に重くのしかかっていた。


「……そっか。響も分からないんだ」


 じりじりと、椅子から立ち上がった恋羽が俺に近付いてくる。

 正座のまま動けない俺の目の前で、恋羽はすうっと顔を近づけると、今度は彼女自身のポニーテールの髪から薫る、甘くて優しい匂いで俺の嗅覚をジャックした。


「……あのおばさん口調の人に、響を連れて行かれるなんて絶対いや。恋羽の方が、響の事何百倍も大好きなんだから。浮気も、実家に帰っちゃうのも、めっ、だからね?」


 俺の胸に小さく頭を預け、上目遣いで、少し涙目で睨んでくる恋羽。

 怒っているのに圧倒的に可愛いその姿に、俺の脳内煩悩は再び爆発して「恋羽こそが正妻!!」と大合唱を始める。

 

 ジジイの突きつけてきた猶予は、あと一日半。

 

 この恋羽の温もりを、そして陽キャたちとの平穏を、絶対に神崎家の理不尽な権力で壊させるわけにはいかない。


「……分かってるよ、恋羽。俺の相棒はお前だけだ」


 俺は心の中で、二度と起動しない鉄の塊になったゲーミングPCを思い浮かべながら、瞳の奥に、ジジイへの逆襲の炎を静かに灯すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ