第二部 ep.1 嘲笑
第2部、スタートです!
第1部で幸せを掴み取った響ですが、ジジイが黙っているはずもなく……。
響きを追い詰めるために現れたのは、なんと本家公認の「大和撫子な許嫁」!?
しかも彼女、実は昔の響きを知る「あの女の子」で――。
第2部も、最強の「超速無双」をお送りします!
恋羽とのまさかの正妻戦争(修羅場)の幕開けを、ぜひお楽しみください!
週末の明け方。
いつものように、恋羽とデートに行く準備をしていると、全く見覚えのない文字列の並んだアドレスから、一通のメールが届いた。
【本日十六時、駅裏の会員制高級カフェと来なさい。来なければ、あなたの隣にいる「皇恋羽」という小娘の家を、神崎家の力で明日には潰します】
「――っ?」
呼吸が止まった。
頭の芯が、一瞬で凍り付いたように冷たくなる。
「響~? 髪型どっちがいいかな? ハーフアップと、いつものポニーテール!」
リビングへと扉がガラリと開き、すでにデート服に着替えた恋羽が顔を出した。
な、なんという圧倒的破壊力……!!!
いつも可愛い恋羽だが、今日の気合の入り方は尋常じゃない。
服から女の子の甘いめちゃくちゃ良い匂いがする。
脳内の煩悩が「両方! 両方交互にやって!」と大合唱を始めるが、今の俺の心臓は別の意味でバクバクと嫌な音を立てていた。もちろん恋羽にもドキドキしているけども……。
最悪の脅迫状が映るスマホを、恋羽に見せるわけにはいかない。
俺は背中に冷や汗を流しながら、わざとらしく大きな欠伸をしてスマホの画面を伏せた。
「いや、何でもない。ちょっと、午後四時から用事ができちゃったから……ごめん恋羽、今日のデート、ディナーは一緒にできない。ごめんな」
「え~? せっかくのデートなのに、ディナー一緒にできないの? もう、響のいけずー。せっかく髪型も可愛くしてきたのに……でも、響がそこまで言うなら仕方ないね。無理しないで、気を付けて行ってきてね?」
ぷくーっと顔を膨らませつつも、俺を信じて笑顔で見送ってくれる恋羽。
かわいい。
こんな怪しい言い訳を信じてくれる彼女の優しさが、今の俺には酷く痛ましかった。
◇ ◇ ◇
十六時。
駅裏の会員制高級カフェ。
明らかに高校生が入ってはいけない雰囲気の、重厚に静まり返った空間。
コーヒー一杯とケーキ一つで俺の数字部t分の食費が吹き飛びそうなその店の最奥に、彼女は座っていた。
艶やかな漆黒の長髪に、透き通るような白い肌。
恋羽に負けず劣らずの美少女だ。
お召しになっているのは、仕立ての胃胃着物を現代風にアレンジしたような、日の打ち所がない上品は和装のスーツ。
まさに絵に変えたような大和撫子――だが、その瞳に宿る光は、まるで氷刃のように冷たかった。
俺が正面の席に腰を下ろすと、彼女は手元のお茶を上品に口に含み、フッと静かに微笑んだ。
おっとりとした気品のある動作のくせに、その目は完全に俺を値踏みしている。
「響、黒縁メガネを外した顔だけは、神崎家の後期は血筋を感じさせますけれど……中身は学校の有象無象と傷を舐め合って満足していらっしゃる、ただの腑抜けのよう」
「……誰だ、お前。恋羽の家をつぶすってどういう意味だ」
低く地を走る声で睨み付ける俺。
だが彼女は、美しい所作で首を傾げるだけだった。
まるで、吠える子犬を憐れむような眼のまま、テーブルの上に薄型のタブレットを滑らせてくる。
「私は神崎家現当主に認められた、あなたの許嫁……そしてこれが、あなたが向き合うべき現実です」
タブレットの画面に映し出されていたのは、企業のロゴが並んだ冷酷なリストだった。
そこには、恋羽の父親が経営する会社の財務データ、さらには、最近やっと和解して俺の背中を叩いて笑えるようになった、あの陽キャたちの親が務める企業の詳細な買収計画書。
その中には、猛の父親の会社もあった。
神崎家の財力と権力を使えば、こんな地方の企業、明日一日にして社会的・経済的に抹殺できる。
画面に並ぶ数字が、そう無言で証明していた。
「現当主様の逆鱗に触れたのよ、響。あなたをおとなしく連れ戻されるどころか、初代【phantom】である剣夜をコテンパンにしたせいでね。現当主様は今、狂ったようにあなたを根こそぎ連れ戻す準備を始めているわ」
それまでお淑やかだった彼女の口調が、一瞬だけ鋭く、冷徹なものへと切り替わる。
だが、冷たい視線の奥に、ほんの一瞬だけ、ひどく懐かしむような、寂しげな色が混ざったのを俺を見逃さなかった。
……待て。お前、どこかで……?
俺の脳裏に、神崎家にいた頃の、数少ない幼少期の記憶が不意によぎる。
いつも俺にトコトコとついてきていた、一人の俺と同い年の女の子の姿が。
「猶予は三日。三日以内にあなたから皇恋羽に『飽きたから別れよう』と告げて、私の元へ来なさい。神崎家に戻るのよ。さもなければ、あなたの周りの人間は全員、社会的・経済的に破滅することになるわ」
「ふざけるな……っ! お前、まさか――」
「ふざけているのはあなたよ、世界一位の【phantom】様」
俺の言葉を遮るように、彼女は立ち上がった。
その拍子に、かつて神崎家の庭でよく嗅いだ、あの懐かしい花の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「画面の向こうでどれだけ無双しようが、現実のkrん力の前には、あなたのタイピングなんてただの子供の火遊び。よく考えなさい、響。……私は、あなたをずっと待っていたのですから」
最後に呟かれた、大和撫子のあまりにも切ない本音。優雅に去って行く彼女の後ろ姿を見送りながら、俺の心臓は恐怖とはまた違う理由で激しく鳴り響いていた。
◇ ◇ ◇
「クソが……っ! ああもう、クソが!!!」
許嫁の圧倒的な圧力と焦燥感に冷や汗を流しながら、俺は家に飛び込んだ。
現実の権力がどうした。
ジジイが裏で動いているなら、『Dystopia Log』のネットワークから神崎家のメインサーバーに逆アクセスを仕掛け、俺の世界一位の指の速度であの買収データもろともハッキングで叩き潰してやる。
「頼む、動いてくれ……!」
俺はリビングのデスクに駆け寄り、命がけで守り抜いた、十年来の相棒であるゲーミングPCの電源ボタンを押し込んだ。
これでお前とも十一年目の付き合いだな、なんて感傷に浸ろうとした、その時だった。
ファンが激しく回り、システムが起動する。
画面が明転する。
だが、そこに映し出されたのは、いつものログイン画面ではなかった。
真っ黒な画面の中央。
血のような赤文字で、ドクドクと不気味に点滅する文字列。
【SYSTEM CRASHED。お前の友達は死んだよ、響 ――神崎家現当主】
「――え?」
直後、バチバチッ! という激しい電子音と共に、PCの本体からイカの燻製みたいな異臭のする白煙が上がった。
画面が一瞬で暗転し、完全に沈黙する。
「うわあああ! 俺の相棒が逝ったアアア!?」
ジジイの抱える超一流のクラッカー集団によって、裏から物理的な過電圧をかけられたのだ。
俺の両親がいなくなった時、心の傷を埋めてくれた最高の友であり、武器だったゲーミングPCが、ただの動かない粗大ゴミへと変えられた。
「嘘だろ……おい……まてよ、嘘だろ……っ!?」
キーボードをたたくが、何の反応もない。
冷たくなったキーボードの感触が、虚しく指先に残る。
最友を奪われ、恋羽を人質に取られ、暗闇の部屋で完全に孤立無援になった。
夕闇が落ちていく部屋の中で、俺は一人狂いそうな絶望の底に突き落とされた。
「クソが……ジジイ、そこまでやるかよ……っ」
涙で歪む視線の先、完全に壊れた画面に、俺のむき出しの憎悪と、情けないマヌケ面が映っていた。




