ep.2 皇 恋羽
【phantom】を読んでから読むことを推奨します。
もしも順番を間違えてもこちら側は一切責任を負いません。
何てね。言ってみたかっただけです。
それでは第2話も楽しんでお読みください
「あなた【phantom】でしょ」
どうしてバレたぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁ!?!?
俺は非常階段の踊り場で学校一の美少女、皇 恋羽に問い詰められている。
どうしてこうなった??? 俺は一時間前まで記憶を遡る。
俺はいつものように、朝早く黒縁メガネとマスクで学校に来て、押し付けられた掃除当番と日直の仕事をしていた。
黒板を雑巾で拭いていると、ガラガラと教室の前の扉が開いた。
俺は拭く手を止め、気持ちの良い挨拶をする。
「おはようございます!」
全力で身体を九十度に曲げ、挨拶の理想とも呼べる素晴らしい姿勢で挨拶が返ってくるのを待つ。
「おう! おっはよう!!!」
「ぐぼぁ!!! つぅ~~~」
いきなり、腰を叩かれ、重心が前になっている状態だったため、前面に大きく倒れた。
「ハハッ。今日もいいリアクションだな」
「何すんだよぉ~~」
俺は顔を上げて、後ろにいる大きな人影を見る。
するとそこにいたのは、筋骨隆々の体躯をしていかにも体育会系の髪形をした高校生にしては彫が深く、大人っぽい顔立ちの人だった。名前は、大河原 猛。
今の状況からすると、虐められているように感じるかもしれないが、決してそんなことはない。
この男は、パワーがありすぎて、力の調整が難しいのだ。それによって結果的に暴力になってしまう。
俺の数少ない友達の一人だ(友達こいつしかいないけど)。
それにしても今日は一段と力強いな。
俺が立てないでいると、猛は俺を心配するような声を出す。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ。お前さては朝筋トレして来たろ」
「おぉ~、流石だ響。分かるか? 見ろよこの背筋」
猛はいきなり服を脱ぎだした。
「まず今日の朝は、ラットプルダウンマシンを使って背筋を鍛えた。これは広背筋や大円筋を鍛えることができるラットプルダウンというトレーニングができるマシンで、すると背中が横に広がって、メリハリのある逆三角形のシルエットを作り出すことができるんだ。あと、背筋と言ったら…………」
こいつの筋肉語りは本人が満足するまで続く。一緒に俺の家で遊んだときは、二時間ぐらい筋肉について語り続けたこともある。
真面目に聞いてたら疲れるので、俺は適当に相槌を打ちながら、押し付けられた作業を着々と進める。
そうやって、俺が押し付けられた全ての作業を終えると、猛はハッと何かを思い出した素振りをして、垂直に跳ね、時計を見た。
「悪い! 響、ちょっと生徒会の挨拶当番に行ってくるわ」
「そうか。じゃあ行ってらぁ~」
「おぅ! 行って来る!!」
「廊下走るなよ~~」
猛はダッシュで教室を飛び出していった。
「……だから走るなって」
実は猛は、この学校の生徒会長だ。あの筋肉で有権者に強大なインパクトを与え、あの親しみやすい性格で絶大な支持を得て、見事生徒会長に当選した。
俺が廊下を眺めていると、後ろの扉から皇 恋羽が音もなく入って来た。
「……おはようございます」
俺が少し遅れて挨拶すると、皇さんは目を見開いて、そっぽを向き、小さなボソボソとした声で挨拶を返した。
「……おはよう。今日もありがとう」
俺はその一言が何よりも嬉しかった。
「はい!」
俺は席に着いて今日の授業の予習を開始した。
それから二十分後、皇さんが席を立ったかと思うと、俺の席の隣まで来た。
「ねぇ、貴方に話があるの」
「えっ?」
「いいから。付いて来て」
「えっ、あっ、はい」
急かすように連れて行かれた先は、非常階段の踊り場だった。
そこに着くと、皇さんは唐突に口を開いた。
「あなた【phantom】でしょ」
そして、今に至る。
どうする。誤魔化すべきか。それとも認めるべきか。いやまずは理由を聞かないと。
「どうして、そう思ったの?」
「えっと」
皇さんは考える素振りを見せる。俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
ほんの数秒だが、俺のにとってはとてつもなく長い沈黙だった。
彼女が息を吸う。その仕草でさえも、俺にとっては何か重要なことをしているかのように思える。
なぜなら俺が【phantom】だとバレたら、面倒ごとに巻き込まれる予感しかしない。
そんなのごめんだ。
「――勘かな?」
「へっ?」
何か俺がボロを出したんじゃないかと不安になってた俺は、一気に体の力が抜け、素っ頓狂な声が出てしまった。
「私、昔から勘が鋭いのよね。だから初めて見た時から、この人【phantom】だと思ったわ。それとそのリアクションは認めたってことでいいのよね」
「あっ!」
しまったぁぁぁぁあぁぁぁ!! これも巧妙な罠だったというのか。
くそっ。嵌められた。これはもう認めるしかない。
「そうだよ。俺が【phantom】だよ。それでどうする。ネットに俺が【phantom】だってバラすか? それともバラされたくなかったら金をよこしなって言うのか?」
「えっ、そんなことする訳ない」
「じゃあ何が目的だ?」
そう俺が聞くと、皇さんは目を閉じて、口をきゅっと結び、全力で俺がやったように腰を九十度に曲げる。
美しい。
それを見た時の俺の感想だった。これは一朝一夕ではできないお辞儀だ。俺、【phantom】に頼み事をするために必死に練習したんだろうな。なんて自意識過剰か。
それにこんなシリアスな展開で何てこと考えてるんだ俺は。
皇さんは意を決して口を開く。
「私にタイピングを教えて!!!」
「はぁっ!?!?」
思わず俺はそうリアクションしてしまった。失礼にもほどがある!
「ごめん。いきなり、そんなこと言われるもんだからびっくりしちゃって」
「いいよ。無理な頼みっていうのは分かってる。でもね少し検討してほしい」
二人の間に長い静寂が訪れる。その時、ホームルームの開始五分前を知らせる予鈴がなった。
「分かった」
俺は、ポケットに入っていた手帳の一ページを破って、家の住所を書き込んで皇さんに押し付ける。
「ん」
「何これ?」
「俺の家の住所が書いてある。放課後家に来い」
そして俺は、その場を後にした。
教室に戻って俺は冷静になった。
あれ? もしかして俺って家に女子を強引に入れようとする変態ってポジションじゃね。やばめっちゃ恥ずかしいことしてるし、やばいことしてる。これ絶対嫌われたろ。皇さんの中の【phantom】のイメージ絶対壊したろ。あぁぁぁあぁぁぁもう!!!
結局その日の授業は全然集中できなかった。
◇ ◇ ◇
迎えた放課後。俺はダッシュで家に帰り、全力で家を掃除した。
「これでよし!」
換気が終わった時、ちょうど家のインターホンが鳴った。
来たな。
「は~い」
俺はマスクをつけて、インターホンのモニターへと向かう。
インターホンの来客確認画面に映っていたのは、エントランスに立つ私服姿の皇さんだった。
私服かわ……!!! ってそうじゃないだろ。
俺は全力で頭の中にいる煩悩を排除して、呼吸を整えてから、通話ボタンを押す。
「あっ、神崎くん。来たよ」
「あぁ、暑かっただろ。今開ける」
俺は開錠ボタンを押して、遠隔で自動ドアを開ける。
「ありがとう」
俺は暫く皇さんの後姿を眺めて、心の中で思う。
やっば。やっぱ可愛すぎ。これ平常でいられるかな。
そう思いながら妄想を膨らませ、ボ~っとしていると、玄関のインターホンで現実に引き戻された。
「はいは~い」
俺は急ぎ足で玄関へと向かう。玄関につき、鍵を開けると、外から皇さんが扉を開けた。
そこには、可愛すぎる私服姿の皇さんが立っていて、数瞬、声を失う。
妄想モードに入ろうとする脳を全力で現実に引き戻し、やっとのやっとで声がでた。
「入って」
「お邪魔します」
俺はスリッパを棚から出して、リビングへの扉を開ける。
「いらっしゃい」
「うん」
皇さんが俺の横を通り抜ける。その瞬間、女の子特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。それは陰キャの俺には刺激が強すぎて、一瞬気絶しそうになるが全力で意識を保つ。今日全力使い過ぎだろ。
「おぉ~~~」
リビングに入った皇さんが声を上げる。
「どうかした?」
皇さんの顔を後ろから覗くと、俺のゲーミングPCを見て、感嘆の声を上げていたようだ。
「あぁ~~どこにでも売ってる少し安めのゲーミングPCだよ。別にそんな声出すほどじゃ」
女子に部屋の中を見られるということに何か気恥ずかしさがあったので、とっさに批判の声を出す。
だがその声はすぐに批判される。
「何言ってるの!! これが世界一位の【phantom】が使ってるPCなんでしょ。ファンなら興奮しないわけないでしょ。ちょっと触ってもいい」
面と向かってファンといわれてすごく恥ずかしくなり、顔がすごい勢いで紅潮していくのを感じたので俺は、下を向いて、小さな声でPCに触ることを許可する。
「……あぁ触っていいぞ」
「ありがとう。触るね」
そうして皇さんは俺のゲーミングPCを壊さないように優しく滑らかに触った。
何かヤらしい。って何を意識してるんだ俺は!? これ以上【phantom】のイメージを落とさないようにしないと。
「それでどうする?」
「どうするって?」
俺は今日皇さんを家に呼んだ理由を思い出し、何をするか彼女に聞く。彼女は小首をかしげる。
「どうするって……!」
「分かってるよ。それで改めて言うんだけど、タイピングを教えて!」
「どうしてか理由を聞かせてくれ」
「うん」
そして彼女は、ポツリポツリと語り始めた。
昔公園で出会った男の子のタイピングが忘れられなくて、今まで練習していること。
でも全然速くできなくて悩んでいること。
俺を【phantom】だと見抜いて、タイピングを教えてくれないか? と、いつ頼むか悩みに悩んで、今日勇気を出してお願いしたこと。
俺はそれらを頭の中で反芻し結論を声に出す。
「つまり、昔出会った男の子に憧れてタイピングを極めたい。と」
「そう!」
俺は目を閉じて一拍置き、皇さんに質問する。
「昔会ったその男の子ってどんな容姿?」
「えっ?」
それを聞いた彼女は一瞬キョトンとしたが、すぐに輝かしい思い出を語るように話してくれた
「その子は、天使かと思うくらいとても可愛らしい顔で、優しい雰囲気を纏っていたよ。それでいつも私と話すときは笑ってくれて。決定的なところは、私が遊具から落ちた時にあの子が庇ってくれて、背中にとても大きなアザがあるよ」
「そうか」
「それでどうしたの?」
「いや、なんでもない。君がどれぐらいその子のことを想っているか気になっただけだ」
皇さんは俺の返答に頭にハテナマークを浮かべていたが、俺があることを言うと顔を輝かせた。
そう!
「君の事情は分かった。この神崎 響。全力で君をタイピングの名人にして見せる!!」
「本当!?!?」
「ああ【phantom】の名に懸けて」
「やった~~~」
皇さんは可愛らしく、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる。彼女を見ていると何だか小動物を連想させられる。
「それで、君はどれだけの実力なのか見せてもらおうか」
俺はPCの電源を入れ、初心者用タイピング練習サイトを開き、彼女をPCの前に座るよう促す。
彼女は軽くうなずき、ゲーミングチェアにギシと音を立てて座る。
「それじゃ、やるよ」
「ああ」
彼女はスペースキーを押して、速度測定を開始する。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…………
その結果は……
「秒打鍵、十五!?」
「どうです? まだまだでしょ」
彼女は表情を曇らせる。
「いやいや、アマチュアの大会でも優勝できるレベルだと思うが?」
「でもあの子は、秒打鍵三十ぐらいいってたもん!」
「その子はさ、その……規格外だから」
「でも!」
「でも?」
「あの子に追いついて認めてもらいたい!!!」
「そうか。じゃあ厳しくなるが良いか?」
「もちろん!」
その日から、俺と皇さんは週末に家で一緒に『Dystopia Log』で特訓がてら遊ぶ仲になった。
たまに皇さんが学校で話しかけてきて、学校一の美少女から笑顔で話しかけられる学校一の陰キャってどうなの? と虐められることが増えてしまったが。
◇ ◇ ◇
「よし、これで次のコンボを……」
「そう来たか。なら!」
それから何か月か経ったある日の事、いつものようにハンデありで対戦をしていたら、予想以上に皇さんが強くなっていて、ほんの少し本気を出した日があった。
「……危なかった」
HPギリギリで俺が勝ち、横にいる皇さんを見た。すると、皇さんは可愛らしく頬を膨らませていた。
「どうした? 恋羽?」
俺と恋羽は仲良くなった証に名前で呼び合うことにした。
「ずるいよ、響。本気は出さないって……」
「それは無敗を誇る【phantom】のプライドが許さないっていうか……」
「お仕置きだっ!」
恋羽は俺に飛びつき、マスクを取った。
「おい、返せ!」
「返さないよ~だ。べぇ~」
「くそぉ」
マスクが取られるのは毎日のことで、慣れている。だがいつもの悪ふざけでは済まなかった。
「うわぁ!」
恋羽が走って逃げていたら、足を捻ってバランスを崩し、机の角に頭を打ちそうになった。
「恋羽!!」
俺は腕を伸ばして、恋羽の腕を掴みこちら側に引き寄せ、ソファに二人してもつれ込むように倒れ込んだ。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
背中のクッションに弾み、恋羽の長い髪がソファに広がる。
俺は彼女の両手首を掴んで、覆い被さるような姿勢で完全に動きを止めてしまった。
さっきまでの威勢はどこへやら、見上げる恋羽の顔がみるみる赤くなっていく。
近すぎる距離に、俺の心臓も嫌な音を立て始めていた。
思わず俺は、勢いよく顔を逸らして、恋羽の顔を直視しないようにする。
「あっ」
勢いよく首を横に振ったせいで、メガネが飛んで行ってしまった。
俺は恋羽の顔を再び見る。
その目に映っていた俺の顔は、可愛らしさとかっこよさが混合した美少年だった。
恋羽の瞳は涙で潤んでゆく。
「見つけた」
彼女は小さく呟き、手首を振って俺に手を離させると、俺の頭に両手を回し、自らの胸へと引き寄せた。
「見つけた!」
そして彼女はもう一度、今度は大きな声で言った。
俺は恋羽の身体に包まれながら、彼女の顔を見上げる。
その顔は今までで一番可愛い満面の笑みだった。
ぐっ! かわいい……




