#9 ピクニック・ザ・ダンジョン!
準備はしっかりとしいに言われたので、おばあちゃん特製のスポドリ入りの水筒も持参した。おやつもたくさん持ったし、つむりとほるすの準備はぬかりない。
「これで迷子になっても生きていけるよ! ねっ、ほるっ」
「うん……っ」
9月初旬の朝はまだまだ冷えない。
つむりは朝だろうが照り付ける日差しを全身に浴びながら、気持ちよさそうに背伸びする。つむりにとってはかんかん照りも元気の源なのだ。
スポットライトを浴びているようで、明るい場所にいるだけでつむりのテンションは上がっていく。
ほるすは日陰に隠れてつむりの姿を見守っている。
つむりは赤のキャップ、腰できゅっと結んだTシャツからは少しだけおへそが見える。デニムのショートパンツに、明るい迷彩柄のスニーカーを合わせた軽快スタイルだ。
ほるすはおばあちゃんから麦わら帽子を被せられ、ぶかぶかのTシャツは短パンを隠すほどでワンピースのように見える。
つむりとは反対色の迷彩柄スニーカーで、ばっちり仲の良さをアピールしている。
靴はまだちょっと濡れていたので、頑張って早起きしてドライヤーで乾かしたのだ。
おばあちゃん特製のスポドリは、ハチミツとレモンがたっぷり入っていて、疲れた体を一瞬で回復させてくれるダンジョン的に言うなら、魔法のポーションだ。
「ダンジョンなんて危ないところに行くんだから、気をつけるんだよ」と心配しつつも、二人分の水筒を準備してくれたおばあちゃんの優しさが詰まっている。
それにしても、これからモンスターの徘徊する地下迷宮に潜るというのに、二人の格好はどう見ても夏休みの虫取りか、近所の公園へピクニックに行く格好だ。
その緊張感のなさに、しいならきっと頭を抱えるだろう。
でも、そういう抜け感があるところがつむりでもあった。
昨日、DMでみずみずからきた例の画像については、わざわざ怖がらせるために見せる必要はない、としいの指示もあってほるすには見せていない。
バスで駅前まで向かい、かさダンまでは徒歩で行く。
「おはよーー! しいちゃんーー!」
重鳴ダンジョン入場ゲート付近にはすでにしいが待っていた。
しいを見つけたつむりは大きな声で手を振るが、しいは気づいていないようだった。
(音楽でも聴いてるのかな?)
ほるすの手を取って、つむりはしいの傍へ駆け寄る。
土日だけあって、いつにも増してダンジョン前は人で混雑している。
「……」
制服姿のしいは、スマホの画面をじっと見て険しい顔をしていた。
イライラしている。付き合いの長いつむりには、雰囲気だけでしいの感情が手に取るようにわかった。
しいの視線の先、スマホの画面には誰かからのメッセージが表示されていた。
つむりの位置からちらりと見えた文面には、『お前ひとりで3人見るの無理だって。俺がついてってやるよ』と、やけに馴れ馴れしい言葉が並んでいる。
送り主が誰か、つむりは一瞬である人物を頭に浮かべた。つむりは、日差しが目に入ったふりをして見なかったことにした。
「……まじウザ」
小さく毒づいたしいは、乱暴な指使いで通知をスワイプして消し去る。
「しいちゃん! おはよ!」
つむりはしいの苛立っていそうな気分を吹き飛ばそうと、タイミングを見つけ元気よく声を掛ける。
「んひゃああ!」
隣でつむりに元気な挨拶を掛けられ、しいは猫みたいな声を上げて飛び跳ねた。
慌ててスマホをバッグにしまう。
「まだメッセージ来てるの?」
聞くか聞かまいか迷ったが、つむりも他人事ではなかったので小声でしいに尋ねる。
「あ、ちが。これは……、って、なんでもないってば」
しいは苦笑しながら明言せずに答えを濁した。
「それよりっ、ちょ、え、なんで私服!?」
「なんでって、今日土曜日だし。ねー、つむ」
「……ねー」
「休み配信でもずっと制服だったでしょ……」
「だって、学校だったし。ねー、つむ」
「……ねー」
「はー、まじか……」
少し喋っていると、プッ、と短いクラクションの音が聞こえ、人ごみを掻き分けるように、黒光りするいかにも高級そうなセダンがつむりたちに近づいてきた。
ざわっとどよめきが走ったので、つむりたちは誰が来たのかをすぐに察知する。
セダンはつむりたちの真横につける。
黒服姿の男が滑らかな動作で助手席から出てきて、後部座席をうやうやしく開いた。当然、すらっとした長い足を伸ばした彩華が出てきた。
「行ってらっしゃいませ、彩華様」
つば広ハットに大きなサングラス、薄桃色の髪を風になびかせながら、彩華は黒服にエスコートされて車を降りた。
厚底サンダルの爪先では、昨日仕上げたばかりのネイルがきらりと光っている。
そのあまりの絢爛さに、通行人も自然と道を開ける。
その真ん中をランウェイかのように優雅に歩く彩華。
もちろんつむりたちも注目の的だ。しいは顔を背け、そわそわしている。
周りの冒険者や観光客たちは「なんだあいつら」「芸能人のロケか?」とひそひそ声を上げている。
無理もない。ガチガチのプロテクターや迷彩服に身を包んだ探索者たちが多く集うゲート前に(観光客らもいるが)、セレブのお嬢様と、虫取りルックの子供と、なぜか制服姿の女子高生がバラバラの恰好で並んでいるのは目を引く。
黒服の男が周囲を威圧的にガードしているせいでより際立っていた。
「おはよ! 彩華ちゃん!」
見ての通り彩華はお嬢様だ。
内情に詳しくはないつむりだが、国武家は、このあたり一帯の土地を所有する大地主であるのは教わらなくても知っている。彩華はその本家筋の一人娘であることも知らなくても勝手に耳に入ってくる。
あまり本人が話さないのでつむりたちも聞かないようにしているが、もう名前だけで出てくるほど国武家の情報はネットに転がっている。彩華のまとめページまであるほどだ。
「おはよう~! さあ、張り切ってダンジョン攻略しよっか~!」
「お~!!」
「……おー」
「できるかあ!!」
しいの空しいつっこみは喧噪の中に消えるのだった。
☆ ☆ ☆
重鳴ダンジョン1Fに再び降り立つ一行。
「はいっ、はじまりました! しゅわしゅわ微炭酸ゆるゆるラジオ~略して~?」
「しゅ・わ・ら・じ♪」
バトンタッチされた彩華は、サングラスを少しずらしながら指先を揺らしてタイトルコールする。
そんないつもの挨拶を終え、しいのカメラにて三人が配信に映ると、待機組の視聴者は彼女らの私服姿に燃え上がる。
一部の、ふらっと立ち寄った視聴者はその異様な熱気に感化される者もいれば、そっと退室していった者もいる。
ただ、ダンジョン配信! スキル開放! と題目を付けるだけでダンジョン配信通からの視聴者流入は多く、しゅわらじはかつてないほどの盛り上がりを見せていた。
【ダンジョン攻略始めましたさん】!!!!!かわいい
【ほる推し二年生】ほるちゃんの私服11111
【ハヤシ焼きそば】みなさん可愛い!
【KYO】※なお、ダンジョン1F。仮登録状態。
【天龍】冒険者登録、初スキル開放回らしいから来た。俺のスキルとの相性を見たい。
【さえこ】彩華ちゃんキレイ!
自分の仕事だと張り切るほるすがタブレットを抱きしめるように抱えながら、コメントを読み上げている。
なお、どのコメントを読み上げるかは、ほるすの気分次第かつコメントの流れ具合による。コアな視聴者からは読み上げられたというより、選ばれたと認識している。
「ふふ、ありがと~」
ダンジョン内に入ってもサングラスのままの彩華はしいに向かって手を振る。
「これね、おうちのネイルサロンで一夏の冒険ってテーマでやってもらったんだ~。あとね、ふふ、このカーディガン。風通しよくて、でもふわふわで気持ちいいんだよお。つむりちゃん、触ってみる?」
「触るー!」
「……触らんでいいー!」
【KYO】※いつもの、カメラ越し。しいのツッコミ。
「じゃあ、そろそろやるよ! お喋りしてるだけで時間過ぎちゃう。まず、あたしからやるから! ほら、つむりカメラ持って」
「はーい!」
しいが画面に映るとコメントが騒がしくなる。
スキルうんぬんより、一人制服姿のしいの真面目な姿にリスナーはきゅんとしているようだ。
「あたしからお手本になるから! みんな見てて!」
スマホを軽やかにタップすると、スピーカーから期待を煽るようなSEが流れる。
画面にはルーレットのような派手なエフェクトが表示され、色とりどりの光がぐるぐると回転し始めた。
これは『ダンジョン』公式アプリのニクイ演出だ。ただの事務的な登録ではなく、ソシャゲのガチャを引くときのような射幸心を煽るシステムになっており、これが多くの若者たちをダンジョン中毒に引きずり込む要因の一つでもある。
光が収束し、ファンファーレとともに画面に大きな文字が浮かび上がった。
気恥ずかしくなったしいは、ぷいとカメラから視線を外し、自分の名前が書かれたスマホの画面を突き出した。
アナウンス【鷹ノ瀬しい 冒険者登録 完了しました】
「おおっ」とつむりたちもコメント欄からも歓声が湧く。
そして現れたのは――
【職業:配信者。スキル:好感度探知】
「ん、職業、配信者?」




