#6 夕焼け小焼けと、黒い人影
駄菓子屋の横にある真っ赤なベンチ。
パラソルの日陰の下で4人が並んで座っている。チリン、と軒先に吊るされた色褪せた風鈴が、ぬるい風に揺れて鳴った。
オレンジ色に染まり始めた空にはトンボが飛び交い、遠くからはヒグラシの鳴き声が聞こえる。
ダンジョンの人工的な照明とは違う、本物の夕焼けの光が、店先のラムネ瓶や濡れたアスファルトをきらきらと照らしていた。
裸足になったつむりは足を伸ばし両手を上げてうんと伸びをする。隣に座るほるすも裸足だ。ベンチの上でお行儀よく体育座り。
彩華はつむりから借りた花柄のファンシーなサンダルを履いている。しいは狭すぎて、ベンチから半分おしりが出てしまっていたが、なんとか重心を傾けて座れていた。
最初はみんなで真剣に靴を洗っていたが、途中で水鉄砲や水風船をつむりが持ち出てきたり、塾帰りの小学生たちと遊んだりしていたので、ついさっき靴を裏庭の柵に引っ掛けて乾かしているところだった。
古めかしい昭和風漂う駄菓子屋からにこにこと出てきたのは、つむりの祖母である青みがかった白髪のおばあちゃん。
お盆に氷たっぷりの麦茶を入れて、ベンチ横の丸いテーブルの上に並べた。
「ありがとっ、おばあちゃん!」
つむりがお礼を言うと、みんなも合わせるように会釈しながらお礼を言う。
駄菓子屋の入り口。無地の暖簾の上に、文字がかすれ気味の『えのもと』というレトロな金属の看板が掛かっている。
つむりには両親と兄がいるが、今はこの駄菓子屋で祖母と一緒に暮らしている。
「ぷっはー! くー! 靴を洗ったあとのこれはたまりませんな! これ言いたかったやつ!」
一気飲みして、おじさんみたいな声を出すつむりを見てくすくすと笑う彩華。
「せめてダンジョン攻略のあとの一杯はたまらない、にしようよ」
暗くなっていく空を眺めながら、しいがため息交じりにそう返した。
「しいちゃんが冒険者登録してくれたあとのこれはたまりませんな!」
「それはなんかムカつくんだけど」
「うんうん、4人まとめて手続きありがとうねえ。しいちゃん」
「う、うん。いいよこのくらい……、どうせ並んでられないでしょみんな」
「……すぅ、……すぅ」
遊び疲れたほるすは、つむりに体を預けて眠っていた。
それに気づいた三人は自然と声が小さくなる。
「それに、あたしがやったのは仮登録だよ、さっき渡したトートバックに入ってるQR読み込んで本登録しなくちゃいけないの。初期ステータスとかスキルとか決まるから慎重にやらないとだめだよ。……って言っても、どんな仕組みはわからないけど。個人の潜在能力? ってやつに左右されるのが大きいらしい。て書いてる」
「あはは、ちゃんと丁寧に教えてくれるしいちゃん好きー」
「すっ――!? つつつむり、あのねえっ!」
「私も好きだよ、しいちゃん」
「ひんっ、耳元で囁くな! わざとだ、わざとだな!」
彩華の囁くような吐息を耳に当てられ、猫みたいに全身の毛が逆立つしい。
「ねえねえ、明日の配信で登録? スキル公開回? やろうよ! またかさダンで! 5F攻略は宿題みたいなものだし、これからはダンジョン配信しよ! けっこう反応も良かったし!」
「自称、これから伝説になる冒険者さんと出会えたしね~。ふふ」
つむりはほるすを起こさないよう、片手で器用にスマホをいじり、配信後のコメントやら返信をこなしていく。
「今日もいっぱいコメント来てうれしい! わたしたちの楽しいが届いてるよ!」
「なんなのよ、この風切りのジンて男の人……、大丈夫なの?」
「さあ? ふふ。でも、悪さするようなら~、きっとみずみずさんがなんとかしてくれるよお」
嬉しさと連動して足もパタパタ動いてしまうつむり。
必ずスパッツを履くことを義務付けたしいであったが、横目で見守りながらも、その無防備さを見るたびに気が気ではなかった。
通り過ぎる男性がつむりを見ているので、その度無言で睨んで抗議している。
「しいちゃんも、あやちゃんも、うちでご飯食べてく? 明日は土曜だし!」
「嬉しいんだけど、今夜は予定があってそろそろお迎えが来る時間かなあ」
「あたしも、今日お父さん居ないから弟たちのご飯つくらないと」
「そっか! じゃあ明日はどうしよっか?」
だらーっと脱力して過ごす。まだまだ暑い9月の夕方。
「明日はちゃんと時間取りたいから、午前中から集まりたいとこだけどあたしは」
「それじゃ明日、10時にかさダン前に集合しよっ! 長時間配信やろー!」
「10時ね。了解」
「ええ、私もその時間に向かうね」
「こほん。ダンジョン配信で最初のステータス確認、スキル開示は大事だよ。あやかのお迎え来るまで軽く予習しとこ? それと、本登録前の情報入力は今日中に済ませておいてよ? 凄く時間かかるっぽいから。本登録は収録の時だからね。わからなかったらいつでも連絡して。後でまとめメモ作って送っとく」
すらすら語るしいは、まるで経験者の様子で二人に説明していく。
彼女の手元には、公式サイトのQ&Aから重要事項だけをまとめた自作のメモ帳が握られていた。
文句を言いながらも、みんなが困らないように一番下調べをしてくれているのだ。
真っ先に熟読しているしいの姿を想像して、にこにこと二人は頷きながら聞いている。「もう、しいちゃんはお母さんみたいだなあ」とつむりが笑うと、しいは「誰がお母さんよ!」と顔を赤くして怒った。
「流れは……ダンジョンについたらあたしからお手本も兼ねて本登録して、あやか、ほるす、最後につむりの順でやっていこっか。
事前の告知はしとくけど、つむり、あんたもリプでコミュ取っといてね、ダンジョン配信ってだけで一気に登録者10人増えたから、そろそろコメントの読み上げも辛くなってくるよね。
他のダンジョン配信見ておく必要あると思うけど、おすすめのある? ちょっとかさダン中心に検索してみよっか」
いつの間にか虫の鳴き声だけが響いている。一人で長々と喋りすぎたことに気づいたしいは、夕焼けみたいな顔をして声を荒げた。
「ってこら! にやにやしてんなっ、ちゃんと聞けっ!」
怒った素振りをみせるしいだが、わずかに顔は緩んでいた。
あはは、と笑ってすこし会話に隙間ができる。
それぞれが一呼吸するように麦茶に口を付けた。
「んー、それにしてもさあ、これ、なんなんだろうね」
沈黙に耐えられなかったつむりは、一時停止した今日の配信動画を見返しながら何度目かの問いを口にする。
「あんなショッピングモールみたいな場所でも一応ダンジョンだからね……、沢山モンスターも死んでるだろうし、こういうのあるんだよ」
そう言って、何回目かの納得をするが、やっぱりどこか気になるのだ。
水たまりでうつ向いているほるすを映していたとき。
ほるすの後ろに――山のように積み上がる人影の群れがほんの一瞬だけ、動画に映り込んでいた。
画質が荒くなったブロックノイズの向こう。ほるすの背後は本来ならただの通路で通行人もいたはずなのだがいなくなっていて、代わりに黒い靄のようなものが密集していた。
人に見えた。
でも、人だと言い切るには、輪郭がほどけすぎている。
伸ばされた手のようなもの。
うずくまる背中のようなもの。
何かを言いかけた口元のようなもの。
映っていたのは、1秒にも満たない。
それなのに、画面の向こうから湿った息遣いが聞こえてきそうだった。
ただの映像の乱れだと言われれば信じてしまいそうな、一瞬のバグだと片付ければ楽であったが、それにしては生々しくリアルな空気が漂っていた。
配信後に、みずみずからのDMで4人はその不思議な現象を知り、お願いしてそのスクリーンショットを送ってもらい暫く言葉を失った。
「ま、まあ。とりあえずは忘れよ! ダンジョンで撮影してたら、こんなのきっとあるあるだよ! 先ずはあたしが言ったことやってよ? ほるすにもちゃんと言っといてね」
「うん……、わかった! それにあんまり言うと、しいちゃん、夜眠れなくなるもんね」
「うるさい! 部屋明るくすれば眠れるわ!」




