#5 水たまりで濡れちゃったから、かーえろ!
「ねえ、まだしいちゃんこないしブラブラしようよ! ずっとベンチに座ってるのもつまんないよ!」
「そうだね、クレープ屋さんとか見てまわろっか」
「……クレープ好き……」
地下1階の重鳴ダンジョンは監視カメラ完備、照明もショッピングモール並に眩しいくらいで、巨大な広場になっている。
所狭しと出店が並び、有名ブランドのアパレルなんかもある。遊具も完備し、子供連れの奥様達にも人気だ。
(ここが本当にダンジョンなんだ……。あ! 大蛇みたいな滑り台! あとで滑りたいな!)
カメラを回しながらつむりたちはダンジョンの散歩を開始する。基本的に道行く人は撮影している三人を避けて通るが、無邪気な子供たちは笑顔で手を振ってくるので、つむりもそれに負けないくらいの笑顔と身振りで返していた。
【聞き専マン】はい、迷子決定w
【さえこ】しいちゃんならきっと配信見てるからw
【みずみず】ここは迷子の呼び出し案内もあるので、問題ないでしょう。
【ダンジョン攻略始めましたさん】お子様にもやさしいダンジョン。
「それにしても、ちょっとじめじめしてて、やっぱり地下って感じだよねえ」
「あやちゃん。わたしにくっついてると、もっとじめじめしちゃわない?」
そう言いながら彩華はつむりと腕を組んで歩いている。彩華はバッグからハンディ扇風機を取り出し、汗ばんだつむりの顔に風を当てている。
「はふーー、あやちゃんのいい匂いも一緒にきて涼しい~~」
「ふふふ、つむちゃんもいい匂いだよ~。シャンプーと汗の匂いが混ざって落ち着くのお」
「ちょちょ、汗は言わなくていいってば!」
つむりが汗っかきなのは周知の事実だ。それを言われると本人は少しだけ気にしているので恥ずかしい。しかし、運動して汗をかくのは大好きなので、言うほど気にはしていないようだ。
【みずみず】ふたりの空気の湿度、私の湿度計で測定希望です。むわっとしてふわっとしてさらっとして……この湿度の梅雨なら一年中でも構いません。
【さえこ】みずみずさん(笑)
「あれ、ほるは?」
傍にほるすがいないことにつむりが気づいてハッとする。
「おいしそうなアイス屋さんでも見つけたのかな?」
二人は振り向くと、ほるすは離れた場所でうつ向いたまま棒立ちしていた。
赤の触角も心なしかうな垂れているように見える。
「ほるっ、どうしたの!?」
慌てて2人はほるすの近くに寄る。魚屋からの排水が、床のわずかな窪みに溜まっていた。
ただの水たまりに見えたそれは、ダンジョン特有のぬめりを含んでいて、踏み込んだほるすの靴をすっぽり隠していた。
「大丈夫?」
「うん、でも……靴、濡れちゃった……」
靴下までぐっしょりのようだった。跳ねた泥水が白い靴下と制服のスカートの裾に、ぽつぽつと斑点模様を作っていた。
「つむが選んでくれた……お気に入りの靴……」
きっとよそ見をしてて気づかなかったのだろう。ちゃんと手を繋いで歩けばよかったと、一瞬つむりは激しく後悔する顔を見せたが、パッと笑顔になった。
「ほるーっ! って、わああっ!」
つむりは考えるより先に体が動いていた。
「わああっ!?」
わざと派手につまずいたような声を上げながら、つむりはカメラの向きを自分の足元へと向ける。画面が大きくブレて、ばしゃばしゃと水たまりを力強く踏み抜く音がマイクに響く。
そのまま勢いよくほるすに抱きつくと、自撮り棒の先にあるカメラは、「あっ」とびっくりして目を丸くするほるすの顔を、ドアップで捉えた。
【ほる推し二年生】ほるちゃあああん!!
「って、えへへ! わたしも濡れちゃったよー! 靴下もぐっしょりだ!」
あちゃーと片足を上げてずぶ濡れになった靴をほるすに見せる。
泥なのか魔物の残滓なのかわからない粘度のある水がボタボタと垂れているが、つむりはちっとも気にしていない。
「わーっ、こんなんじゃ、今日はもう冒険できないね!」
ぽんと水たまりの中で手を打つつむり。
ほるすは、つむりの濡れた靴を見て、それから自分の靴を見下ろした。
さっきまで胸の奥に沈んでいたものが、少しだけ軽くなる。
「……つむ」
上目づかいでつむりを見るほるすに、にっと歯を見せて笑う。
「あ、そうだ! ねえねえ、ほる! うちで一緒に洗おうよ、靴! その後さ、一緒に晩ご飯食べよっ! おばあちゃんもほるに会いたがってたし!」
「うん……。行く」
落ち込んでいるほるすを照らすような、つむりの明るい笑顔はほるすの口元を緩ませた。
「ふふっ、え~いっ!」
ばしゃあん、と彩華はジャンプして水たまりに飛び込んできた。
その行動には迷いが一切なかった。
「私もこんなに~。これ、限定物のスニーカーだったのに、もう! こんな道の真ん中に水たまりがあるなんて、転んだら危ないし、クレームも出しちゃおう」
彩華も片足を上げるが、つむりのがに股とは違って内股気味で、その仕草にも上品さがあった。
「あははっ! あやちゃんの靴もぐっしょり! そだ、あやちゃんもうちで一緒に洗う?」
「ええ、ぜひ」
【みずみず】尊いです! この角度もいい! 今だけ場所を代わってください!
【さえこ】みずみずさん(笑)
【ダンジョン攻略始めましたさん】カメラにチラッと他の冒険者映ったけど、変な目で見てたぞ。
【みずみず】勝手に見ていればいいのです。……これが、彼女たちなのですから。
【さえこ】みずみずさんの情緒の激しさよ(笑)
【KYO】※永遠に見ていられる。
つむりが水たまりではしゃいで、彩華も控えめに水たまりを蹴るが、その水しぶきが通りすがりの冒険者に掛かって睨まれる。
しかし、無邪気なつむりの子供みたいな笑顔に毒気を抜かれたのか、冒険者は何も言えずに去っていき、いつの間にかほるすも水たまりの中を片足をくるくる混ぜるように遊んでいた。
「ぜぇぜぇ……、あ、あんたたち……」
「あ! しいちゃんだ! 遅かったね!」
そこへ、息を切らしたしいが何やら大荷物を背負って現れた。
「遅かったね! じゃないわっ!」
重鳴ダンジョンと意匠めいたロゴが刺繍されているトートバッグを4人分と、ぱんぱんのビニール袋2つ。探し回ったのか肩で息をしている。
「……なんでみんな揃って水たまりなんかで遊んでるのよっ! せっかく私が、初心者用の解毒剤とか、ポーション類を自腹で買い集めてきてあげたっていうのに……! もう! サンダルとかないか見てきてあげるから!」
ずっしりと重い袋の中には、まるで工場や現場作業で使うような物々しい安全備品がぎっしり詰まっていた。怒り心頭ではあったが、3人分のサンダルを購入しようと踵を返す。
しいの優しさはいつも少し過保護だ。普段はツンとしているが認めた相手にだけ、呆れるくらい世話を焼く。
今、その過保護がビニール袋2つぶんになって現れていた。
「しいちゃん、大丈夫だよ! 今日はもう帰ろ!」
「は、はあ!?」
帰宅の言葉に声を裏返して首だけつむりたちの方を向く。綺麗に整ったポニーテールも疲れたのか萎れたようにだらんとしていた。
「それでは、みなさん! 今日はこのへんで! ご視聴ありがとうございました! いくよ? せーのっ、つむりと!」
唐突にいつもの締めの挨拶が始まると、まるで流れるカメラワークのようにそれぞれがつむりの後に続いていく。
「ほるすと」
「彩華と」
つむりはしいに目配せする。
あたしはいいよ! と口パクで抗議するが、つむりの笑顔に跳ね返される。
「えっ、ちょ…………、しいの。ってこっち映すなっ」
つむりは「へへ」と笑いながらカメラの中につむり、彩華、ほるすが入るように調整する。
「また、あしたも、ここで会えますようにっ! しゅわらじ、ばいば~い!!」
3人が笑顔で画面越しに手を振る。
こうして、しゅわらじ初のダンジョン配信は終了した。
本日の戦果は、靴がびしゃびしゃになっただけであった。
――あと、冒険者仮登録はできたのかもしれない。
「かもじゃない、してきたの!」
あ、はい。
仮にダンジョンがどこかの観光名所の天然洞窟だとして、水たまりではしゃぐJKを見てたら、日々の嫌なことも忘れられそうですね。
お風呂回ならぬ水たまり回でした!
それでは次回もお楽しみに!




