#4 ゆるJKら、ダンジョンに立つ
重鳴ダンジョン、通称かさダン。駅から徒歩5分。
全10Fからなる地下迷宮――というより、今の1Fだけ見れば、ほとんど地下型テーマパークだった。商業用に既に2Fまで整地されているらしい。
一行は早速、1Fへ足を踏み入れる。
撮影許可もしいがぬかりなく申請し許可を得た。言われなくても率先して行動するのがしいである。そのぬるま湯につかっているのがつむりたちだった。
ダンジョン配信するとあってか、どこから嗅ぎ付けたのか、普段より視聴者数が多いことにつむりは我を忘れて興奮していた。
競合が多すぎて、埋もれるだろうからと日常の配信を重視していたが、やはり日本各地にダンジョンがあり、冒険者という一大ブームを起こしている人気職業があるので一定以上の人気がある。冒険者は登録さえすれば誰でもなれる。
つむりはぴょんぴょんと跳ねながら、看板やらたくましい冒険者やらを指さしては実況している。つむりに合わせるように、画角にも気を付けながら追いかけて動くしいがやはり一番忙しい。
「じゃあ、あたし、冒険者登録所に仮登録してくるから。この辺に居てよ? ただでさえ広いんだから、迷子になったら探せないよ!」
「うん、しいお母さん!」
「誰がお母さんだ!」
重鳴学園の生徒は、事前配布された同意書と学生証があれば、現地では仮登録IDの発行だけで済む。その手続きの緩さに疑問を持つ者はいない。めんどうでなければそれにこしたことがないという一心である。
しいは「ほんとにいてよ!」と念を押して、4人分の書類をまとめて窓口へ持って走っていった。
残った3人は広場にあるベンチに仲良く腰掛ける。
配信カメラのついた自撮り棒を持ったつむりが、3人のバストアップを映し雑談していた。
空調が完備された快適で明るい空間は、自然発生した地下迷宮とは思えないほど、アミューズメント施設として整備されていた。
だが、真新しいコンクリートで舗装された床の奥からは、微かに湿った土と鉄の錆臭さを混ぜたような、特有の臭いが漂ってくる。
ここが普通の地下街ではなく、未知の領域であることをかろうじて主張しているようだった。
「わ、見て見て! あそこにクレープ屋さんもある!」
つむりが自撮り棒を揺らすたび、画面には案内看板、チェーン店、家族連れ、そして武器を背負った冒険者たちが次々映り込む。
【ほる推し一年生】なにこの観光地。
【ほる推し二年生】ここが観光ダンジョンだ。地上より安全と言われている。
【聞き専マン】ダンジョンってアウトレットだったっけ?
「ねえ、あやちゃん! あそこでじっとしてる冒険者さんはなに!?」
つむりが、✕印がつけられた箇所を囲うように冒険者たちが武器を携え、じっと待機している一種の現象を興味深そうに見つめていた。
「あれは、そこにリスポーンする魔物を待っているんだって。パンフレットによると~、5分毎にモンスターが出るらしくて、凄く弱いからずっとそこに誰かいて、ちまちまレベル上げしてるみたい。BOTプレイヤーが見られる場所って、重鳴市長おすすめ! って書いてあるよ~」
「へえ、ぼっとさん、かあ。レベル上げって本格的っぽくて凄い! でも、みんな死んだ魚の目みたいになってるのはなんでだろ?」
「誰が釣るかで勝負が始まるから、虚無に苛まれながらも必死なんだと思うよお。だって、取り逃したらまた5分待機しなきゃだし。それにぼっちさんたち、ううん、ぼっとさんたちは、階層を降りるだけで勇気がいる生き物なんだよ? ここにいた方がよっぽど精神的にも楽なの」
「……あそこ、喧嘩してるよ……」
ほるすが揉め事を起こしている冒険者を指さす。
彼女の頭頂部からは、意思を持ったように一本の赤い髪の毛がぴんと触覚のように伸びていたが、それがただの強い寝癖であるという見解で、一同はすでに一致していた。
「ふふ、横取りしたって言い争ってるみたいだね。そんなことしてる暇があったら、パーティ組んで下に降りて、別の狩場見つけた方がよっぽど楽なのにねえ」
彩華は、頬に垂れた薄ピンクの髪を耳にかけ直すと、「あ」と、わざとらしく指を立てた。
「でもそっかあ~、パーティ組むのもきっとどう声かけていいか恥ずかしいんだあ。野良はなんか変な人に当たったら怖いし、知り合い同士で固まってる中、自分だけ野良なんてことになったら気まずいもんね。そう考えると、なんだか空しいよね~」
それが聞こえたのか、争っていた冒険者たちは、図星を突かれたように顔を引きつらせ、気まずそうに散っていった。
【ダンジョン攻略始めましたさん】痛すぎて染みるぜ……。
【みずみず】こういう状況ですので1F、2Fは安全です。5Fまでは実際大したことはありません。重鳴ダンジョンは6Fからが開始と言われていますね。といっても、初期レベルで十分なほどの低級モンスターしか出ませんが。
【ダンジョン攻略始めましたさん】次のエリアに移動する行為が怖いのよ……俺ら。
【聞き専マン】一緒にすんな。
「すみません! ここで狩り続けてどれくらいになるんですかっ? わたしたちダンジョン初めてで、これから攻略しなくちゃいけないんですけど、わたしたちもやらなくちゃいけないことなんですかっ?」
つむりが去っていく冒険者に近づき、突撃インタビューを仕掛ける。
【ダンジョン攻略始めましたさん】わああ、やめろ! 聞いてくれるな……っ!
冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように、つむりから離れていく。そんな中、手を振りながら近づいてくる男の気配があった。
「あ! もしかして配信者さんですか! なんてチャンネルですか!? すごく可愛いですね!」
つむりの突撃インタビューに逆に声を掛けてきたのは、冒険者特有の動きやすい軽装アーマーに身を包んだ男だった。
風除けの短いマントに、耳元で揺れる涙型のピアスはアクリルであろう。背中には立派な双剣を背負っているものの、その人懐っこい笑顔はどこか信用しきれない頼りなさがあった。
「えへへ、ありがとうございます。しゅわらじって言います! ぜひぜひチャンネル登録お願いしますっ!」
つむりは笑顔を振りまくと、男に食い気味に握手を求められ後ずさった。
「俺は、風切りのジンって言います! 昨日会社辞めて冒険者で生きていこうって決めた実家暮らしの32歳独身です! しゅわらじ……、しゅわらじ。うおおお、これかああ! マジで登録します! しました!」
ぶっ飛んだテンションにつむりが押されている。負けじと大声で「ありがとうございます!」とジャンプしている。
「えっと、つむり、さん? ちゃん? よかったら俺に推させてください!! 本気でアーカイブも全部見ますし、投げ銭します! これカメラですか! 視聴者のみなさん、今日から始まる俺の伝説、……ってことで、よろしくお願いします!!」
握手を諦めた男はカメラに向かってダブルピースする。
【ダンジョン攻略始めましたさん】別の意味で痛すぎるやつだった……。
【さえこ】こいつやべえ。
【ほる推し二年生】ダンジョンって怖い。
「あ、あのっ、えへへ。ありがとうございますっ、よかったらコメントお願いしますね! それでは!」
【聞き専マン】あ、つむりが逃げた(笑)
【ほる推し一年生】逃げて正解。変な伝説に巻き込まれるな。
「わたし、また突っ走っちゃったみたい……えへへ、でも楽しいなあ!」
ベンチに戻ってきたつむりが再び、三人が映るようにアングルを変える。
「頑張ったね、つむりちゃん。インタビューの才能あるよお。気にしないで、つむりちゃんのしたいようにしていいんだよ? 私はそれを見るのが楽しいし、もし何かあったら助けにいくから」
「見て……、チャンネル登録一人ふえたよ」
【風切りのジン】今日はお腹痛いので帰ります!
【聞き専マン】こっち来やがった!
【ほる推し二年生】やめろ! 俺たちを伝説にするな!
【風切りのジン】明日から本気出します! 俺の伝説ご期待ください!!
――その直後だった。
画面を埋めるような長文が流れた。
まるで呪詛のように紡がれる彼女の文章は誰しもを黙らせる迫力がある。
【みずみず】風切りのジンさん。まず、落ち着いてお聞きください。冒険者として生計を立てるには、相応の覚悟と努力、そして資金が必要です。
先ほど「明日から本気を出す」と仰っていましたが、その本気とは具体的に何を指しますか?
厳しいことを言うようですが、生半可な気持ちで潜れば怪我もしますし、帰ってこられない方もいます。
安定するまでは、お仕事を続けながら準備を整える方が無難です。
夢を否定したいわけではありません。
ただ、夢だけで潜った多くの方が、夢を形にできぬまま帰ってこなかった例を私は知っていますので。
それと……、つむりさんや他のメンバーと問題を起こすようなら然るべき対応を取らせていただきます。ご承知おきください。
【ダンジョン攻略始めましたさん】みずみずさんの説教が始まった。俺にも言われてるみたいで、さっきから痛すぎて染みる。
【さえこ】単純につむちゃんに触れようとしたから、怒ってるだけだと思うよ。
風切りのジンからのコメントは返ってくることはなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
しゅわらじ、ようやくダンジョンに立ちました。冒険したかどうかはさておき。
風切りのジンの伝説が始まるかどうかは種類によるかもしれません。
次回もゆるく続きます! また覗いてもらえると嬉しいです。




