85.
「まず便座から作ろうか」
わたしは【市場調査】を起動しながら、廃棄都市の一角を歩いた。
目に留まったのは、割れた陶器の山だった。
皿や壺の残骸が、瓦礫に混じって積み上がっている。
「ちょうどいいね。【資源分別】!」
淡い光が陶器の山を包んだ。
割れた破片がさらさらと砕け、純粋な陶土と釉薬の成分に分解されていく。
あっという間に、質のいい素材が手元に揃った。
「続けて、【仕様変更】!」
素材が光の中でゆっくりと形を変えていく。
トールが事前に描いてくれた設計図通り、滑らかな曲線を持つ白い便器が姿を現した。
「おお……」
トールが目を細めた。
「きれいな形じゃのう。座り心地も考えた形か」
「そう。長く座っても疲れにくいように丸みをつけてあるんだよ」
「細かいところまで考えとるんじゃな」
トールは便器をぐるりと一周しながら、職人の目で隅々まで確認した。
指先でふちをなぞり、底の排水口を覗き込み、満足そうに頷く。
「合格じゃ。次はタンクじゃな」
「うん。水の魔石、使えそう?」
「問題ないんじゃ」
トールが工具袋から取り出したのは、青白く光る小さな石だった。
水の魔石。
微量の魔力を供給し続けることで、水を生み出し続ける魔道具の素材だ。
「これをタンクの中に組み込む。魔力が続く限り、水が勝手に溜まり続ける仕組みじゃ」
「レバーを引いたら流れるようにできる?」
「任せるんじゃ」
トールの手が動きはじめた。
魔石をタンクに固定し、細い管を通し、レバーと連結させていく。
職人の手つきは迷いがなく、見ていて気持ちがいい。
しばらくして、タンク付きの便器が完成した。
「よし、試してみようか」
わたしがレバーを引くと、タンクの水がごぽりと音を立てて便器の中に流れ込んだ。
ぐるりと水が回り、排水口へと吸い込まれていく。
静かになった便器に、またゆっくりとタンクに水が溜まっていく音がした。
「……おお」
トールが珍しく声を漏らした。
「流れたんじゃ」
「流れたね」
「スライムなしで、穴もなしで、ちゃんと流れたんじゃ」
「そういうこと」
トールがじっと便器を見つめている。
目がうるんでいるように見えたのは、気のせいだろうか。
「……感動したんじゃ」
「気のせいじゃないんだね」
わたしは次の作業に移った。
「じゃあ次は個室を作ろう。古屋の廃材、使えそうなのあったよね」
「あるんじゃ。ちょうどいい木材がごろごろしとる」
二人で廃材置き場へ向かう。
トールの設計に従い、わたしが【資源分別】で木材の腐った部分を取り除き、使える素材だけを抽出する。
続けて【仕様変更】で板材を整え、トールが手際よく組み上げていく。
扉付きの個室が、みるみると形になっていった。
天井まで届く仕切り壁、しっかりと閉まる扉、内側から鍵がかけられる金具。
「できた」
トールが腰に手を当てて、完成した個室を見上げた。
そこへアナが駆けてきた。
「リオン様! できたんですか!?」
「できたよ。試してみる?」
アナは個室の扉を開け、中を覗き込んだ。
白い便器、水の溜まったタンク、レバー。
扉を閉めると、外から中が完全に見えなくなる。
しばらくして、扉が開いた。
アナが、なぜか感動した顔をしていた。
「……これは」
「どうだった?」
「落ち着いて用を出せます」
「よしよし」
わたしは満足げに頷いた。
領民の反応が一番の確認だ。
「仕切りがあって、鍵もかかって、誰にも見えない。すばらしいです、リオン様」
「でしょ。これがプライバシーってやつだよ」
「はい!」
アナが力強く頷いた。
そして少し間を置いてから、ぽつりと言った。
「……これなら、中に誰かを連れ込んで、いかがわしいことも——」
「それはやめて」
わたしは即座に遮った。
「でも個室ですし、鍵もかかりますし——」
「トイレでやらないで」
「リオン様が『プライバシー』とおっしゃるから——」
「そういう意味のプライバシーじゃないから」
トールが「ふむ」と腕を組んだ。
「まあ、使い方は人それぞれじゃ」
「トールまで言わないで」
廃棄都市に、文明の光が灯りつつあった。




