9.愛鳥マレ
二ヶ月前のあの日から、ジェフリーの愛鳥マレの消息を知る者は誰もいない。
アランの話では、濁流に飲まれたジェフリーを追い、そのまま姿を消したのだという。
けれど——マレは生きて、密かに私の元へ戻ってきた。
(マレが戻ってきてくれたからこそ、ジェフリーが生きていると確信したのよ)
◇
一部の有力な家臣たちのせいで、ジェフリーの捜索はたった一ヶ月で打ち切られ、遺体のない葬儀をするよう私に迫った。
(端から釣り合わない政略結婚だった。ジェフリーの庇護がなければ、何もできないお飾りの妻だと思われていたのね。すべては、私を早く追い出したかったのでしょうけれど)
元はといえば、有力な家臣たちは自分の娘をジェフリーの妻にしようと躍起になっていたが、ジェフリーはそれを阻止すべく、さっさと私を妻に据えてしまった。
(嫁いだ頃は、ずいぶん恨まれたものだわ。家臣の中には、私に敬意を払わず、侯爵夫人と認めない者もいたわね)
ジェフリーは、そういった家臣たちの横暴を見過ごさず、折を見て正そうとしていたけれど……まだ若い当主にとって簡単なことではなかった。
(結婚して2年……。今度は跡継ぎに恵まれないと騒ぎ出して、自分の娘を側室にしろと言い出したり)
“跡継ぎは、然るべき時に養子を迎えてもいい。僕は、側室は迎えないし、妻はタチアナひとりだ”——ジェフリーは、いつも毅然としていた。
だからこそ、家臣たちの忠言だけでは、私も葬儀をしなかっただろう。
でも——意外な人物が有力な家臣たちに加勢した。
(アラン……あなたがなぜ)
なんの力もない私がアランという強力な味方を失えば、結果は火を見るよりも明らかだった。
(頑なに拒めば、あれこれ理由をつけて、ボナパルト家を追われていたでしょうね)
その屈辱は、思い出すだけで腹の底が熱く燃え上がった。
(……ジェフリーを愛しているの。たとえ非難されようとも、この家に留まり——彼を必ず見つけ出すと心に誓ったのよ)
ただ、日が経つにつれ、使用人や騎士たちですら“もう生きていないのでは——”と囁く声が屋敷のあちこちで漏れ始め、私の心は次第に擦り減っていった。
葬儀のあと、ジェフリーの墓の前で抜け殻のように佇んでいたとき——突然、マレが目の前に現れた。
マレの体は汚れ、羽に傷も負っていたが、瞳には強い意志をたたえていた。
そして、マレの口にはジェフリーの徽章が咥えられていたのだった。
「ああ、ああ……マレ、ジェフリーは生きているのね」
私に応えるように、マレは大きく羽音を立てキィーッと鳴いた。
(何かがおかしい……。もし、事故ではなかったとしたら……誰かがジェフリーを陥れたのかもしれないわ……)
私の直感が警告している。
迷わずマレを隠すことに決めた。
密かにメラニーにマレを託し、私の生家であるモンレーヴ子爵家で、傷が癒えるまで預かってもらうことにした。
——もう一つ、マレは私に重要なことを知らせてくれた。
徽章の裏に付いていた花びら。
ゾラ村の固有の品種❝夢見草❞の花弁だった。
(ゾラ村……ゾラ村……トラン男爵だったかしら。ジェフリーが帳簿を何度も確認していたから、覚えているわ。たしか……発言力のある家臣たちに混じって、声高にジェフリーの葬儀を主張していたわね)
だから、私は必然を装って、このゾラ村にジェフリーを探しに来たのだった。
◇
私が村はずれの集落から戻った頃には、とっぷり日が暮れていた。
アランはまだ森から戻っておらず、晩餐の時間まで部屋で過ごすことにした。
「マレ?」
羽ばたきが聞こえた気がして、バルコニーへ出ると——ふいに私の肩へマレが舞い降りた。
「マレ! 昨夜から姿が見えないと思っていたら……今までどこに行っていたの? ううん、私には分かるわ。毎日……ジェフリーを見守ってくれているのね」
マレは、嬉しそうに顔を私の頬に擦りつけている。
「ふふ……くすぐったいわ。ねぇ、マレ……ジェフリーに危険が及ぶようなことがあれぱ、私に知らせてくれるわよね?」
マレの黒黒とした瞳が、私を真っすぐに見つめた。
そして、翼を大きく羽ばたかせ空高く飛び立ったかと思えば、そのままジェフリーのいる森へ飛んでいった。
その姿の先に、小さく森が見える——。
「冷えてきたわね……」
心に浮かぶ不安をかき消したくて、そっと呟いた。
なのに、冷たい夜風は——どうにもならない寂しさを、絶え間なく私に運んできてしまう。
(やっと見つけたのに……ジェフリーは私が分からなかったわ。それに、アランもあの嵐の日から、何かを隠しているような気がするの。これから、どうしたら……)
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