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10/22

10.蔑み

 アランが森から戻り――夜、トラン男爵との息の詰まるような晩餐を終えると、男爵は私とアランをトランプゲームに誘った。


 (断りたいところだけれど……。あまり冷たくすれば、家臣たちに余計な憶測を与えるだけだわ)


 アランは私に目配せをすると、すかさず口を開いた。


 「ちょうど夜に退屈していたところだ。タチアナ、構わないだろ? 男爵夫人もご一緒に……」


 私が頷くのを待って、男爵夫人は丁寧に腰を落として軽く頭を下げた。


 「せっかくですが、私はご遠慮させていただきます」


 そう言い残すと、男爵夫人はさっさと食堂を出ていってしまった。


 「まったく、顔も地味だが……性格も面白味のない女でお恥ずかしい限りです。タチアナ様のような方を奥方にできたジェフリー様が羨ましいですな。ハッハッハッ……次は、どなたがその幸運を摑むのでしょうねぇ」


 トラン男爵は、夫人が扉の向こうへ行ったのを確認してから、そう自分の妻をなじり、自らの欲望を垣間見せた。


 (この男……夫人の前では何も言えないくせに。あからさまに、私が子爵家へ返されるような発言をするだなんて、舐められたものね)


 すると、アランが、ドンッと荒っぽくワインのグラスをテーブルに置いた。


 「男爵、気が変わった。タチアナ、今日はもう失礼しよう」


 アランは私の椅子の後ろに立ち、小声で「もう行こう」と囁いた。


 食堂を出て廊下を歩く私たちを男爵が追いかけてきた。


 「も、申し訳ございません……私が何か失言したようで……」


 「失言? よくも、タチアナを侮辱しておいて……」


 私は、先ほどからズキズキしているこめかみを押さえ、アランと男爵の間に立った。


 「トラン男爵、よく覚えておきなさい。私は当主代理であり、今も侯爵夫人よ。()ではないの。いいわね」


 そう言い放ち、私は男爵の肩にわざと肩をぶつけ、そのまま振り返りもせず歩き出した。


 ぼそりと呟く男爵の声が、呪いのように私の耳に入ってくる。


 「なにが侯爵夫人だ……。夫人の座にしがみついて、侯爵家の権力が欲しいだけだろ。社交界ではデセル伯爵とできてるって噂だ。ふしだらな女がお高くとまりやがって」


 アランが拳を握り、来た道を戻ろうとするのを、私はアランに腕を絡めそのまま引きずるように歩いた。


 「タチアナ! どうして、あの男を許すんだ?」


 「まだよ、アラン。こんな失言を諫めたところで、あの男を本当に懲らしめることはできないわ。それに、社交界が私たちの仲を面白おかしく噂しているのも知っているのよ。だから……私のためにそこまでしないで」


 「タチアナ……どうして、傷つけられるのを我慢するんだ。それなら、いっそ噂が本当になれば……いや、なんでもない……」


 私はそれには答えず、辿り着いた部屋の扉を開け、振り向きざまに微笑んだ。


 「アラン、お互い収穫した情報を共有しましょう。悪い噂が立たないように、今日もバルコニーからお願いね」

 

 「わ、分かったよ。その薄氷のような笑みはやめてくれ。心臓に悪い」


 アランも、私がものすごく腹を立てている時の顔を知っている。


 ジェフリーが、よくそう言っていたのだ——タチアナが本気で怒っている時の笑みは、❝冬の湖に張る薄氷のようだ❞——「その笑顔を真に受けていると、実はその下に凍えるような冷たさが待っている」と。


 笑顔のまま、私は扉を閉めた。

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感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

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