11.前へ
アランは、約束どおりバルコニーから姿を見せた。
「侯爵家の補佐官が何をやってるんだか……」
「そんなことはいいから、アラン、早く……あの家族のことを聞かせてちょうだい」
逸る気持ちを悟られまいと、わざとあの家族と言った私の本心を探るように、アランはじっと私の顔を見つめた。
「……そうだな。先にタチアナの話を聞かせてくれ」
「ええ、分かったわ」
私は淡々と、訪れた集落の様子や岩山のことを詳しく話した。
「……なるほど。その様子だと、昼間に岩山を調べるのは難しそうだな。人々が寝静まった夜に調べるしかなさそうだ」
「アラン、今度は私も付いて行くわよ」
「なっ、無理を言わないでくれ。危険すぎる」
「だめよ。私を何も知らない、ただのお飾りの当主代理にしないで。お願いよ……この村で何が起こっているのか、自分の目で確かめたいの」
なかなかアランは受け入れてくれなかったが、最後は根負けして白旗を上げた。
(ふふっ……帰りの馬車は別々でと言っただけで、あんなふうに慌てて折れるだなんて。本当に子どもみたいね)
「じゃあ、今度はあなたの番ね」
アランはワインのグラスをテーブルに置くと、姿勢を正した。
「村人は……誰も、あの男が南の森にいることを知らなかった」
「なんですって?! それなら、ミロの……ち、父親ではないのね?」
「初めは、村人の口も重かったんだが……酒が好きそうな半端者を捕まえて聞き出した。女性の名はソフィア、年は俺と同じ25歳だ。おそらくミロの母親で間違いないだろう」
(私より3つ年上だけれど、もう、子どももいて……ジェフリーと同い年なのね……)
「そのミロなんだが、どうもトラン男爵の婚外子のようだ」
「……驚いた。それは本当なの? じゃあ、あの女性は……」
「妾だろうな」
「トラン男爵と20歳も離れているじゃない! まさか、地位を利用して無理やり……」
「どうだろうな。酒の席ではあるが、そいつの話だと、ソフィアはなかなか強かな女らしい。容姿を武器に、男爵に迫ったという噂もあるぐらいだ」
「ただの噂でしょう? もし、そうだとしても……年頃の女性が貴族の生活に憧れるのも理解できるわ」
私は必要以上にアランの言葉に反応した——無邪気に笑うミロを思うと、不憫な気がしたからだった。
「タチアナ……あの森の家族には近づかないほうがいい。トラン男爵の私生活は、俺たちが調査している問題とは関係のないことだからな」
アランの意図が理解できず、私は声を荒げた。
「関係ない? 何を言っているの? ジェフリーがそこにいるのに!」
「あの男がジェフリーだって? なら、ミロを送ったときの俺たちへのあの男の態度はなんだ? あれが二ヶ月ぶりに会った妻との感動の再会なら、俺の親友はとんだ愛妻家だな」
気づけば、私の瞳からボロボロと涙が零れ落ちている。
「タチアナ! 言い過ぎた……悪かったよ」
アランは間違っていないし、これまでも貴族たちが「ボナパルト侯爵は、容姿だけの夫人に飽きて愛人と蒸発したのでは」などと好き勝手に噂しようが、私は涼しい顔をしていた。
でも、あの日——ジェフリーの他人を見るような視線に、私は深く傷ついていたのだ。
見ないように心の奥底に仕舞っていた感情を、アランが引きずり出してしまった。
(アラン、私がジェフリーを見間違えるはずないじゃない。それは、あなたも同じでしょう? それなら……ジェフリーはどうして……あんな目を……。いいえ……ジェフリーが生きているだけでも感謝しなければ……。私は……そうすべきでしょう?)
慰めるアランの優しい声音も、背中をさする温かな手も、私の涙を止めることはできなかった。
——私は、アランが部屋を出てしばらくしてから、静かにバルコニーの扉を開けた。
両開きのガラスの扉を大きく開け放つと、それを高い空から見ていたマレが私の部屋を目がけて急降下した。
「マレ! 待っていたのよ」
いつものようにマレは私の肩に止まると、顔を頬に押し付け喉の奥でピィィッと鳴いた。
「しーっ、アランに気づかれてしまうわ。マレ、お腹が空いたでしょう」
私は、侍女のメラニーが荷物に忍ばせてくれていた干した肉を取り出し、マレに与えた。
「マレ……これからも……私のかわりに……ジェフリーを見守ってちょうだい」
そう言って、ふたたびバルコニーからマレを森へと放った。
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