27.アランの独白——真実
アランは、ジェフリーが行方不明になってから、胸の奥に仕舞いこんでいた真実がある。
(俺はどんな罰も受けよう。だが……タチアナだけには知られたくない——)
目の前で、タチアナとジェフリーが強く抱き合って愛を確かめ合う姿は、アランの心を激しく搔き乱した。
安堵と罪悪感、そしてどうしようもない嫉妬が、アランを呑み込もうとしていた。
——橋が崩落したあの嵐の日、木造の橋を細工し、混乱に乗じてジェフリーを亡き者にしようと画策したのは、確かにトラン男爵だった。
先頭を走るジェフリーの馬が橋を渡り始めた時、吹き荒れる風と雨の中、突然、雷が落ちたような激しい音と炎が上がった。
一瞬の間の後、橋の一部が音を立てて崩れ始めた。
アランの馬は橋を渡る直前でなんとか止まった。
先を行くジェフリーは咄嗟に馬の手綱を引き、馬を元来た道へ回転させると、鞭を打ってアランの方へ引き返してきた。
「急げ、ジェフリー! 間に合わない……」
アランの声より先に、無残にも橋は崩れ落ち、嘶く馬も川へ落ちてしまった。
鐙を力いっぱい蹴り出し、宙を舞うジェフリーが大きく手を伸ばして——アランはジェフリーの手首を確かに掴んだ。
もはやジェフリーの足元には一片の橋のかけらさえもなく、アランの手以外に頼るものはない。
「アラン!」
「ジェフリー!」
整った顔に苦悶の表情を浮かべ、ジェフリーも必死でアランの手首を握っている。
数メートル下では、川の水が轟々と音を立て、さらにうねりを増していた。
(よし、ジェフリーを引き上げるんだ!)
しかし——。
ふいに、アランの脳裏にタチアナの笑顔が浮かんだ。
(タチアナ……)
ほんの少し……ほんの少しだけ、邪な心がアランに芽生えた。
アランがハッと我に返った時には、ジェフリーの手首を離した後だった。
「ワァァァァーッ」
ジェフリーは獣のような叫びをあげながら、轟音と濁流で渦巻く暗い川の中へと消えてしまった。
「あ……ああ……ジェフリー!」
その後は、どうやってボナパルト家へ戻ったか覚えていない。
覚えているのは、ジェフリーが行方不明になったと聞いたタチアナが、美しい顔をみるみる歪め泣き崩れる姿だった。
◇
タチアナと最初に出会ったのはいつだったか。
ジェフリーとの結婚式だとタチアナは思っているが、本当はそうではない。
初めてタチアナを目にしたのは、タチアナが成人を迎えたばかり、デビュタントの夜会だった。
淡いピンクがかったプラチナブロンドに潤んだ菫色の瞳、透き通った肌——胸元に金の刺繍が施されたペールピンクのドレスがとてもよく似合っていた。
18才とは思えない美しく大人びたタチアナは、たちまち令息たちに囲まれた。
その表情は形だけの笑みを浮かべ、どこか諦めのベールを纏っていた。
(デビュタントだというのに、えらく落ち着いているな。普通、あれだけ注目されれば、浮き足立つものだが……)
アランは大広間に足を踏み入れてからというもの、タチアナから目を離せずにいた。
「アラン、もう今夜の相手を見つけたのかい? ほどほどにしろよ。“デセル家の名を汚すな”と、またおじさんに叱られるぞ」
背後から聞こえる令嬢たちの嬌声で気づいていたが、振り返るとジェフリー・ボナパルト侯爵が立っていた。
「あははっ、確かにな。父上が“お前が息子なら良かったのに”と嘆いていたな」
アランの家門が代々ボナパルト家で補佐官を務めているということもあり、幼い頃からジェフリーの護衛兼遊び相手として共に育った仲だ。
知ってか知らずか、アランよりジェフリーの方が夫候補として令嬢たちに狙われているが、本人はそれを利用することもなく、いつも涼しい顔でかわしている。
「ん? 何やら、あそこはえらく令息たちが熱くなっているようだが……」
そうジェフリーがタチアナの方へ視線を向けた時、アランはなぜかタチアナを見つけないで欲しいと願った。
「あー、今年デビューの子爵令嬢だ。中位以下の令息が、高位貴族に先を越される前に自分をアピールしているんだろ」
わざとアランはそう言った。
まるで、子爵令嬢などボナパルト侯爵には似つかわしくないとでもいう風に。
実際、中位以下の家門は、高位の家門が選ばなかった令嬢から婚姻相手を探さねばならなかった。
しかし、当人同士が恋愛関係にあれば、余程のことがない限り高位貴族の令息が目に留めることはない。
だから、夜会で目ぼしい令嬢を見れば、皆、なにかしらの縁を結ぼうと必死なのだ。
「ふーん、そんなに魅力的なのか……。ははっ、僕は先に他の令嬢の縁談を断ってからじゃないと、あの輪に参加するのは難しそうだ」
ジェフリーは気のない返事をしたが、その瞳はタチアナを捉えた瞬間——わずかに揺れた。
(珍しいな……。こいつ、タチアナ嬢に興味を持ったのか? だが——あの子を最初に見つけたのは、俺だ)
アランは、ジェフリーが令息たちを蹴散らしてタチアナをダンスにでも誘うかと身構えていたが、予想に反して、ジェフリーは他の令嬢の誘いに応じてダンスし始めた。
「相変わらず、目を奪われるステップだな」
流れるようなステップに、貴族たちから感嘆の声が漏れる。
アランは、ふとタチアナの方へ視線を遣ると、わずかに動揺した。
先ほどまで薄い笑みを崩さなかったタチアナは、一瞬、息を呑んだ後——ジェフリーを視線で追うたびに、沈んでいた菫色の瞳が次第に光を帯びていく。
(あれは……恋……か? いや、いや、どんな令嬢もジェフリーには骨抜きにされる。それに、どうせジェフリーは恋をしない“氷の貴公子”だからな)
そう高を括っていたのが、アランの失敗だった。
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