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24.愚か者たちの密談

 床に倒れたタチアナを、ソフィアは思わず足先で確かめるように(すね)の辺りをつついた。


 「旦那様! もう薬が効いたようです」


 「少量でこれだけの即効性があるとは……高い金を出しただけはあったな。ソフィア、ほら、望みの物だ」


 トラン男爵は、金貨の入った袋を床へ放り投げた。


 ()()()と鈍い音を立て床に落ちた袋を、ソフィアは慌てて拾い上げる。


 震える手で急いで袋の中を確かめると——ソフィアがどれほど働いても、決して手にできないほどの金貨が詰まっていた。


 (アハハハ……邪魔な女を片付けただけで、こんな大金を貰えるなんて! これだけあれば……ピエールに良い思いをさせてあげられる。私だって、お金さえあれば……ピエールを簡単に振り向かせられるわ。そうよ、私に足りなかったのはお金だけ——)


 ソフィアはこれまでの自分がそうであったように、愛は心ではなく、金や体で掴むものだと思い込んでいた。


 「あ、ありがとうございます……。旦那様、これまでお世話になりました」


 それだけを言って深く頭を下げると、くるりと踵を返し扉へと急いだ。


 その顔には、男爵が一度も見たことのないような喜々とした笑みが浮かんでいた。


 取っ手に手を掛けた、その時——。


 「ソフィア」


 男爵の捕食者特有の低い声に呼び止められたソフィアは、取っ手に手を掛けたままピタリと足を止めた。


 「お前は自由だ。ミロも連れて行くがいい」


 ソフィアは小さく息を吐き出すと『はい』とだけ答え、振り向きもせず急ぎ足で立ち去った。


 (やった、やったわ! 私は自由よ!)


 家の扉を勢いよく開け、ソフィアが走り去っていく後ろ姿を、男爵は部屋の窓から愉快そうに眺めていた。


 (ソフィア、その金を持ってどこへ行くつもりだ? さしずめ新しい男でもできたのだろう。だがな、お前の行き着く先は地獄だ。貴族を害した罪でな。ぐふふ……ふふふっ)


 


 ——今より遡ること数時間前。

 

 空が白み始める前、珍しくソフィアが男爵の寝室に現れた。


 (こんな時間に何の用かと怪しんだが……。この俺と取引とは、ずいぶんと生意気になったものだ)


 金の無心か妻の座でも欲しがるのかと思ったが、ソフィアは予想外の対価で取引を持ち掛けてきたのだった。


 その取引とは——。

 


 「お前が秘密の通路を使って来たということは、ミロに何かあったのか?」


 「いいえ、旦那様。お願いです……私を自由にしていただきたいのです」


 「なっ!?」


 「見返りなしにとは申しません。ミロも置いていきます。それに……あの令嬢を旦那様の女にしてみせます!」


 「あの令嬢?」


 「はい! 淡いピンクの……ああ、もう、旦那様! プラチナブロンドの美しい令嬢ですよ。旦那様のお客様ではないのですか?」


 (ソフィアがどこで会ったかは知らんが、令嬢とはタチアナのことだろう。ふむ、このままでもタチアナはヴィクトール様が下賜してくださるのだが……)


 男爵の頭に黒い企みが浮かんだ。


 「俺の客人だが……自分が何を言っているのか分かっているのか? 平民の妾ごときが、軽々しく口にして良い御方ではないぞ」


 「私が旦那様の妾になれたのは……この容姿のせいだけではありません。旦那様が何を欲しているのか、誰よりも理解しているからです。そうではありませんか?」

 


 身分の差はあれど、互いに元は貧しく、同じ反吐が出るような境遇を生きてきた。

 だからこそソフィアは、男爵の卑しい望みをいつも見抜いていた。

 

 (ただ、旦那様は運が良かっただけ。私も、機会さえ掴めれば——幸せになれるはずよ)

 

 そう、ソフィアは信じていた。



 「ほぉ、俺が何を欲しているか分かると……面白い。お前の計画を言ってみろ」


 ソフィアは、男爵に自分の計画を伝えた。


 その計画には、女の勘だろうか——タチアナの純粋さを巧みに利用した、したたかな計算が織り込まれていた。


 (あの令嬢は、きっとピエールのことを知っている。あの目は、ピエールを恋しがっていた。いくら警戒心のある貴族令嬢でも恋しい人には勝てない。必ず、もうひと目会いたいと思っているはず……)


 男爵はソフィアの計画を聞きながら、別のことを考えていた。


 (ちょうど、ソフィアとミロも用済みだと思っていたところだ。貴族を害した罪で、親子を片付けるのも悪くない。ミロの母親がタチアナを害したとなれば、セシルもミロを諦めるしかないだろう)


 男爵夫人セシルが心の奥底では流産した子どもとミロを重ねて、実の子のように愛していると、男爵は気づいていた。


 (平民の血が混じったわが子より、貴族の血が混じったわが子を願うのは当たり前だ。ソフィア、自らの自由のためにわが子を捨てるような女なら、なおさら俺には相応しくないだろ? 俺はもっと高みへ昇るべき男だからな)


 ◇


 どうやら私は——まんまと、トラン男爵とソフィアさんの罠にかけられてしまったらしい。


 遠のく意識の中、心から自分の愚かさを悔やんだ。


 (ああ……私ったら、なんて馬鹿なの。ジェフリー……もう一度だけでいい、あなたに会いたい……)

感想やリアクションをいただけましたら、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

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