14.知略を尽くして
「ん……?」
アランがぽかんとした表情で私を見た。
「アラン、当主の指紋があるじゃない。これで、ジェフリーだと証明できるわ」
当主の指紋——それは、貴族家の当主の証。
帝国では当主が交代するたびに、騙ることができないよう皇宮の貴族台帳に拇印を登録するのだ。
そして、皇帝の印章の入ったその写しは、各貴族家でも保管されている。
「ああ、その手があったか……」
アランはそう言って指をパチンッと鳴らしたが、声音とは裏腹にその表情に晴れやかさはなかった。
「大丈夫よ、アラン。万が一、異議を唱える者がいたとしても、誰が皇帝の印章を偽造できるというの? それに、原本は皇宮にあるのだし、時間がかかっても証明できるわ」
「タチアナは本当に強いな……」
「私が? そうかもしれないわね……。アラン、あなたがボナパルト家から写しを持って来てちょうだい」
「なんだって? タチアナをこの村に置いて行けるわけないだろう! 一旦、一緒に帝都へ戻ろう。そして、陛下に……」
「それでは遅いのよ! ジェフリーに危険が迫っているかもしれないの……もう、失いたくない!」
私とアランの間に重い沈黙が流れ、どちらも互いから視線を外さず一歩も引かなかった。
すると、堪えきれないように突然アランは私に歩み寄り、岩肌の壁際まで追い込むと、両手を壁につき私は身動きを封じられてしまった。
息がかかるほどの距離。
アランは絞り出すように言葉を紡いだ。
「あの森の男の……ジェフリーの記憶がもし戻らなかったら? ボナパルト家に戻りたくないと言ったら? タチアナはどうするんだ……。これ以上——傷つくお前を見たくない」
最後の言葉だけは、はっきりと聞こえた。
(これ以上ですって? 私は……あなたにも、家臣や貴族たちにも傷つけられてなんていないわ。ジェフリーを失った絶望に比べれば、そんなことどうでもいいの)
私はアランの両腕を掴み、ゆっくりと押し戻した。
そして、その両腕の間をすり抜けるように身をかわすと、パンッ、とアランの頬を打った。
「私は侯爵夫人……無礼は許さないわ」
アランは黙ったまま、手を胸に当てて片膝をつき頭を下げた。
私は胸の奥に溜まったつかえを吐き出すように、ひとつ、深い呼吸をした。
「アラン、良き友として心配してくれるのは嬉しいわ。でも、甘くみないで。そんなちっぽけな覚悟でボナパルト家に嫁いでいないの」
「それでも俺は……。もし……この先、望まない結果だとしたら、タチアナはどうするつもりだ? 俺は、お前の口からはっきり答えを聞くまでは不安なんだ」
「そうね……。すべては、ジェフリーの意志に従うつもりよ」
アランは何かを言いかけたが、言葉を飲み込むようにして、ゆっくりと口を閉じた。
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