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繰り返されるテンプレート

◇◇◇◇◇◇◇

(辺境伯令嬢・ソフィアの場合)


「ソフィア、お前を愛することはない」

「……」

「元より釣り合いが取れてないのだ、なぜ私が辺境での田舎者など……」


辺境にある実家から、馬車でニ週間。

長旅を経てようやく辿り着き、三日空けて行われた結婚式の後に新郎になった男はそう言った。

これからお披露目のために準備をしてた控え室に突然押しかけ、侍女たちを追い払ったかと思えば、そんなことをのたまう。

表情がスン、としてしまったのは自然だろう。


「いいか、陛下の勅命なので結婚はするが、私から情をもらえると思うなよ?大人しくしてれば生活は保障してやる。子どもも跡継ぎさえ生まれれば文句はないだろう」

「……」

「由緒正しいアイゼンバーグに辺境の血が混じることは許しがたいが、これも妥協してやる。見栄えの良い体格の息子でも生まれたら、陛下の覚えもめでたくなるかもしれんしな」

「…………」

「とにかく!私の妻となるからには、最低限の振る舞いはするように!繰り返すが、お前を愛することはないからな!」


「………………言いたいことは以上ですか?」


ドヤ顔で言い切った夫に対してニッコリ笑うと、その前にお披露目用ドレスのまま立つ。

血は飛ばさないように、骨も折らないように加減して……。


「ふん!」

「うぎゃっ!!」


思いっ切り振りかぶって、公爵様の美貌に右ストレートを打ち込んだ。

衝撃でよろめいてるところに足払いを掛けて倒し、腹の上に座ってマウントを取り、高い鼻めがけて再度拳を振り下ろし--寸前で停める。

私の右拳を見つめる旦那様がガタガタ震え出した。


「あらいけない。これからお披露目だって言うのに、鼻を潰してしまったらお美しいお顔が台無しになってしまうわね?旦那様」


あらあら、泣きだしちゃった。


「な、なにを……」

「何って。言葉の暴力には右拳、と言うのが我が辺境伯のモットーですわ。ご存知ない?」


腫れてきた頬をつついてやる。

痛みが響くのか、旦那様は小さく呻いた。


「ねえ旦那様。私があなたに愛されたくてここにやってきた、と思ってらっしゃるの?自由で逞しい実家を捨てて、気心の知れた仲間たちを置いて、二週間馬車に揺られて、あなたの花嫁に喜んでなりにきたと?……自惚れるのも大概にしろよお坊っちゃん」

「ひっ」


あぁ地が出てしまった。まあ殴った後なら今更か。


「こっちだって王命を受けてやってきたんだ、でなきゃ誰がお前みたいな口だけの頼りない男に嫁ぐものか。『愛することはない』?おおいにけっこう、そんなもんのために体張ってないわ!」

「あ、うあ」

「これが初夜の前で誰にも会わせずにすんだなら、とりあえず利き手じゃない方折ってたな。腕一本不自由でも閨くらい出来るだろう?薬も用意されてるって聞いたし……いや、今からでも折るか?見えなければ……」

「ひっ!ご、ごめんなさい!」


まぁ折らないけどね。

襟首を持って顔を引き上げる。

綺麗な顔だなぁ。頬腫れてるけど。

紫の瞳に、それはにこやかな自分が映ってた。


「辺境が田舎なのも私が田舎者なのも本当のことなので文句はありません。ですが、私を侮るのは許しがたいです。あなたの態度は周りにも影響するのですよ?使用人たちや寄子に馬鹿にされたらどうするのです?私の産む子どもは?私の実家は?もうちょっと考えて発言なさい」

「ごめんなさい!!」

「お互いに干渉はしない、生活の保障はする。それでいいですが、子どもが生まれたら私は面倒を見ます。あなたはどうします?干渉しないのなら私が思うように育てますけど」

「か、干渉します!子どもにも、き、君にも!」


なんだか必死に言われた。思いもよらない言葉にキョトンとしてしまう。


「私はいいんですよ旦那様。子どもにだけ目を向けてくれれば」

「嫌だ!干渉します、させてください!」


襟首を掴んでる手を握って請われてしまった。

ううん?


「まぁ、それでもいいですけど。ひとまず侍女を呼んで頬の手当をしてもらいましょう。お披露目、延ばしてもらいます?」


腹から退き、襟首をそのまま引き上げて立たせる。

うん、身長高いな旦那様。

私は手を離すが、旦那様は手を離さない。なぜ。


「延ばさなくていい、私が愚かだったのだから。少し冷やしたらこのまま向かおう」

「明らかに殴られたってバレますよ?」

「いい」


キッパリと言われてしまう。本人がいいならいいか?


首を傾げつつ侍女を呼ぶと、アイゼンバーグ家の侍女たちの悲鳴と、辺境伯から連れてきた侍女の怒号が控え室を埋め尽くした。




◇◇◇◇◇◇◇◇


あまりのカッコ良さに絶句。

正確には初夜手前ではあるけれど、本人の主張する通り初夜でやらかされてたら、一層手加減無く文字通り叩きのめしてたんだろう。

ソフィア様……素敵……!

俄然領地に行きたくなってきました!

お会いしてぜひお話を!


私の目が輝いてることに、語り部のお義姉様は満足げ。


「と言う流れで、王族臨席のお披露目に頬を腫らしながら浮かれる新郎と、説教を食らって意気消沈の新婦が腕を組みながら入場したんですって」

めっちゃ見たかった……!

コクコク頷いてしまう。

「お祖父様、浮かれてたんですか?」

「うら若き乙女から右ストレートと説教を受けたのが衝撃的だったみたいでね。そこからデロデロの甘々」

「ちょろっ」

思わず感想が漏れた。

ルシウス様、お祖父様似か?

「一年くらいお祖父様の新妻へ捧げる猛アタックがあって、当初はうんざりしてたお祖母様もさすがに絆されたみたい。んで、記念すべき結婚式を上げた一年後に懐妊が発覚して、お父様が誕生」

「すごい物語です……!」


まさかの物理でやり込めるとは。

私もそっち方向に鍛えてたら良かったかな?


「そして、その愛の結晶であるお義父様も、やらかしたんですね?!」


ぐるん、とお義母様の方へ期待を込めて視線を向けると、お義母様はカップを静かに下ろした。



「そうね、お義父様のやらかしを伝えるかどうか迷ったらしいんだけど。その前にやらかしてた曽祖父様のお話はされなかったそうだし、何よりお義父様ご自身が恥ずかしくて、伝えないでほしいって懇願されたそうよ。おかげで旦那様……リカルド様も見事に踏襲なさったわ」



◇◇◇◇◇◇◇

(侯爵令嬢・ミモザの場合)


「ミモザ、君を愛することはできない……すまない」

「……」


憂いを帯びた伏し目のまま、本日夫になったリカルド様はそう告げた。


朝からドレスアップのための苦行を耐え、式では清楚ににこやかに振る舞い、お披露目で多くの注目を集めて顔を引き攣らせ、ようやくお役目を終えた夫婦の寝室で。

開口一番にそんなことをのたまう男がいる。目の前に。


「すまない、ですか?」

「そうだ。婚約した時から愛そうと努力してたんだが……やはり彼女を忘れることができなかった。申し訳ない」


彼女、ですか。臆面もなくよくもまぁ。


苦しげに言うリカルド様曰く「彼女」とは、学園で噂になってたあの子爵令嬢のことだろう。

婚約者がありながらよくやるもんだ、とは思ってた。

そのうち「ミモザ!君との婚約は破棄する!」とかやるのかねー、なんて友達と話してたけど。

卒業パーティーも無事に終え、破棄しないまま式まで終えたのでてっきり吹っ切ったのかと思いきや。

……未練がましい。


「ではどうするのです?リカルド様有責で離縁しますか?」


そう聞くと、彼は決意を固めたような目つきで私を見た。


「離縁はしない。両家を不仲にしたくない。跡継ぎもきちんと作ろう……だが君を愛することはできない。それだけわかってくれ」


キリッと言い切った。

……何を酔ってますかこの阿呆。


私はベッドサイドにあるベルを勢い良く鳴らした。

音量にリカルド様が目を瞠る。

すぐさまノックがされた。


「リカルド様。ミモザ様。いかがなされました?」

「え、いや」

「入ってちょうだいセザール」


狼狽するリカルド様を無視して入室を許可する。

廊下で待機してたセザールがスッと入室し、私とリカルド様を見比べて目を細める。


「どうなさいましたミモザ様」

「セザール、なんでも……」

「リカルド様がふざけたこと仰るからお義母様に説教していただこうと思って。お話を通してくださらない?」

「ミモザ!」

「……承知しました。しばしお待ちください」


またスッとセザールが出ていくと、リカルド様がキッ!とこちらを睨んだ。


「ミモザ!どういうつもりだ?!」

「それはこちらのセリフですわリカルド様。在学中も婚約者がありながら不貞を働いて、学生の間だけなら大目に見ようと黙っていたのに、『やはり彼女を忘れることができない』ですって?わたくしを虚仮にするのもいい加減になさって」

「不貞なんか働いてない!」

「今まさに、彼女を忘れてないから愛することはできないと仰ってましたよ?肉体関係は置いておいたとしても、心は立派に不貞です。そんな理由でわたくしを拒否する男は信用できません」

「拒否はしてないだろう!」

「ではなんのためにわたくしに打ち明けたのです?愛することができなくても、黙ってればわからなかったでしょうに。愛せない、だから初夜は出来ないと言うかと思ったら跡継ぎは作るだなんて……気持ち悪い」

「きっ?!きも?!」

「心は彼女のもの、でも色欲は満たしたいなんて浅ましくて気持ち悪いです。好きな人と添い遂げられなかったご自分に酔ってらっしゃいます。添い遂げられなかった、ではなく、添い遂げる勇気も覚悟もなかった、でしょう?リカルド様。いつまで恋愛ごっこの余韻を楽しんでるんですか。卒業して成人なさってるんですから、悲劇のヒーローぶるのはおやめになって」

「、ミモザ……」


言いたいことを言えてだいぶスッキリした。

リカルド様の愕然とした表情にも胸が空く。

そうだ、お義母様にお会い出来るなら……。

私は鏡台の抽斗に入れておいたファイルを取り出した。

立ちすくむリカルド様に手渡す。


「?これは?」

「学生時代のあなたの不貞を記録したファイルです」


言い放つと、ビシッ!と固まった後に慌ててページを捲りだす。

すごい勢いでめくり、中頃でスピードが落ち、パタンと閉じてファイルと一緒に頽れた。

力の抜けた手からファイルを取り戻す。


「力作でしょう?同じクラスにゴシップ好きなお友達がいましたの。リカルド様と彼女がちょうど読んでた小説のように振る舞うので、どこまで忠実に再現してるのか一緒になって検証しました。さすがに植物園の人気のないところで口づけを交わしたかまではわからなかったのですが……いかがです?」

「してない!」

「そう。ではここは✗ですわね。あと何個か知りたいのですが、覚えてる限りでいいので教えてくださいな」


もうちょっとで完成するのだ。本人の協力があるなら、なおさら精度が高くなる。

こちらを見上げるリカルド様の紫の目が潤みだす。

そこに最上級の笑顔を見せつけてやった。



「本日が無事に終わったら破棄しようと思ってたのに、残念ですわねリカルド様。わたくしは精魂込めた学生時代の集大成が日の目を見ることができて、清々しいですけど。これを持ってお義母様に報告しに行きましょう。さ、キリキリ立ち上がって。お義母様曰く『夫に染み込ませた右ストレート付説教』を、その身に教え込むのですよ?」



◇◇◇◇◇◇◇


お義母様は理論攻め証拠付か、なるほど。

同じテンプレートでも個性が出る。


もちろんお義母様の冷徹な打ち込みも大層素敵だった!

ルシウス様の身では、絶対耐えられないと思うけど。


「結局、お義父様は右ストレートをお受けになったんですか?」

「右ストレート、左フック、トドメに掌底だったかしら?強かったわお義母様……」

夢見るようにうっとりするミモザお義母様。

3発ですか、それはそれは。

「おろおろするお義父様を横目に、リカルド様の背中を踏んづけてね。今すぐ離縁して去勢して廃嫡されるか、お義母様のご実家の辺境伯家で三ヶ月しごかれるかどちらか選べって突き付けてらした。お顔が腫れて話せなかったから、身振り手振りで辺境伯家に行くって主張なさって。翌朝すぐさま出立されたわ。結局合格ラインに達するまで半年掛かったんだけど、帰ってきて早々に目の前で土下座されたの」

究極の選択だ。

それにしても、親子揃って土下座とは……。


「お義母様は、その土下座で許したんですか?」

「まさか。帰ってきて一年は無視してたわ。その間ひたすら贈り物と謝罪の手紙を贈ってきて、家の仕事もわたくしの分まで一人でされたの。社交もお一人で行かれたのよ?どなたかに聞かれたら『全面的に私が悪いので、償いの最中だ』って公言して。それを例のお友達から聞いて、なんとなくお話してみようかなと思ったからお茶に誘ったのが最初」

「一年半ぶりのお茶、ですか」

「ふふ。わたくしの好きなピンクの薔薇の花束を持って、ガチガチに緊張しながらやってきたリカルド様を見て、婚約したての頃もこれくらい緊張してたわって思い出したの。それから少しずつお話して。わたくしの好きな小説の内容を踏襲するのに、緊張せずに話せる令嬢を伴にしてたとか。初夜で上手く出来なかったらどうしよう、って不安が高じて変な見栄で彼女を引き合いに出してしまった、とか。正直なんの言い訳、とも思ったけど。一年半前よりはリカルド様の言い訳を聞いてあげよう、と思えるようになったから、また夫婦になったのよ」


そう言って、お義母様は夫婦になった証のお義姉様と、同じく証のルシウス様を伴侶に持つ私に向かって、それは艶やかに微笑んだ。




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