第五話 おっさん、弁当を食う②
サイプルの足元には、空っぽになった弁当箱が一つ転がっていた。米が一粒たりとも残っていない、綺麗な空箱だ。そして、それを生み出した少年の手には、すでに新しい弁当が握られている。その弁当箱の中に目をやれば、中身の半分以上はサイプルの腹の中へと納まっているようだった。隙間が目立つ弁当に、俺は驚きを隠せない。
それもそのはず。なにせ、俺の記憶が正しければ少年が食べている弁当の数は、今ので五個目のはず……なのに、彼の食べる勢いが衰える気配は一向に無いのだから。
――ブラックホール?
そんな言葉が脳裏をよぎる。食が細くなりつつある、おっさんにとっては胃もたれがしそうな光景でしかない。
サイプルの規格外な食べっぷりに唖然となりつつも、俺の視線は下へと降りてゆき、大量の食べ物が詰まっているであろう少年の腹に釘付けとなっていた。
「師匠、どうかされましたか?」
「……お前の腹、どうなってんの?」
「?」
「なんで、そんなぺったんこなんだよ?」
あれだけの弁当を食べているにもかかわらず、サイプルの腹は全然膨らんでいなかった。何か細工でもしているのだろうかと思わず疑ってしまう。
俺なんて少しでも油断したら、すぐにポッコリ中年腹になるというのに……代謝か? おっさんと少年の基礎代謝というのは、こんなに違うものなのか?
突き付けられた現実に軽く落ち込みながらも、体型維持の秘策があるのならば是非ご教授願いたいものだ。しかし、当人は問われた内容に小首を傾げるだけだった。
「なんで、と言われましても……自分にとっては、これが普通ですので」
「……お前、それ絶対女性の前で言うなよ」
「何故!?」
圧のある声で釘を刺すと、サイプルから困惑の声が上がる。
年若い彼は知らないのだろう。美しさに余念がない女性陣の前で、今の発言をすれば、どんな目にあうのか……デリカシーの無い言葉を発したかつての友人の末路を思い出し、俺はブルリッと身震いした。
「ていうか、唐揚げばっかで飽きないのか?」
「飽きる、とは?」
「あー……いや、なんでもない」
こてん、と首を傾げる少年。その純粋な目に照らされ、自分はなんて愚かな質問をしたのだろうと反省した。唐揚げ大好き少年に、これ以上おっさんが野暮なことは言うまい。俺はそう心に誓った。
「美味いか?」
「とっても美味しいです!」
ニコォ、と幸せたっぷりの笑顔。全身から幸福オーラが溢れ出ているサイプルを見ていると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。
「そうか……よし、俺の唐揚げを一個やろう」
「いいのですか!?」
「あぁ。その代わり、よく噛んで食べるんだぞ」
「はい!」
「水分補給も、忘れるなよ」
「ふぁい!」
渡した唐揚げを、すぐさま口に放り込む少年。大好物が丸々一個入ったその頬はパンパンだ。見た目に反してわんぱくな食べ方をするサイプルに頬の筋肉を緩めながら、俺は残りの弁当をたいらげていく。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ食事の終了の言葉を口にする。その様子をサイプルがじぃー……と見ていたので、恐らくこれも真似するつもりなのだろう。勉強熱心なことだ。
「……ゴミって、どうすればいいんだ?」
腹が満たされた証拠として手元に残った、廃棄物たち。ごくごく普通のプラスチック製品ではあるが、このアルテルの世界では異端な品物である可能性が高い。無暗に捨てるわけにも、この場に放置するわけにもいかない。第一、そんな非道徳的なことしたくもない。
そこら辺に埋めても、プラスチックだから自然に還らないだろう。だからといって、ゴミを持ち歩きながら旅をするというのも、なんだかなぁ……
頭を悩ませている俺の耳に、軽いクラクションの音が届く。
『ゴミは私が処理します。どうぞ、こちらに』
そう言うなり、華はパカッと給油口を開けてくれる。
本来であれば、ガソリンを入れる時に使うべき箇所。そんなところに、ゴミなんか入れてもいいのだろうか……
俺は恐る恐る中を覗いてみる。すると、そこにあったのは、ぽっかりと穴が開いたような空洞。
給油ノズルを差し込む口の代わりに配置された、底のない沼のような空間に俺はたじろいだ。
「だ、大丈夫なのか?」
『問題ありません。試しに、そのゴミを給油口へ近づけてみて下さい』
華の真っ直ぐな言葉を信じ、俺は持っていた空の弁当箱をゆっくりと給油口に近づけてみる。すると、ゴミはすぐさま給油口に吸収された。
「ぅお!?」
持っていたゴミのサイズは給油口より明らかに大きかったはずなのに、あっさりと吸い込まれてしまった。手品みたいな光景に思わず、驚きの声が漏れてしまう。
ゴミが無くなった手をまじまじと見つめている俺の脳内に、華のクスクスと小さな可愛らしい笑い声が響く。
『取り込んだゴミは分解し、私の活動エネルギーへと変換します。いわば、これが私の食事です。なので、ゴミの処理は全て私にお任せください』
笑み交じりにそう説明してくれる華はどこか自慢げで、とてつもなく頼もしかった。
さすがは俺の相棒! と言いたいところだけど……食べ物を用意するだけじゃなくて、後片付けまで一人で出来る華には、もう俺なんて必要ないのかもしれないな。
喜びと寂しさが入り混じった、複雑な感情。経験ある痛みが、じわりと俺の胸を侵食していく。
――色々なお店が入るみたいなの。開店が今からとっても楽しみだわぁ。
再生される常連さんたちの言葉に、心臓がギュッとなる。塞がったはずの穴が、また開いていくような感覚だった。余計なものを振り切るように、俺は地面に転がっていた他のゴミもどんどん給油口へと運んでいく。
「腹が、じゃないか……容量がキツクなったらすぐに言えよ。無理しなくて、いいからな」
『大丈夫です! まだまだ食べられます!』
プップー! とクラクションを鳴らす華。まるで子供のように食事を催促してくる相棒を見た瞬間、俺の強張った心がゆっくりと解けていった。
『マスター、嬉しそうですけど、どうかされましたか?』
「え!? あ、いや……華が可愛いなって」
『!! ありが、とう……ございます』
もごもごと歯切れ悪く言葉を紡ぐ華のヘッドライトが不自然に点滅している。恐らく、これは照れているのだろう。こんなおっさんの想いを突き返すことなく、素直に受け取ってくれる相棒の姿に胸の中がふんわりと暖かくなった。
「華が相棒で、本当に良かった」
『私も、です……マスターがマスターで、とっても嬉しいです』
ポツリと呟いた言葉に応えてくれるのは、恥じらいを滲ませた柔らかな声音。そこから感じる嘘偽りのない想いに、愛しさがこみあげてくる。
天井知らずな華の可愛らしさのおかげで、広がりかけた穴はいつの間にか塞がってしまっていた。
ちょっとしたことで落ち込み、ちょっとしたことで心が満たされる。おっさんとは実に単純な生き物である。
扱いやすい自分自身に内心呆れながらも、相棒の空腹を満たすため俺はせっせと手を動かしていくのであった。
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