第四話 おっさん、相棒に感動する②
「じゃあ、この金は有難く使わせてもらうな。ありがとう」
「お役に立てて、よかったです……ちなみに、何を食べる予定ですか?」
「あー……まだ、決めてないけど……」
そう言うと、サイプルの瞳が分かりやすいくらいにキラキラと輝きだす。深紅の瞳には“期待”という二文字が、でかでかと書かれていた。
「えっと、何か希望は――」
「唐揚げ弁当がいいです!」
食い気味で迷いなく希望を告げてきた少年に、俺は思わず笑ってしまった。予想通りすぎる。
「お前、本当に好きだな」
「はい! あんな美味いもの初めて食べました!」
魅惑的な味を思い出したのか、サイプルは涎を垂らす一歩手前だ。神様の子供をここまで虜にするとは……さすがは唐揚げ。全人類の永遠のアイドルである。
「りょーかい。じゃあ、華。唐揚げ弁当を頼めるか?」
『フフ、かしこまりました。マスターも、同じものでよろしいですか?』
「あぁ」
『分かりました。では、ここにお金を入れて下さい』
華の近くに四角の空間が現れた。丁度、硬貨が入るくらいの大きさの空間は、予想するに金を挿入する場所なのだろう。俺は迷わず銀貨を全てそこに突っ込んだ。
『ありがとうございます。では、少々お待ちください』
そう言うや否や、華の体が淡く光り出した。
「ぅお!? なんか光ってるけど、大丈夫なのか!?」
『ご安心ください。商品を入荷しているだけです』
焦る俺とは対照的に、華はいたって冷静だ。抑揚のないその声に、俺の心配性な性格が頭をもたげる。本人が大丈夫、というから問題ないのだろうが……俺の中の不安は膨らむばかりだ。柔らかな光に包まれる相棒の周りを、ウロチョロと動き回り様子を窺ってしまう。
「痛かったり、苦しかったらすぐに止めるんだぞ? 無理だけはするなよ」
「師匠、過保護すぎます」
「うるせえよ。心配なものは心配なんだから、仕方ないだろ」
そんな悪態を吐いていると、華の纏っていた光がゆっくりと散っていった。
『お待たせしました。入荷、完了しました』
ヘッドライトを軽く光らせる華の声音には感情が宿っていた。俺は慌てて華に駆け寄り、銀色の体に手を這わせた。
「華、大丈夫か!? どこか痛かったり、苦しかったりしないか!?」
『大丈夫です。マスターは本当に心配性ですね』
クスクスと上品な笑い声が脳に響いてくる。その言葉通り、華の体には傷や熱などといった異変は何もなかった。相棒の無事を確認でき、俺は胸を撫でおろす。
『それよりも、荷台をご確認ください』
指示通り、俺は助手席と運転席の後ろにある荷台部分へと回る。すると、荷台の側面部分にある扉がゆっくりと上へと持ち上がっていく。いつもならレバーを引かないと決して開かない扉が勝手に開いたことに、俺は目を見開いた。
「俺、何もしてないぞ!?」
『“念動力”というスキルを使いました』
ビビリな俺の反応を、華はどこか楽しんでいるようだった。普通ならムカッときそうだが、相手が華だとそんな感情は微塵も抱かない。むしろ、可愛らしい悪戯だと、頬の筋肉が緩んでしまう。
意外と子供っぽいところもある相棒を微笑ましく思いながら、俺は荷台の中身を確認する。
荷台の中には見慣れた商品棚があった。しかし、その中身は俺の記憶とは大きく異なっていた。衣食住に関係する様々な商品が所狭しと詰め込まれていた商品棚。それが今となっては、最下段にある一番広いスペースに数個の弁当とペットボトル、そして割り箸と先割れスプーンが並んでいるだけ。残りの上三段に目を向けても、ごみ一つない。
バラエティ豊かだった空間の殺風景さに、俺は妙な寂しさを覚えた。
感傷に浸っている俺の脳内に、華の柔らかな声が響く。
『食事の際には水分も必要と思い、お茶も用意しました。それと、サイプル様はお箸が使えなかったと記憶しておりますので、別のカトラリーをご用意させていただきました』
「気遣い感謝する、華殿!!」
『とんでもないです。育ち盛りのサイプル様のためにお弁当は少し多めに入荷しておりますので、お腹いっぱい食べて下さいね』
サイプルの力強い感謝の言葉に応えるように、華はクラクションを軽く鳴らした。
そんな細やかな気遣いまで……なんて優しい子なんだ! しかも、数々のスキルをすでに使いこなしているだと?……うちの相棒が天才すぎて尊い!
華の素晴らしすぎる配慮に、俺は一人悶えてしまう。先ほどまで抱いていた物寂しさなんてものは、どこかに消え去ってしまった。相棒の心遣いに感動しつつ、俺は改めて陳列されている唐揚げ弁当に手を伸ばした。
「お、これ出来立てか?」
『はい。全部、出来立てです』
「それは有難いな」
こういった弁当は冷めていることがどうしても多い。だから、温もりを感じられるのは幸運なことなのだ。特に揚げ物は揚げたてが一番旨いからな。掌にじんわりと伝わってくる心地いい温かさに、俺の心は自然と弾んでいった。
「弁当は全部で五個か。俺が一つ食べるとして……サイプル、何個――」
「自分は残り全部いけます!」
またも食い気味なサイプルに、俺の頬が引き攣る。
「お前……これ食ったら今日だけで、七個の唐揚げ弁当食ったことになるんだぞ?」
「? 何か、問題ありますか?」
純粋な目でそう問いかけてくるサイプルに、俺はもう何も言えなかった。
『サイプル様は、かなり燃費が悪いみたいですね』
華が言葉をオブラートに包んではいるが、要は大食漢ということだ。その細マッチョな体のどこにそれだけの食べ物が入るのか……本当に謎である。若者の胃袋の実力に圧倒されつつ、弁当の隣にあったペットボトルを手に取って俺は目を見開いた。
「こっちは冷えてるのか……!」
手元にあるプラスチックの容器。そこから感じる冷たさに、俺は驚きを隠せない。ペットボトルをまじまじと観察している俺の脳内に、華の声が響く。
『商品の温度は、私の意思で調整できるみたいなんです……冷たいお茶でよかったですか?』
おずおずと、反応を窺うような声音に俺は慌てて首を縦に振った。
「もちろん! というか、弁当は温かくて飲み物は冷たくできるなんて、すごいぞ!」
『エヘヘ、マスターにそう言っていただけて嬉しいです』
俺の賛辞に華はヘッドライトをチカチカと光らせた。照れたような可愛らしい反応に、俺の心臓がキュンキュンして止まない。相棒が、天才で愛らしすぎる!!
――キュルルル……
いい加減、飯を寄越せと、騒ぎ出したのは俺の腹だった。おっさんが一人悶えるという気持ち悪い現象から我に返った俺は、いそいそと食事の準備に取り掛かっていくことにした。
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