第三話 おっさん、相棒と話す
突然、脳内に声が響いてきて、俺はビクッ! と肩が跳ねさせた。
「な、なんだ……今の……」
聞いたことのない中性的で澄んだ声。慌てて周囲を見回すも、声の主らしき人影は見えない。ここは障害物がない草原だ。誰かが何かに隠れて声を発している、という可能性はゼロと言っていいだろう。
「気のせい……か?」
『マスター……』
――ビクッ!!
再び頭の中に響く、知らない声。ホラー系が大の苦手である俺の顔から血の気が引いていく。ギギギッ……と錆びついたロボットのように首を動かし、サイプルの反応を窺う。顔色が一気に悪くなった俺をサイプルは不思議そうに見ていた。
「どうかされましたか?」
「いや、あの……なんか変な声が……」
「変な声?」
「マスターって……お前でも俺でもない声が、さっきから頭の中でしてて……」
途切れ途切れになりながらも、必死に状況を伝える。するとサイプルは「あぁ」と呟き、スッ……と俺の背後に指を向けた。ま、まさか……背後にお化けが…!?
「華殿ですよ」
「…………はい?」
「声の主は、華殿です」
サイプルから告げられた衝撃の事実に、俺の平凡な脳は停止せざるを得なかった。
考えてみてほしい。サイプルが指さす華は、確かに俺が相棒として大切にしている存在である。しかし、華は移動販売車。どれだけ愛情を込めようと、車は車だ。つまりは、意思を持たない無機物。そんな華が、突然人間の言葉を話し出すなんて……一般常識ではあり得ないことだ。
『驚かせてしまい、申し訳ありません。マスター』
恐縮したような声に、俺はハッ! とした。金縛りから解放された体を、ゆっくりと華の方に顔を向ける。視線の先にいるのは何の変哲もない、どこにでもある車。俺の記憶通りの相棒――……
俺は固唾を飲んで、ゆっくりと口を開いた。
「華……なのか?」
『はい、私は華です』
先ほどずっと聞こえてくる、中性的な声。それと同調するようにヘッドライトがチカチカと光った。信じられない現象に、俺の目が限界まで見開く。
「しゃ、しゃべれるのか……!?」
『話す、というよりは……私が伝えたいことを周囲に伝達している、という表現の方が正しいかと思います』
華からの解答の意味がいまいち理解できず、ポカンとした顔を晒してしまう。疑問符を浮かべている俺に、助け舟がやってきた。
「恐らく“テレパシー”というスキルでしょう」
「テレパシー……?」
「自分の思念を口ではなく、相手の脳に直接伝えるスキルです」
淡々としたサイプルの説明のおかげで、俺の頭はやっと目の前の現象を受け入れることに成功したようだ。与えられた情報を整理し、脳内にしっかりと落とし込む。状況が把握できた瞬間、胸が期待で高鳴っていく。
俺は震える口を動かす。
「つまり……これからは、華と会話ができるってことか……?」
「もちろんです」
サイプルが間髪入れず力強く頷く。俺は顔を伏せ、固く拳を握った。小刻みに肩を震わせる俺に、サイプルの小首が傾く。
「師匠? ご気分でも悪……」
「ぃよっしゃぁー!!」
サイプルの声を押し退けて、俺は歓喜の雄叫びを上げた。拳を天に掲げ喜びを全身で表す俺。そんな俺の身を心配してくれていたサイプルの目は真ん丸に見開いている。突如として草原に響き渡る大声は、草の上で昼寝をしていた角の生えた兎たちの上体を起き上がらせてしまった。
いつもの俺なら、未知なる生物を刺激してしまった己の行動を悔やむだろう。しかし、今の俺にとってそんなものは些細なことでしかない。なぜなら……ずっと夢見ていた状況に、心が躍り狂っているからだ。
「これからは、華と話せるんだぁー!」
再び響く俺の歓喜の咆哮。何匹かの角の生えた兎が、迷惑そうにこちらに顔を向けてくる。
年甲斐もなく中年が一人浮かれているのは、みっともないと頭では分かっている。それでも、この体中を駆け回る感情を行動で示せと、心が脳に命令した。そうでもしないと、嬉しさで俺の肉体は爆発してしまいそうだった。
喜びで埋め尽くされている胸中。しかし、ここで忘れてはいけないことがある。デミウル様だ。喜びの根源であり、華に素晴らしいスキルを与えてくれたアルテルの神――デミウル様への感謝も忘れてはいけない。
舞い上がっている俺に、置いてきぼりにされていたサイプルへ目を向ける。
「サイプル!」
「は、はい!」
「勇者探し、気合入れていくぞ!!」
「!! もちろんです、師匠!」
俺とサイプルは固く手を結び合った。勇者探しだけではない。デミウル様からの依頼は、多少無茶でも可能な限りは完遂させよう。俺はそう心で誓った。おっさんとは義理堅い人間なのである。
『私も、マスターとこうやってお話することが夢でした……夢が叶って本当に嬉しいです』
勇者を探しの情熱を燃やし合う、おっさんと美少年の間に、穏やかな声が落とされた。
「華……」
『デミウル様から受けた恩に報いるためにも、私にできることは全力でサポートします……勇者探し、頑張りましょう!』
献身的すぎる華に、俺は泣きそうになった。だが、せっかくの初会話記念日。そこへおっさんの涙が添えられてしまっては、全てが台無しとなってしまう。俺はぐっ! と目元に力を入れて水滴を奥に押し込んだ。
熱くなる目頭を拭い、俺は改めて華と向き合う。いつものように口角を上げながら、相棒の純白の体に拳を軽く当てた。
「これからも宜しくな、華!」
『はい、マスター』
ヘッドライトが光る。暗闇を照らしてくれる頼もしい灯り。でも、無機質な照明に俺はどこかで寂しさを感じていた。でも、今はそこに言葉が加わった。たったそれだけで、こんなにも胸に感じるものが違う。
暖かくて心地いい光に、俺は思わず目を綻ばせた。
「華殿!」
サイプルが華の名を呼ぶ。一歩前に出たサイプルは、何を思ったのか華に向けて手を差し出している。
「自分はサイプルだ! これからよろしく頼む!」
『デミウル様のご子息、サイプル様ですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします』
「うむ! 君とは仲良くできそうな気がする!」
そう言って、サイプルは一人でエア握手をしていた。華に対して敬意を払っているのかもしれないが……果たして車との挨拶として、それは正解なのだろうか……?
『ご丁寧に握手していただき、ありがとうございます』
頭を下げる代わりに、華はクラクションを軽く二回鳴らした。さすが華。礼儀正しいこと、この上ない。うんうん、と我が子の成長を誇らしく思う父親ポジションを堪能していると……
――グキュルルルル!
怪獣の咆哮のような音が、空気を震わせた。
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