第二話 おっさん、異世界に立つ②
過去から現実へと意識を戻し、俺は自分とサイプルの服へと目を向けた。
今の俺たちの格好は端的に言うと、ゲーム初期にいる村人Aと駆け出しの冒険者のようだった。言うまでもないが、俺が村人Aでサイプルが駆け出し冒険者である。
一気にモブ感が増す俺とは違い、サイプルは壮大な物語の主人公のようだった。冒険の始まり、という言葉が悔しいくらい似合っている。イケメンは何を着てもイケメンとは、よく言ったものだ。
顔面偏差値の差に愕然としながらも、村人Aは……間違えた……俺は、美少年主人公もとい、サイプルに最終確認をする。
「サイプル……くん、ちょっと聞きたいことがあるのですが……」
「サイプルでかまいません! 敬語も不要です!」
「あー、分かった分かった」
相変わらず距離感が狂っているサイプルの綺麗な顔を押し退け、本題に入る。
「俺の身の安全って、本っっ当に! お前に任せていいんだよな?」
「もちろんです! 自分が全力で師匠をお守りします!」
嘘のない返答に、俺はホッと胸を撫でおろした。どうやら、デミウル様とサイプルの意思に相違はないようだ。頼りがいのあるサイプルを見て、ふと思った。
俺って、相当情けないのでは……?
いくらデミウル様が認めるほどの実力を持っているとしても、三十六歳のおっさんが少年に頼りっぱなしって……いや、でもここは異世界で、サイプルは神様の子供なんだ。俺みたいな非力なおっさんが、有力な若者に頼り切っても何の問題もない!……はずだ。
「師匠、どうかされましたか?」
ぐるぐると一人考え込んでいる俺に、サイプルが不思議そうな目を向けてくる。主人公が村人Aを“師匠”と呼ぶ。とりあえず、この違和感だけは今のうちに取り除いておこう。
「なぁ……やっぱり、師匠って呼ぶの止めないか?」
「な、何故ですか!?」
「いっ!?」
ガシッ! と両肩を強く掴まれた。必死な表情であるサイプルは力加減を忘れているようで、俺の肩に指が食い込む。
「ちょっ、痛いから手を……」
「理由をお聞かせ下さい!」
「イタタッ! 話すから手を……」
「突然、破門だなんて……納得できません!」
「いや、だから……」
「自分の師匠は師匠しかいません!」
「だぁー! 痛いって言ってんだろ!!」
「ぁだっ!」
言葉で通じないので、力技に出た。俺に殴られた衝撃で、やっと落ち着いたサイプルの手が肩から離れる。肩に異常はないようで、安心した。
「師匠ぉ……」
不安気な声と縋るような瞳。シュンッと耳と尻尾が垂れ下がっている子犬のようなサイプルに、俺は言葉を詰まらせた。しかし、ここで引き下がっては三十六歳の名が廃るというもの。俺は一つ息を吐くと、馬鹿にしない程度に優しく言葉を紡いだ。
「あのな、お前は子供でもこの世界の神様なんだぞ? それに実力だってデミウル様のお墨付きだ。そんなすごい奴に師匠って呼ばれるのは、こそばゆいっていうか、恐れ多いっていうか……」
ごにょごにょと言葉を濁しながらの説得。尻すぼみになっていく俺に、サイプルがキョトンとした顔を向けた。なんだ? 俺、何か変なこと言ったか?
サイプルの表情の意味が汲み取れず、妙な沈黙が流れる。だが、サイプルの思わぬ発言によって静寂は破られた。
「自分は神ではありませんよ」
「は?」
「自分は神見習いです」
「か、神見習い?」
聞いたことのない単語をなぞると、サイプルがコクリと頷く。
「……お前、デミウル様の息子だよな? 神様の子供は神様じゃないのか?」
「それは将来の話です。今は修行中の身なので、神ではないです」
サイプルの言っている意味が、いまいち理解できない。頭上に疑問符を浮かべる俺に、サイプルは言葉を添えてくれた。
「神として経験も能力も浅い自分は、まだ神として認められておりません。自分が神になるためには、多くの者と交わり、多くの声に耳を傾け、多くの知識を得て、多くの経験を積む必要があります。自分はこの旅で、神として自分自身を成長させていくつもりです。いずれは、父上のような偉大な神になるために……」
立派な志を抱いているサイプルに、俺は感嘆の息を漏らした。つまり、今のサイプルは神の卵であり、存在的には人間以上神様以下ということのようだ。俺なりに、サイプルの話をまとめていると黄金の頭が勢いよく下げられた。
「そして、自分は師匠からもたくさんのことを学びたいと思っています!」
「え? 俺から?」
未来の神様が、くたびれたおっさんから何を学ぼうというのか……凡人の俺には想像もできない。しかし、サイプルの頭が上がる気配は全く無かった。
「だからお願いします、師匠!」
「……俺なんて、何も教えてあげられないぞ。強いていうなら、料理くらいしか……」
「どうか、破門だけは……!」
「いや、別に破門とかじゃなくて、師匠って呼ぶのは止めろって言ってるだけで……」
「自分は形から入るタイプです!」
「知らねぇよ!」
「ですので、どうか……どうか!」
腰を折ったまま頭を一向に上げようとしないサイプル。人の話を聞く気があるのか無いのか……微妙なラインにいる神見習いに、俺はとうとう白旗を上げた。
「はぁ……分かったよ」
「!! では、これからも師匠とお呼びしても……?」
「呼ぶなって言ったら、呼ばないのか?」
「いえ、呼びます!」
「……だろうな」
若者の勢いに圧倒されたせいで、どっと疲労が押し寄せてきた。疲れを蓄積させないため、少しだけ身体の力を抜いた俺の背に、固い感触が当たる。
何だ? 俺の後ろに何かあったっけ?
眼前に広がる目新しいものばかりにずっと意識を奪われていたが、ここでようやく俺は背後へと目を向けた。すると視界に飛び込んできたのは、俺の背を支えるかのように寄り添っている見慣れた白い影。それを見た瞬間、俺の心は歓喜で満たされていく。
「華……!」
固い物体の正体は、俺の長年の相棒である移動販売車の華だった。デミウル様に一緒に異世界に転移してもらうように願った、アルテルの世界では異端中の異端な存在。だが、愛情込めて磨いてきた純白の車体は、異世界でもその輝きが曇ることは無い。
「華ぁ! お前も無事に転移できてたんだな!」
子供のように浮足立った声で、俺は華に言葉を投げた。
「今まで気が付かなくて、ごめんなぁ!」
ビタッ! とくっつき、車体に歓喜に満ちた頬をすり寄せる。中年男が寄りかかってもビクともしない頼もしいボディ。そこから肌に伝わってくる心地良い冷たさは、華に触れているということを実感させてくれた。ちゃんと約束を守ってくれたデミウル様に俺は心から感謝した。
未知なる世界への不安、強引な若者に対する疲労……そういったものは、華のおかげで全て吹っ飛んでいった。相棒と再会でき喜びに興奮する心を一旦落ち着かせ、改めて相棒と向き直る。そして、ゆっくりと手を伸ばした。
「華がいてくれれば、この先何があっても大丈夫だよな」
明るい思い出の時も、ほろ苦い思い出の時も、ずっと俺の隣にいてくれた大切な相棒。そんな華と一緒に第二の人生を歩める。何物にも代えがたい幸福感は、大きな自信へと繋がり、俺の胸の中を力強いもので満たしていった。
俺は軽く口の端を上げ、コツン……と華に軽く拳を当てる。
「これからも、よろしくな。相棒」
『ま、スター……?』
脳内に響く声に、俺の目は見開いた。
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