第二話 おっさん、異世界に立つ①
勇者探しを承諾してから数分後――……
俺の両足は、異世界の大地へと降り立っていた。
「ここがアルテル……」
ポツリと零れた言葉を肯定するかのように、眼前には未知なる景色が視界いっぱいに広がっていた。
果てしなく続く草原。その上では、角の生えた兎たちが気持ちよさそうに寝転んでいる。俺の世界では存在しないはずの生き物たち。そんな兎たちの体を、穏やかな風が撫でていく。ついでとばかりに、風は俺の足元までやってくると、見たことも聞いたこともない草花を揺らしていった。
「マジで、異世界転移したんだよな……?」
「そのようです」
俺の問いかけにハッキリと答えてくれるのは、これから一緒に旅をしていくサイプルだ。
「無事、転移できて何よりです。師匠!」
「あぁ……まぁ、うん」
隣で熱く祝いの言葉をかけてくれる彼には申し訳ないが、今の俺にはきちんとした返事できるほどの心の余裕がない。
非現実的すぎる光景を目の前にして、俺の脳は現実逃避をし始めた。自分がまだ夢の中にいるのではないか……そんな疑問が脳裏をよぎる。試しに頬を軽く引っ張ってみると……痛い……頬に感じるのは、じんわりとした確かな痛み。赤くなった頬をさすっていると、甘く柔らかな花の香りが俺の鼻腔をくすぐった。
うん……おっさんの夢で、花の香とかあり得ないよな。普通なら、焼き鳥とかビールとかそういう系の匂いだよな。
俺は一つ息を吐くと、しっかり現実を受け止めることにした。
いつもと違う空気。いつもと違う空。いつもと違う生物……これから俺にとって、当たり前になる世界だ。
そのことをちゃんと認識し、吐き出した分の空気をしっかりと肺に取り込む。酸素が巡ったことでスッキリとした脳内。そこで思い出すのは、デミウル様から教えてもらったことだった。
―――――――――
転移する前の神域で、俺はデミウル様からアルテルについて説明を受けることになった。神様から直々に教えてもらえるとは、なんとも贅沢な話だ。
そこから得た知識、はというと――
・アルテルは、剣や魔法といったファンタジー要素がたっぷりの世界。
・魔獣や魔族といった人間以外の他種族も数多くいて、人に対して友好的な種族もいれば、敵対している種族もいる。
・各地に冒険者ギルドがあり、人に危害を加えるものは討伐依頼が発生し、冒険者たちが仕事として対処している。
・ダンジョンもあり、冒険者たちはそこで鍛錬と力試しを兼ねた、アイテム探しで日銭稼ぎに励んでいる。
・勇者がいるので、当然のように魔王も存在している。などなど……
要点をかいつまむと、こんな感じだ。あとは自分たちの目で見て、肌で感じて、知識を増やしていくしかないとのことだ。
簡単な説明。だがその中には、危険な単語がちらほらと潜んでいた。ビビりな俺は、それらを決して聞き逃しはしなかった。
魔王やダンジョンだの……そんな危なっかしいものと対峙する可能性がある世界を、平和主義で運蔵不足気味なおっさんである俺が生き抜いていけるのだろうか……
人として当然のように湧き上がってくる不安が、じわじわと胸の中を強張らせていく。
「そなたの身は、我が息子が保障しよう。こんな感じだが、サイプルの実力は神の中でも随一だ」
そんな不安は杞憂だ、とでもいうかのような力強い言葉。俺は身と心の緊張を解くと、安堵の息を吐いた。へっぴり腰気味な俺をデミウル様は馬鹿にすることなく、暖かく柔らかな笑みで見守ってくれている。
こんな平凡でヘタレなおっさんに優しく寄り添ってくれるなんて……デミウル様、マジ神だな。いや、本物の神様ではあるんだけど。
「そなたの相棒である移動販売車と同じように、そなたにもスキルなどを付与しておく。アルテルに着いたら、まずは鑑定眼で自分のステータスを確認するといい」
鑑定眼。仕事の合間に読んだ漫画などで何度も見たやつだ。特別な能力におっさんの中にある少年心が擽られた。
「あと、そなた達の装いをアルテルの地に適したものへと変えておく。今のままでは、異端すぎるからな」
その言葉を締めに、デミウル様主催の研修会は閉幕となった。




