第十六話 おっさん、新たな加護を得ていた①
サイプルたちが、喜びの舞~唐揚げバージョン~に励んでいる間、手持ち無沙汰となった俺は地面に横たわっているワイルドピッグと向き合っていた。
「とりあえず、鑑定してみるか」
この世界で初めて対峙した凶暴な魔獣。その脅威ランクとは、果たしてどれくらいのものなのか……
――鑑定
【 名 称 】 ワイルドピッグ
【 脅威ランク 】 C
脅威ランクC……鑑定してみたものの、これがどれほど危険な魔獣なのかは正直、分からない。何せ、サイプルが一撃で討伐してしまったのだ。察しろというのが無茶な話である。
とりあえず、アイテムボックスに収納しておこう。
事切れているとはいえ、脅威ランクが俺よりもかなり上の魔獣。正直、怖い。でも、このまま放置するわけにもいかないので、及び腰になりながらもワイルドピックをアイテムボックスに入れていく。巨躯な魔獣が小さな異空間にするすると飲み込まれていくのは、不思議な感覚だな。
『マスター、少しよろしいですか?』
「華?」
不意に、頭に華の声が響く。サイプルたちの方に目を向ければ、踊りに夢中なのか彼らに華の声は聞こえていないようだ。
「どうした?」
『実はご相談したいことが……』
「相談? サイプルを呼んでくるか?」
俺の提案に華は『いえ』と、小さく返事をする。
『マスターにだけご相談したいことです……サイプル様やミロン様たちには”テレパシー”を飛ばしておりませんので、あまり大きな声を出さないでいただけると有難いです』
潜ませた声で紡がれた言葉に、俺は目を丸くした。
”テレパシー”というスキルは、思念を伝える相手を選べるのか!? なんとも便利なスキルだ。それにしても……この短期間で、スキルをそこまで使いこなせるようになっているとは……やっぱり華は天才だ!!
相棒の鬼才さに、頬の筋肉が自然と緩んでいく。締まりのない顔をしている俺に、華が『マスター?』と不安そうに声をかけてきた。
「あ、悪い……で? わざわざ俺だけに相談ってなんだ?」
『ミロン様とマスターの商談の件です』
商談というのは、俺とミロンが結んだ情報と食料の交換のことだろう。何か不安要素でもあったのだろうか?
思い当たる節はないが、華がわざわざ持ち出してきたんだ。絶対に理由があるに決まっている。ミロンとの会話を思い返していると、華がとても申し訳なさそうに本題を切り出してきた。
『ミロン様たちのご家族に、食事を提供することは大賛成なのですが……その、先ほどのオムライス弁当などで資金が……』
「あ……」
そうだった。華の移動販売車の能力には、お金が必須だったんだ。
とても遠慮がちな華の物言いから察するに、サイプルが渡してくれた資金はもうほとんど残っていないのだろう。ミロンたちの家族に会う前に資金を補充しておかないと、俺が契約違反になってしまう。何より、ミロンたちを悲しませるのだけは絶対に嫌だ!!
「なんとかするしかないか……」
とは言ってみたものの、この異世界でお金を稼ぐにはどうしたらいいのやら……
単純に働こうにも、そんな場所がどこにあるのか知らない。それにこの世界の労働相場も分からないし、どれだけの時間が必要かも想像できない。ましてや、平々凡々で非戦闘員のおっさんを雇ってもらえる保証なんてものもありはしない。
ないない尽くしの思考を振り払い、俺は顎に手を添え考える。
手っ取り早く大金を確実に得られる方法……考えれば考えるほど脳裏にチラつくのは、アイテムボックスに収めたばかりの魔獣。
あのワイルドピックをギルドに持っていけば、素材として換金してもらえるだろうか……だがギルドには正直、期待できない。何せ困っているミロンたちの村を放置しているような、ぐうたら集団だ。そんないい加減な奴らを当てにしたら碌なことにならないと、人生経験豊かなおっさんはよく知っている。
でも、魔獣を換金してくれる場所なんてギルドしか……
「ん? 換金?」
換金、という単語に妙な引っ掛かりを覚える。
「換金……どっかで聞いたような……」
『マスターの固有ギフトではありませんでしたか?』
華の指摘に俺は手をぽんっと打った。
「そういえば“換金”を使おうとしてたんだった」
ワイルドピックの件で、すっかり忘れていた俺の固有ギフト。能力の詳細は未だに不明だが、名前からして使うなら今であることは間違いなさそうだ。資金問題が解決できるかもしれないと、期待に胸が高鳴る。
「よしっ! とりあえず、確かめてみるか!」
『そうですね!』
華のクラクションが軽快に鳴った。
早速、固有ギフトを発動させようと思ったが……固有ギフトってどうやって発動させたらいいんだ?
これまで通り、サイプルに教えてもらおうと思ったけど……一通り踊り終えたのか、彼らは彼らで何やら話し込んでいる。話し合いの邪魔をしては悪いので、とりあえず思い付いた方法を試してみることにした。
精神を集中し、俺は眼前に手をかざしながら声を張り上げた。
「……固有ギフト、換金、発動!」
――シーン……
『どうやら、違うようですね』
「だな」
予想はしていたけど、気合を入れてしまった分だけ恥ずかしさがある。だが、それを表に出さないのが大人としての余裕だ。じりじりとにじり寄ってくる羞恥心を追い払うため、一つ咳ばらいを零す。
「やっぱり、サイプルに聞くのが一番か……」
<ステータス画面にある、換金ってとこを押してみ>
「……ん?」
今、ごりごりの関西弁が聞こえてきたんだけど……気のせいか?
周囲を見渡しても、近くにいるのは華のみ。サイプルたちは少し離れた場所にいるので、声を張らない限り彼らの言葉が俺に届くはずもない。ましてや、関西弁なんて……
『マスター?』
きょろきょろしている俺を、華が不思議そうに呼ぶ。その声は、やはり先ほどの聞こえてきた関西弁とは違う。中性的で落ち着いた華の声に比べて、先ほどの関西弁は快活というかなんというか……とにかくエネルギッシュな感じだった。
『どうかされたんですか?』
「……華、さっきステータス画面を見ろって言ったか?」
『? いえ、私は何も言っていません』
「そう、だよな」
違うと分かってはいたが、華の返答に俺は頬が引き攣った。まさか……幽霊とかじゃないだろうな!?
そういったホラー関係のものが大の苦手である俺。しかし “換金”について何か知っているのなら、怖いとかそんなこと言ってられない。お化けだろうと何だろうと、教えてもらおう。
俺は一つ深呼吸をし、声が震えないように気持ちを引き締めてから口を開いた。
「お前は誰なんだ? ステータス画面に、固有ギフトの取扱説明書みたいなものがあるのか?」
『マスター?』
沸き上がってくる恐怖を根性でねじ伏せ、誰もいない場所へと言葉を投げかけてみる。第三者から見れば異様な光景なのだろう。華が再び不思議そうに呼ぶけど、俺は静かに姿なき人物の返答を待った。
……返事はない。ということは、さっきのはやっぱり気のせいだったのか? いやでも、声は確かに聞こえた。それに、指示も妙に的確だったような……でも、お化けじゃなくて本当によかった……
疑問と安堵が入り混じる不可思議な感覚に、もやもやとしたものを抱いてしまう。胸の引っ掛かりを取り除きたくて思考を巡らすが、当然ながら明確な解答なんか得られやしない。思わず、小さな息が零れてしまう。
不意に、聞き慣れたクラクションが鼓膜を柔らかく揺すった。
『マスター、何かあったのですか? 眉間にしわが……』
「ん? あぁ、大丈夫だよ」
柄にもなく考え込んでしまったせいなのか、難しい顔をしてしまっていたようだ。いかん、いかん。大切な相棒に心配をかけるなんて、未来のイケおじがすることじゃない。
俺は軽く首を横に振り、考えても無駄なことを頭から追い出す。気持ちを切り替え、心配してくれる華に笑顔を向けた。すると、華のヘッドライトがチカチカと光った。
『何かあれば、絶対に言ってくださいね。マスターは一人で抱え込むところがあるので』
「ありがとうな。何かあれば、相談するよ」
『絶対ですよ?』
「あぁ、約束だ」
指切りの代わりに、俺は真っ白の車体にコツンっと拳を軽く当てる。華も短くクラクションを鳴らしてくれた。
相棒の優しさによって心が和んだところで、俺は関西弁からの助言を試してみることにした。声の正体は分からないが、やってみる価値がありそうだ。資金問題を解決してくれる希望の星である“換金”に、期待を込めて俺はステータス画面を開いた。




