第十五話 おっさん、若者の食欲に圧される②
「確かに、料理はできるぞ。でも、唐揚げに必要なのは肉だけじゃないんだ。片栗粉とか、油とか……他にも調味料なんかが必要なんだよ」
「ちょうみりょう……」
「そう、調味料だ!」
切り札という名の正論を前に、サイプルは俺の言葉をなぞるしかできないようだ。よし、勝った!
にやりと口の端が引き上がりそうになるのを必死に抑え、俺はダメ押しとばかりに残念さを装った声に言葉をのせた。
「作ってやりたいのは山々だけど、俺の世界の調味料をこっちで揃えるのは流石に無理だろ? だから、料理は無理なんだよなぁ……いや~、残念残念」
「華殿の固有ギフトを使用すれば、問題ありませんよね?」
「…………ソウデスネ」
俺の切り札は優秀な相棒の存在によって、あっさりと撃破されてしまった。流石サイプル、鋭いな……だが、ここで引くわけにはいかない! このままでは魔獣の肉を調理させられるうえに、食卓に魔獣肉料理が並んでしまう……それはつまり、あの恐ろしい魔獣が俺の胃袋に入る、ということだ……!
唐揚げ以上に、サイプルの気を惹きつけるものはないか。何かサイプルが食べたいって言っていたものは……ん?
「そういや……お前、今日はオムライスを食べるって言ってなかったか?」
「そ、そうでした……!!」
はっ! としたような表情を浮かべたかと思えば、サイプルはいそいそと大剣をアイテムボックスに収納していく。
「オムライスとオレンジジュースを忘れるとは……自分はまだまだ未熟です!」
拳を握りしめて、目をきつく閉じ、歯を食いしばっているサイプル。何がどう未熟なのか俺には分からないので、何も言わないことにした。おっさんに最近の若者の心境を理解しろという方が、無理な話である。
そういえば、オレンジジュースのことなんかすっかり忘れていたな……危ない、危ない。
約束を破らないように、オムライスとオレンジジュースをセットにしたメモを頭の中に張り付ける。と、ここでサイプルが拳を緩めると同時に口を開いた。
「では……ワイルドバードの唐揚げは明日でお願いします」
「なんで、そうなるんだよ!!?」
諦め悪くまさかの提案をしてくる少年に、思わず声を荒げてしまう。俺の驚き交じりの叫びに動揺することなく、サイプルは淡々と言葉を紡ぐ。
「魔獣討伐の後は、お腹がとても空きます。なので、リクエストです」
「いや、いや! お前、何言ってんだよ!?」
「ミロン殿たちのためにも、ワイルドバードを一刻も早く討伐したい師匠のお気持ちは理解できます。しかし、優先すべきは田畑が枯れた原因の調査かと……」
「そうだけど、そうじゃねぇよ! 俺が言いたいのは――」
「ご安心下さい。ミロン殿たちを家まで送った後、すぐに村の畑を調査します。今日中には原因を突き止められると思うので、ワイルドバードの群れは明日一掃するつもりです」
「人の話を聞けぇぇ!」
勝手に話を進めていくサイプルに、怒りが沸いてくる。
畑が全部枯れた原因とか、ワイルドバードの群れという脅威とか、そういったものをミロンたちの村から取り除くのは、順番はどうあれ一秒でも早いほうがいいなんて当たり前だ。それくらい、俺だって分かる。俺が異を唱えているのはそこじゃないと、なんで気が付かないんだ、こいつは……!!
察しがいいのか、悪いのか……よく分からないサイプルに、俺は感情のまま言葉をぶつけた。
「俺が言ってるのは、何でワイルドバードを食う前提で話をしているかってことだよ!! そもそも、唐揚げの材料が鶏肉ってどこで知った!?」
「この世界では、魔獣の肉は立派な食料として取り扱われております。唐揚げの知識については……愛ゆえにです!」
「答えになってねぇよ! てか、いくら鳥類型とはいえ魔獣だぞ? 人を襲うんだぞ? それをお前は鳥とみなすのか!?」
「もちろんです!」
即答で断言されてしまえば、もう何も言えない……
魔獣の肉を食べるなんて、そんな未知すぎる体験……こんな序盤でやりたくない。せめてこの異世界にもう少し慣れてからでいいじゃないか……食料だって華がいれば、移動販売車の能力でなんとかなるというのに……でも、目の前の少年は未だにワイルドバードの唐揚げを諦めていない。というか、止める理由など彼の中には皆無なようだ。
はぁぁぁ、と重々しく長いため息が零れる俺の肩に、サイプルの片手がぽんっと乗る。
「ワイルドバードの肉は絶品と聞きます。奴らを討伐した後は、その肉で是非、唐揚げを!」
目を爛々と輝かせ、改めて飯のリクエストをしてくる少年。涎までもが幻覚で見えてきそうなほど、食への欲望まみれの顔に、俺の頬が引き攣った。
「からあげ?」
不意に、背中に声がかかる。振り返ると、空になったコップと弁当の容器を持ったミロンとミレーネが後ろに立っていた。どうやら、食べ終えたからゴミを持ってきてくれたようだ。自主的に片づけをするなんて、なんて良い子なんだ!
俺は二人からゴミを受け取り、米一粒たりとも残っていない弁当箱を華へと手渡す。コップには再びオレンジジュースを注いでいく。良い子にはご褒美が必要だからな。おかわりの量はさっきより多めにしておこう。おっさんとは、良い子にはご馳走したくなるのだ。
零れないライン、ギリギリまでオレンジジュースが注がれたコップ。それをミロンたちに返すと、二人から「ありがとう!」と喜びに満ちた声が返ってきた。本当に良い子だ。
「サイプルお兄ちゃん、からあげって何?」
何気ないミレーネの質問に、サイプルが意気揚々と答える。
「うむ! 唐揚げとは、とてもとても美味しい肉料理だ!!」
「「お肉料理……!!」」
肉という単語に、ミロンとミレーネの瞳も輝いてしまった。先ほど、オムライス弁当を食べ終えたばかりだというのに……育ち盛りの胃袋はまだまだ余裕があるようだ。
見たことのない肉料理に思いを馳せるミロンとミレーネ。その恍惚としている表情に、サイプルの目がキラリと輝いた。
ま、マズい……
「み、ミロ~ン……ワイルドバードの肉って、食べられたりするのか?」
サイプルが何か言い出す前に、ミロンに真実かどうかを確かめる。すると、ミロンは勢いよく俺のほうに顔を向け、弾む心のままに口を開いた。
「うん! 鶏肉みたいで美味しんだ! でも魔獣のお肉は、とっても高いから滅多に食べられないよ!」
「へ、へぇ……」
早速、情報を提供してくれるミロン。高くて美味い肉、という情報は俺の逃げ道を塞いでいく。
「からあげって、テラカおじちゃんが作ってくれるの?」
「え? い、いや、俺は――」
「うむ! 師匠の唐揚げは絶品だ! 自分が保証しよう!」
お前、俺の手料理なんか食ったことねぇだろ!?
キッ! と眉を吊り上げるも、何の効果も無かった。所詮は非戦闘員のおっさんの睨み……チートな少年には痛くも痒くもないようだ。寧ろ、ミロンたちと一緒になってこちらを見つめてくる。その期待がこもった瞳に、俺はたじろいだ。
俺の中で、天秤が激しくグラつく。が、それはほんの一瞬。すぐさま片方へ傾いてしまった天秤に、俺は大人しく白旗を揚げることしかできない。
「……はぁ、分かった。分かりましたよ」
「!! では……!」
「あぁ……ワイルドバードの唐揚げ、作ってやるよ」
「「「ヤッターー!!」」」
全身で喜びを表す三人。楽しみにしてくれている姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。
結局、サイプルに子供たち(しかも良い子)という最強の援軍を得られてしまった時点で、俺に勝ち目なんかなかったんだろうな。
そんなことを考えながら、俺は空を仰ぎ一つ呼吸をする。空からはしゃぐ三人に顔を戻した俺は、腹を括るように表情を引き締めた。
「ただし、ワイルドバードの唐揚げは絶対に明日だ。今日は予定通り、オムライスにするからな」
「もちろんです!」
「ミロンたちは、他ご飯にするつもりだけど……それでいいか?」
「うん!」
「はーい!」
三人とも、とてもいい返事だ。これで駄々をこねようものなら、鉄拳の一つでも落としてやろうと思っていたけど……その必要がなくてよかった。
「唐揚げ、からあげ♪」と歌いながら、謎のダンスを踊っている三人。その微笑ましい光景を眺めながら、俺は食欲旺盛な彼らの期待に応えるべく、脳内にあるレシピを一人探っていくのであった。
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