第十五話 おっさん、若者の食欲に圧される①
「流石、師匠。素晴らしい提案です!」
話がまとまったところで、思考の海から帰還したサイプルの声が割り込んできた。
「自分も是非、その取引に参加させていただきたい!」
仲間外れは嫌なのか、サイプルは鼻息荒く参加表明をするけど……こいつがミロンたちから教えてもらうことなんてあるのか?
今までサイプルの解説には、とても助けられてきた。博識な少年が、人生一桁の少年から一体何を教えてもらおうとしているのか……正直、想像もできない。
「ミロン殿、かまわないか?」
「それはいいけど……僕がサイプルさんに教えてあげられることってあるかな?」
「もちろんだ」
俺と同じ意見のミロンに、サイプルは大きく頷く。
「自分が教えてほしいのは、ミロン殿たちの村についてだ」
「僕たちの村?」
「うむ。少し引っ掛かることがあってな」
鋭利な光が宿る深紅の瞳に、どこか冷たさを感じる声音。サイプルらしくない刺々しい空気に、俺は思わず怪訝な顔を向けてしまう。俺の視線に気が付いたサイプルは「いかん、いかん」と小さく呟くと、荒々しい炎を一瞬で瞳の奥へと引っ込ませた。鼻からゆっくりと空気を取り込んだ美少年は、その形のいい唇を穏やかに動かしていく。
「自分は師匠のように、美味しい食べ物を用意することはできない。そこで、情報提供の報酬なんだが……貴殿らの村の近くにいるワイルドバードを全て討伐する、というのはどうだ?」
――は?
全員の頭に、同じ一文字が浮かんだ。
この場の全員が呆気に取られている中、いち早く我に返ったミレーネは弾かれたように声を上げた。
「で、でも! ワイルドバードは少なくとも二十匹はいたよ! 危ないよ!」
「そうだよ! ワイルドバードはすっごく大きいんだ! いくらサイプルさんが強くても、一人でなんて無茶だよ!」
ミレーネの言葉を補足するかのように、ミロンは手を大きく広げながらサイプルを説得する。全身を使って、ワイルドバードがいかに大きく危険なのかを説明する二人。そんな忠告を受けても、サイプルの美しい顔が恐怖で歪むことは無かった。
「二十か……うむ、相手に不足なしだ!」
さらりと、自信たっぷりに言い放つサイプルに、ミロンとミレーネは言葉を失ってしまう。俺はサイプルの首に腕を回し、ミロンたちに背を向けた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな? 一介の冒険者でも苦労するやつなんだろ?」
声を潜め、至近距離で問い詰める。
「問題ありません。ワイルドバードの脅威ランクはBなので」
「でも、群れなんだろ? 悪いけど、俺は戦力外だからな」
「心配には及びません。二十匹程度の小さな群れ、自分一人で十分です。師匠の手を煩わせはしません」
戦力の頭数に入っていなかったことに、とりあえず安堵する。三十六歳のおっさんが少年頼みというのは実に情けない話ではあるが……痛いのは嫌なのでこの際、恥は捨てよう。
自他ともに認める非戦闘員である俺。そんな自分に一人納得していると「ところで……」と、サイプルの窺うような声が聞こえてきた。
「師匠は料理が出来るのですよね?」
「んぁ? あ、あぁ。できるぞ」
伊達に長年独身貴族を貫いてはいない。炊事、洗濯、掃除……そういった基本的な家事能力は、一通り身に付けてはいる。自立したおっさんとして、当たり前のことだ。ちなみに、家事スキルのレベルとしては、元の世界で常連だった奥様方から合格点をもらえるほど。料理に至っては、ベテラン主婦たちから太鼓判を押されたことだってある。
突然の質問に疑問を抱きはするが、隠す必要性はないだろうと、俺は正直に応えた。すると、サイプルの顔がパァァアと輝いていく。
その表情の意味は分からないが、何故だろう……あまりいい予感はしない。
自分の勘を信じ、俺はサイプルの首に回していた腕をそっ……と解いた。厄介ごとからは距離を置くのが一番だ。しかし、サイプルは俺から離れてはくれなかった。
おっさんから解放された少年は、煌めく深紅の瞳を携えて真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「唐揚げ弁当のメイン、唐揚げとは……鶏肉が主材料なんですよね?」
「ん? まぁ、そうだな」
立て続けにされた、この場に似合わない質問。唐揚げについての知識をどこで学んだのか、という諸々の疑問を飲み込みつつ、俺は首を縦に振った。すると、サイプルの口元の端の高度がじわじわと上昇していく。それに伴って、嫌な予感もじりじりと距離を詰めてくる。
「な、なんだよ? 言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「では……ワイルドバードで得た肉は、全て唐揚げにして下さい!」
「はいぃ!?」
予想などできるはずもない提案に、思わず声を跳ね上げてしまう。その途端、サイプルの笑顔が満開になった。
「ありがとうございます! では、早速ワイルドバードを討伐に――」
「待てぇーい!」
大剣を握りしめ、駆け出そうとする少年を慌てて引き留める。
「何がどうなって、ワイルドバード討伐とかの話になったんだよ!?」
「? 師匠が唐揚げを作るための材料を調達に行こうとしたのですが……ダメでしょうか?」
「はぁ!? いつ、俺が、お前に、唐揚げを作るなんて言った!?」
受けた覚えのないリクエストについて一言ずつ強調して問いただすけれど、サイプルは小首を傾げるだけだ。
「さきほど、討伐したワイルドバードの肉を全て唐揚げにしてほしい、とお伝えしたら“はい”と仰ったではありませんか」
・・・・・・あれか!?
数秒前の自分から飛び出た驚愕の声。どうやら、その音の羅列が悪かったようだ。思わぬ勘違いをしているサイプルに、俺はこめかみを指で押さえ重々しい息を吐いた。
「期待させて悪いけど……唐揚げは作れないぞ」
「何故ですか? 料理はできるのですよね?」
あの質問の意味は、それだったのか……くそ、先に言質をとられた。だが、俺には奥の手がある!
ふふん、と余裕たっぷりに俺はゆったりと切り札を切った。




