第十四話 おっさん、商売を持ちかける②
「これはミロンとミレーネに用意したご飯だ。ちゃんと全部食べろ」
「でも、僕たちだけお腹いっぱいになるなんてできないよ」
ミロンの意見に、ミレーネが千切れそうなほど力強く首を縦に振った。
栄養不足になるほどの飢えを味わった二人だからこそ、空腹の辛さの理解が深いのだろう。食べかけのオムライス弁当を持ち帰る、という確固たる気持ちがミロンとミレーネからひしひしと伝わってくる。
甘え下手な兄妹に、思わず苦笑が浮かんでしまう。
「ミロンたちの両親はどこにいるんだ?」
「ここから一番近い村だよ」
「一番近い? 他にも村があるのか?」
俺の質問にミロンはこくんと頷いた。
「他の村に食べ物を分けてもらうことはできないのか?」
「無理だよ。他の村も僕たちと一緒なんだ」
つまり、全部の村の畑が同時期に枯れたってことか……そんな偶然ってあるのか?
ちらりと、サイプルに目を向ける。未だ思考を巡らせている少年の眉間には、しわが刻まれていた。
何かありそうだが、今、優先するべきは目の前のミロンたちだ。こんな健気で家族思いの子供たちを放置するなんて……イケおじ候補者がしてはいけないことだ。
「よし。じゃあ、それを全部食べたら村まで送ってやるよ」
「え……?」
「華は乗り物の魔道具なんだ。ここから近いなら、そんなに時間はかからないだろうし……夜の飯には間に合いそうだな」
「それって……」
含みある言い方に反応する子供たちに向けて、俺はニヒルな笑みを顔に張り付けた。すると、ミレーネの瞳が喜色に輝く。勢いよく嬉しそうな顔を向けてくる妹に、兄はどこかぎこちなく微笑み返している。
その違和感に俺が首を傾げていると、華の声が頭に響いてきた。
『ミロン様。浮かない顔をされていますが、何か気になることがあるのですか?』
「ぁ……ぇっと、その……」
『何かあれば、言ってください。私もマスターも絶対に怒ったりしないので。ね、マスター』
「当たり前だろ」
俺が笑って肯定すると、華は軽くクラクションを鳴らしミロンを勇気づける。寄り添うような優しい声音に導かれるように、ミロンの口がおずおずと開かれていく。
「……あのね、僕の家は裕福じゃないから……家族の分のご飯を買うことはできないよ?」
ミロンの言葉に俺は目を見開いた。と、同時に「そんなもん、またご馳走してやる!」という言葉を飲み込んだ。
初対面の人に、これ以上迷惑をかけられない。ましてや、商人に無駄足を踏ませるわけにはいかない。そんなミロンの気遣いを否定するようなことしてはいないと思ったからだ。
兄の言葉で色々察したミレーネの肩が、しょんぼりと落ちる。ぬか喜びをした妹を慰めるように、ミロンは小さな頭へと伸ばした手を優しく何度も左右に動かす。
眉を下げ笑顔を取り繕うとするミロンの姿を見た瞬間、俺の性分が「なんとかしろ!」と騒ぎ立てる。
俺は拳を固く握りしめ、脳を高速回転させた。
この子たちが遠慮することなく、家族にも食べ物を渡せる方法は何かないだろうか……ミロンにあって、俺に無いもの……金銭がかからなくて、誰でも持っているような……あ!
思い付いたのは、最高のアイデア。緩みそうになった口元を、慌てて引き締める。どんなに素晴らしいアイデアも、だらしない顔で言ってしまうと一気に胡散臭くなってしまうからな。おっさんは苦い思い出も教訓として胸に刻んでいるのだ。
暗い空気を取り払うため、ごほんっと一つ咳払いを落とす。全員の視線が一斉に集まったので、ちょっとビビってしまった。
「あー……その、なんだ……俺たち、実はすごく遠くの場所から来たんだ」
「そうなの?」
「あぁ。それで、俺が暮らしていた場所とここら辺は何もかも違っていてな……正直、困っているんだ」
「?」
『マスター?』
脈略など無い突然の身の上話に、ミロンとミレーネは首を傾げている。相棒の華ですら不思議そうな声を上げる中、俺は言葉を続けた。
「そこでた。ミロンが俺に色々教えてくれないか?」
「え……? 別に構わないけど……」
唐突な申し出であるにも関わらず、ミロンは頷いてくれた。よしよし、予想通りの反応だ。
俺はにんまりと笑うと、少しだけ声を潜めた。
「知ってるか? 情報ってのは、形のない商品として扱われているんだ」
「そうなの?」
「あぁ。しかも、結構いい値で売れるんだぞ~。例えば、そうだなぁ……家族全員分の食料を買えるくらい、かな?」
「!!」
俺の意図を察した瞬間、二人の茶色の瞳に爛々とした希望の光が灯った。ぷるぷると肩を震わせているミロンに、俺は手を差し出す。
「ミロン、俺と取引してくれるか?」
「うんっ! する……! 僕、テラカさんと、取引するよ!」
力強い言葉と共に、手を固く握られた。ぎゅぅぅ! と握られた部分からは、若干痛み感じる。こんなに小さくてやせ細っていても、やっぱ男の子なんだな。ミロンの生命力を感じられた気がして、なんだか嬉しくなった。
「よっしゃ、決まりだ!」
ミロンとの握手をとき、膝を打った勢いのまま立ち上がる。
「取引の内容は……もらった情報に見合った分の食料を俺からミロンに渡す、その逆も然り。こんな感じでいいか?」
「もちろん!」
「商談成立、だな」
口の端を片方引き上げた俺のダンディーな笑みに、ミロンは弾けるような笑みで応えてくれる。兄の喜ぶ姿につられるように、ミレーネもさっきより一回り元気な笑顔を浮かべてくれた。
やっぱり、子供の笑顔はいいな。
そんな年寄りくさい考えが、俺の心を温かいもので満たしていった。
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