第十四話 おっさん、商売を持ちかける①
「僕たちの村、畑が全部枯れちゃって……食べ物が全然無いんだ」
ぽつり、ぽつりと語る声はとても弱々しくて、悲痛な空気を纏っていた。
「畑が枯れたって……原因に何か心当たりはないのか?」
ミロンは力無く、首を横に振る。
「朝起きて畑の様子を見に行ったら、作物が全部枯れちゃってたんだ……新しく苗を植えてみたんだけど、それも次の日には全滅しちゃってて」
それは、あまりに不自然すぎる現象だ。持っている知識をフル活用し、原因を推測してみるが……農家はおろか家庭菜園の知識すらも疎い俺では何も浮かばなかった。三十六歳のおっさんが、助言の一つもできないとは情けない。
己の不甲斐なさに肩を落としている中年になど構うことなく、ミロンの話は進んでいく。
「最初は村に備蓄があったから、それを食べていたんだ。でも、今はもう無くなって……だから、村の男の人たちが森に食べられるものを探しに行くんだけど、森には今、ワイルドバードの群れが住み着いちゃってて……野草も木の実も少ししか採れないんだ」
「ワイルドバード?」
「鳥類型の魔獣です。とても気性が荒く、縄張り意識も強い魔獣ですね」
豚の次は鳥かよ……クシ草に続きワイルドバードについても解説してくれるサイプルに、俺は質問を重ねる。
「ワイルドバードって、そんなに危険な魔獣なのか?」
「いえ、ワイルドバード自体の脅威ランクは、そこまで高くありません。ただ、群れとなると一介の冒険者では太刀打ちできません」
多勢に無勢ってやつか。俺が一人納得していると、今度はサイプルがミロンに問いかける。
「ギルドには討伐依頼を出していないのか? 依頼の難易度はともかく、魔獣の群れであるなら冒険者たちがすぐに対応するべきことだ」
「お父さんたちが領主様にお願いしてるはずなんだけど……冒険者の人なんて、来たことないよ」
「何だと?」
サイプルの声に荒々しさが滲んだ。ギルドが冒険者を派遣しないことに強い違和感を抱いたのか、はたまたギルドの怠慢な対応に憤りを抱いているのか……深紅の瞳の奥に炎を揺らめかせながら、サイプルは顎に手を添え、何やら考え込みだした。
よく分からないが、とにかくサイプルの邪魔はしないでおこう。そう思っていると、鼻をすする音が聞こえてくる。目を向ければ、鼻の頭を赤くしたミロンが肩を震わせていた。
「ミロン?」
「ずっと……」
鼻をすすりながら、ミロンは目元を乱暴に擦る。俺はミロンの隣にしゃがみこんだ。彼のか細い腕を優しく諫めたが、潤んでいる瞳の周りはすでに赤くなってしまっていた。
「ずっと、お母さんとお父さんが、ご飯を食べるところ見てないんだ……一緒に食べようって言っても、自分たちは後で食べるからって……でも、二人の食器はいつも乾いていて、使った感じがないんだ……」
途切れ途切れに小さな口が語る両親の優しさは、俺の胸をひどく締め付ける。
「お母さんもお父さんも、お腹空いてるはずなのに……僕たちに食べさせて、自分たちはきっと、全然、ご飯、食べてないんだ……!」
零れ落ちそうな涙を必死に引き留めるように、ミロンは服の裾をギュッと固く握りしめた。溢れ出しそうなものを必死に抑え込んでいる姿は痛々しくて……俺はミロンの背中に手を添えた。
「おじいちゃんやおばあちゃんも、ちゃんと食べれたら、すぐに良くなるはずなんだ! なのに、二人も僕たちのことばかり優先して……ちょっとしか、ご飯食べないから、病気も治らなくて……だから、だから、僕……!」
「だから、クシ草を皆のために持って帰ろうとしたんだよな?」
ミロンの代わりに言葉を続けると、茶色の瞳から一粒の雫が小さな手に落ちた。
恐らく、家で蓄えていた保存食も底をついてしまったのだろう。家族を餓死させないため、父親は危険に立ち向かい、母親は己のことなど二の次にし、祖父母は病気で弱った体に鞭を打って……皆、大切な人のために頑張っているんだ。
家族からの愛情に何か応えられないかと、二人は一生懸命考えたんだろうな。だから、無茶だと分かってはいても、ホーンラビットの角を求めて大冒険に駆けだしたのだろう。大好きな祖父母に元気になってほしくて。両親の空腹を少しでも取り除きたくて……
健気な幼い兄妹に、視界が潤んでしまう。おっさんになると、涙腺が緩んでいけない。ミロンたちの不安を煽るまいと、俺は目元に力をぐっと込めて気合で涙を引っ込める。
「あの……テラカおじちゃん」
「ん?」
涙腺と攻防している俺を、遠慮がちに呼ぶ声。顔を向けると、緊張した面持ちのミレーネがいた。
「どうした? おかわりか?」
ミレーネは勢いよく首を横に振る。しかし、その顔には何かを求めているように見えた。大人しそうなミレーネの発言を邪魔しないように、俺はミロンの背中を擦りながら気長に言葉を待った。
口をもごつかせていたミレーネだったが、深く息を吸い込むと胸元で小さな拳を作る。そして、意を決したかのように恐々と言葉を紡ぎ出した。
「あのね……このご飯……お母さんたちにも、食べさせてあげられないかな?」
告げられた願いに、ミロンの涙が一気に引っ込んだ。俺が反応するよりも先に、顔を真っ青にしたミロンから荒々しい声が飛び出した。
「ミレーネ、何言ってるんだよ!」
「だって、お母さんたちにも食べてほしいんだもん」
「だからって、そんな図々しいこと言うなんて……失礼だぞ!!」
「でも……」
言葉を続けようとしたミレーネに、ミロンの眉がつり上がる。兄からの無言の圧に、妹は肩を揺らすと顔を伏せてしまった。
小さな口をきゅっと引き結ぶミレーネ。ミロンは気まずそうに目を逸らしながらも、腕を組むと難しい表情を浮かべている。多分、悲しみに耐える妹のため必死に頭を捻らせているんだろうな。
優しいお兄ちゃんであるミロンに心が和む。ふと、何かを思い付いたのかミロンの顔が喜色に染まった。
「そうだ……このご飯を持って帰ろう! そしたら、母さんたちにも食べさせてやれるだろ?」
「!! うん!」
「待て待て!」
とんでもないことを言い出す二人に、慌てて待ったをかける。




