第十二話 おっさん、ミロンとミレーネにご馳走する②
それにしても、オムライスとオレンジジュースを瞬時にチョイスするとは……華のセンスには目を見張るものがあるな。しかも、子供用のスプーンやコップまでちゃんと用意する気遣い。流石と思う反面、今後は見習っていこうとも思う。
と、ここでミロンが自分の胸元をドン、ドン! とたたき出した。俺は慌ててペットボトルの中身を、いつの間にか空になっていたミロンのコップへと注いだ。
「ぷはっ! 苦しかった……」
「慌てて食わなくても、食べ物は逃げないぞ~」
「うっ……はい」
恥ずかしそうに顔を俯かせる兄を、ミレーネはクスクスと小さく笑っている。そんな彼女の頬には、ケチャップがついているんだが……どうやら本人は気が付いていないらしい。俺は軽く笑いながら、弁当についていた紙ナプキンでミレーネの頬を拭いてやる。
「野菜も残さず食べるんだぞ。あと、よく噛めよ」
「「はーい!」」
元気いっぱいの返事。副菜までちゃんと食べている二人は、本当にいい子だ。幸せそうに弁当を食べる二人を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。
「どの世界でも、子供の笑顔はいいもんだな」
『そうですね』
心穏やかに交わす会話は、まるで熟年夫婦のようだ。のほほんした気持ちで子供たちを眺めていると、視界に美しすぎる顔がぬっと現れた。
「師匠! 次は自分にも、あのご飯を食べさせて下さい!」
微笑ましい光景を遮ったのは、興奮気味なサイプルの要求だった。先ほど、あれだけの唐揚げ弁当を食べたというのに……この少年の食への情熱は相当に高いようだ。
「分かった、分かった。次はサイプルの分もちゃんと用意するよ」
「そのオレンジジュースとやらも、お願いします!」
「はいはい」
「約束ですよ!」
「分かったから、離れろ」
念を押すだけでなく、じりじりと顔を寄せて圧をかけてくる少年を押し返す。
オムライスだけでなく、オレンジジュースも忘れず注文してくる抜け目のなさ。どうやら、サイプルは俺が思っている以上に食に対して情熱的なようだ。
約束した食事を待ちわびるかのように、彼の深紅の瞳は眩しいくらいの期待の光が宿っていた。純粋な子供のような少年の胃袋が満足できるように、オムライスは特大にしようと俺は密かに心の中で誓う。
すると、ここでサイプルがあることに気が付いた。
「む? 怪我をしているな」
「あ……」
サイプルの目は、ミレーネの膝に向けられていた。さっき転んだ時に、擦りむいたのだろう。ミレーネの膝は赤くなり、ほんの少しだけ血が滲んでいた。
傷のことを思い出したミレーネの顔が、痛みで歪んでいく。大きな傷でなかったことと、食事の方に意識が全振りしていたため、すっかり忘れていた。己の不甲斐なさを反省しつつ、俺は救急セットを華に頼もうとした。しかし、それよりも先にサイプルが動き出す。
じんわりと涙を滲ませる幼女の足元にサイプルは片膝をつくと、じっと傷口を観察している。
「……擦り傷か。この程度なら、自分がすぐに治してやろう」
そう言うと、サイプルはミレーネの膝に手をかざす。ミレーネの瞳が不安に揺れた。
「あ、あの……」
「すぐに終わるから、動かないでくれ」
ミレーネは戸惑った顔を、ミロンに向けた。妹の心を落ち着けるため「大丈夫」とミロンはミレーネに優しく語りかける。兄の言葉を信じ、ミレーネはサイプルに足を預けた。
「“治癒”」
淡い光がミレーネの足を包み込み、傷がみるみるうちに治っていく。光が完全に消えると、ミレーネの膝の傷は跡形もなく綺麗に完治していた。
「すごい! もう痛くない!」
「よかったな、ミレーネ!」
「うん! サイプルお兄ちゃん、ありがとう!!」
「うむ、お礼を言えて偉いぞ。それにしても、可愛らしい足に傷が残らなくて何よりだな」
ミレーネの大きな瞳が、パチパチと瞬いた。
「可愛い……? 私が?」
「貴殿以外に誰がいる?」
首を傾げるサイプルを、ミレーネはきょとんと見つめている。ストレートすぎる誉め言葉に呆気となっている幼女に、サイプルはおもむろに手を伸ばす。ミレーネの肩に手を置くと、そのあまりの細さに驚いたのか少年の眉根が微かに歪んだ。
「やはり、痩せ過ぎだ。もっと肉をつける必要があるな……今の状態では、せっかくの可愛いらしさが半減しているに違いない」
「そ、そうかな?」
「あぁ。健康的になった貴殿は、もっと魅力に溢れているのだろうな」
小さく微笑みながら贈られた言葉に、ミレーネの頬がぽぽっと淡く色づく。
柔らかな笑みと甘い言葉。そのコンボだけでも効くというのに……それが絶世の美少年から放たれたとなったら、効果は抜群に違いない。
絵本の中の王子様を目の前にしたように、ミレーネはうっとりとサイプルに見惚れている。
「む? 顔が赤いが、他にも調子が悪いところがあるのか?」
サイプルが顔を覗き込むと、ミレーネの体がはっと我に返ったように跳ねた。ミレーネはミロンの肩に顔を埋めると、千切れんばかりに首を横に振っている。
「ミレーネ? どうしたんだ?」
「どこか痛む箇所があるのなら、自分が治すぞ?」
「……何でもない」
「でも――」
「何でもないったら、何でもないの!」
ミレーネの行動に、サイプルもミロンも不思議そうにしている。どうやらミロンとサイプルは、花より団子派のようだ。そんな二人が小さな女の子の耳が真っ赤に染まっている理由を察するなんてことは、到底無理な話だよな。
――初恋キラー、サイプル
そんな二つ名を、心の中でサイプルに襲名させる。
俺は一つ息を吐くと、芽生えた乙女心が鈍感な男たちによって踏み荒らされないように、助け舟を出すのであった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
私用でバタバタしていますので、来週は投稿をお休みさせていただきます。
次回の投稿は十月六日です。
お待たせして申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。
ブックマークや評価をもらえると、すごく励みになり執筆速度が加速します!
リアクションも押していただけると、とっても嬉しいです!




