第十一話 おっさん、子供の無事を確認する
「大丈夫か? どこか痛いところとかないか?」
魔獣の脅威はサイプルによって取り払われた。縮み上がっていた肝が戻ってきたところで、俺は抱き込んでしまっていた子供たちに言葉をかけてみる。俺の声に二人はピクッと反応を返すと、ゆっくりと顔を上へと上げてくれた。大きな茶色い瞳たちと視線が交わる。とりあえず、ニコリと笑ってみた。その途端、子供たちの瞳がじわじわと水滴に溺れていく。ま、まずい……!!
子供たちを宥めようと急いで口を開くが――遅かった。
「うわぁぁぁん!!」
「うえぇぇぇぇん!!」
耳をつんざくような子供特有の甲高い泣き声。緊張の糸が切れた子たちの泣き叫びは、おっさんの鼓膜に容赦ないダメージを与えた。思わず体を退け反らしそうになったが、小さな手が俺を引き留める。
迷子になった子供が親を見つけた時のように、二人は俺の服を必死に掴む。無理もない。大人の俺でもあれだけ怖かったものを、こんな幼い子たちが耐えきったなんて本当にすごいことだと思う。立派な子たちに敬意をこめながら、俺は小さな身体を抱き寄せた。
「よしよし、よく頑張ったな」
「ごわがだったよぉぉ!」
「うんうん、そうだよな」
「いだいよぉぉぉぉ!!」
「そうだな。後で、ちゃんと薬を塗ろうな」
抱いていた恐怖を、涙と共に昇華させていく子供たち。俺は二人の小さな背中を、ゆっくりと優しく何度も撫でた。
――グゥゥゥウ……
「ん?」
「「おなか空いたよぉぉぉ!!」」
予想もしなかった言葉が二人から飛び出し、俺は目を瞬かせてしまった。だが、驚きはすぐに安堵へと変化した。空腹を訴えるということは、二人の中で恐怖が薄れてきている証拠。先ほどまで抱いていた感情が食欲によって上書きされたのなら、魔獣に追い掛け回されたという経験は、二人の心にそれほど深い傷は負わせていないということだ。
俺はほっと胸を撫でおろし、可愛らしい願望を叶えてやるため行動を開始することにした。細く頼りない体を腕の中から解放する。すると、二人の瞳が不安に揺れた。小動物のような子達の頭をわしゃわしゃと撫で、ニカッと快活な笑顔を向ける。
「よっしゃ! おっさんが美味いもの、食わせてやるからな」
「本当ですか!?」
「お前じゃねぇよ」
誰よりも早く反応したサイプルに、俺はすぐさまツッコむ。あれだけ食ったのに、まだ食べる気なのかこいつは。それに今、優先するべきは子供たちだというのに……お前はさっき食っただろ、と目で咎めると、サイプルの肩がしょんぼりと下がった。分かりやすく落ち込む少年を前に、チクチクとしたものが良心に刺さる。
「……あとでちゃんと用意してやるから」
「!! はい! ありがとうございます!!」
この場の誰よりも子供なのは、満面の笑みを浮かべている彼なのかもしれない。食欲旺盛なサイプルに肩を竦めつつ、俺は再び子供たちと向き合う。
“美味いもの”という単語の効果はてきめんだったようで、二人はやっと泣き止んでくれた。どの世界でも食べ物というのは、偉大な存在だと改めて実感する。
「君たちの名前は?」
「ひっく、僕はミロン。こっちは妹の……」
「ミレーネ……」
涙を拭いながら言葉を紡いでくれるのは、小学生くらいの男の子であるミロン。兄であるミロンの隣にいる幼稚園くらいの女の子は、もじもじしながら、か細い声で名乗ってくれた。
「ミロンにミレーネだな。俺は寺日っていうんだ。この車……じゃなかった、魔道具が俺の相棒の華だ」
『初めまして、華です』
軽くクラクションを鳴らし、華は柔らかな口調で挨拶をする。人のように言葉を発する魔道具を目の前にし、ミロンとミレーネはぽかんと口を開けていた。本来であれば、魔道具というのは無機物なものらしい。華のように自分の意思がある、数少ない魔道具と対面するのは初めてだろう。
怖がらせてしまったかな……? とハラハラしながら二人の反応を窺う。
「魔道具がしゃべった……!」
「すごい! どうやってお話してるの?」
『“テレパシー”というスキルを使用しています』
「すごーい!」
「カッコいい!!」
『フフ、ありがとうございます』
さすがは子供。状況の適応力が高い。相棒の存在が否定的に捉えられず、安堵の息が零れる。
「それで、こっちのワイルドピッグを倒したのが……」
「サイプルだ!」
「っわ!?」
割り込んできた少年に、ミロンたちの肩が跳ねた。幼い子の身長に合わせ、腰を折り曲げ力強く自己紹介をするサイプル。その行動に問題はない。が、その距離感は問題が大ありだ。
「だ・か・ら! お前は近いんだよ」
「ぅぶ!?」
近すぎる美しい顔を、思いっきり後方へと押し退ける。適切な距離を保たたせると、ミレーネの表情から強張りが無くなった。いくらイケメンでも、相手と間合いを詰めていい理由にはならない。
ミロンは何度か瞬きをした後、はっとしたような顔になった。ふわふわとした茶色の頭が勢いよく下がる。
「テラカさんに、ハナさんに、サイプルさん。助けてくれて、ありがとうございました。ほら、ミレーネも」
「あ、ありがとうございました」
はきはきとお礼の言葉を紡ぐミロン。ミレーネは兄の言葉を、たどたどしくなぞっていく。なんて礼儀正しい子だ。これぞ、親御さんの教育の賜物というやつなんだろうな。
「どういたしまして。といっても、俺は何にもしてないけどな」
ワイルドピッグを倒したのはサイプルだし、この子たちを守ったのは華の結界だ。最年長でありながら、魔獣にビビりまくっていた自分が情けなく感じる。でも、そんな自分が嫌いじゃない!
この歳になると、自己肯定は己自身で上げていくしかないのだ。自分の機嫌は自分で取る。それができるかどうかが、老害予備軍になるか否かの分かれ道……俺は立派なおっさんになりたい!
――グゥゥゥウ……
なんて考えていると、腹の虫が再び空気を震わせた。ミロンは顔を赤くし、お腹をおさえている。
「悪い、悪い。つい話し込んじゃったな。すぐにご飯の用意をするから、そこら辺に座って待っててくれ」
「あ、あの!」
食事の準備に取り掛かろうとすれば、ミロンが慌てたように声をかけてきた。どうしたのだろうか? と顔を向けるが、ミロンは何も言わない。口をもごもごとさせ、何やら言葉を選んでいるようだ。
何だ? もしかして、嫌いなものでもあるのか? うーん、でも好き嫌いはよくないしなぁ……よし、ここはとぼけておこう。
「どうした? リクエストなら受け付けるぞ」
「……テラカさんは、商人なんだよね?」
「ん? あー……まぁ、そんなところかな」
本当は違うけど。事実を言うには時間がいるので、今はそういうことにしておこう。曖昧ながら俺が肯定すると、ミロンの顔が曇った。
「僕たち……お金、持ってない」
あ、そういうことか。古びた服の裾を握りしめるミロンの顔は泣きそうだった。俺の言葉不足のせいで純粋な子供にそんな表情をさせてしまい、とてつもなく申し訳なくなった。
「ごめんな、俺の言葉が足りなかった……お金なんていらないぞ」
はっきり明確な言葉でそう告げると、ミロンの茶色の瞳が大きく見開かれる。
「で、でも……」
「言っただろ? ご馳走してやるって」
「……いいの?」
「子供が遠慮なんかするな。甘えられる時は、しっかり甘えておけ」
な? と頭に軽く手を置くと、茶色の瞳にじんわりと涙の膜が張っていく。
「よしっ! じゃあ、超特急で準備するから待ってろよ」
「っ……うん! ありがとう!」
「テラカおじちゃん、ありがとう!」
「お、おうよ!」
涙を拭いながら笑みを浮かべるミロン。ミレーネも嬉しそうだ。ストレートな“おじちゃん”呼びに若干ショックを受けつつも、兄の笑顔によって妹の警戒心が解けたのは嬉しい。でも、やっぱり純粋な子からのおじちゃん呼びは精神的にダメージが少しあるな……
自分で自分のことを、おっさんって言ってんだから別にいいだろ。そう思った奴もいるかもしれない。しかし、それとこれとは話が別なのだ。自称するのと相手から言われるのでは、大きな違いがある。おっさんの入り口に立った俺の心境は、そういう複雑なものを抱えているということを覚えておいてほしい。
誰に言うでもなくそう心で願いながら、おっさんは食事の候補を脳内に浮かべるのであった。
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