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第十話 おっさん、子供を助ける②

 意識を正面に向ければ、恐ろしい獣の顔がハッキリ見えた。豚の顔に猪の牙を付け加えた獣は、魔獣というより化け物と呼ぶべき見た目だ。その恐ろしい姿を前に、思わずアクセルを踏む足が緩みそうになる。だが、それと同時に俺の視界に入ってきたのは、小さな女の子の手を引いて必死に走る男の子の姿だった。


「ぁ……!」

「ミレーネ!!」


 女の子の体が勢いよく地面に転倒してしまった。男の子は足を止めると、慌てて女の子に覆いかぶさる。


 小さな身体で魔獣から女の子を必死に守ろうとする姿を見た瞬間、逃げようなんて選択肢は俺の中から完全に消え去った。


「行くぞ、華!!」

『はい! 結界を張りますので、そのまま突っ込んで下さい!!』

「分かった!」 


 俺はアクセルを思いっきり踏みつけ、クラクションを鳴らしまくる。


 耳をつんざくような音に、ワイルドピッグの意識が子供たちからこちらに向いた。一瞬だけ生まれた隙を逃さず、俺はハンドルを強く握りしめ魔獣めがけて直進した。


――ドゴォ!!


「ブモォ……!?」


 ワイルドピッグが吹っ飛ぶほどの突進。にもかかわらず、車内にいる俺には何の衝撃もなかった。これが、結界……華のスキルなのか。結界の凄さを目の当たりにした俺の頭に、一つの案が浮かんできた。


 よし、この技は「結界アタック」と名付けよう。て、今はそれどころじゃなかった!


 呑気な思考から、今、自分がやるべきことへと、意識の舵を大急ぎで変更する。


 華の体当たりによって、ワイルドピッグが子供たちから強制的に離れた。その好機を逃さないよう、俺はハンドルをきり、魔獣と子供たちの間に壁を作るように車体を捻じ込んだ。シートベルトを外し、車内から飛び出して、急いで小さな身体を抱き起こす。パッと見た感じ、二人とも大きな怪我はしていないようでほっとした。


「大丈夫か!?」

「え? 人……?」


 得体の知れない鉄の塊の乱入。そこから出てきた、見知らぬおっさん。吹き飛んだ、化け物……目の前で繰り広げられた光景から得た情報の量があまりに多すぎるのだろう。二人は明らかに混乱していた。だが、今は説明している暇なんて無い。一刻も早く、この子たちと一緒にワイルドピッグから逃げる。それが最優先事項だ。


 不意にカチャッとした音が聞こえたと思ったら、助手席のドアが開いていた。どうやら、華も同じ考えだったらしい。


「ここから逃げるぞ! 乗れ!」

「は、はい!」


 戸惑いながらも、子供は指示に従ってくれる。素直な子でよかった、と安堵するも束の間。


「ブモォォ!」

「げっ!?」


 ワイルドピッグが復活しやがった。思わぬ打撃にお怒りなのか、先ほどよりも興奮状態にあるようだ。雄叫びをあげながら、突進してくる魔獣。子供たちの体を覆い隠すように抱き込み、腕の力を強めた。


――キィィン!


 何かにぶつかり、ワイルドピッグの巨体が跳ね返される。周りに目を向ければ、華を中心として広がる透明な壁が俺たちを取り囲んでくれていた。どうやら、華が結界で守ってくれたみたいだ。


「うむ! 華殿の結界の強度は素晴らしいな!」


 荷台の屋根に乗っていたはずのサイプルが、いつの間にかワイルドピッグの背後に立っていた。


「今度は自分が相手になろう!」


 サイプルはそう言いながら、大剣片手に軽く準備体操を始めた。隙だらけの少年。ワイルドピッグは瞬時に標的をサイプルに変更すると、迷うことなく突進していった。


「ブモォオオ!!」

「っ!! 戻れ、サイプル!!」


 あんな化け物、真正面から相手にするなんてやっぱり無茶だ!


 喉が張り裂けそうなほど叫ぶ。けれど、サイプルは戻るどころか逃げようともしない。寧ろ、敵を迎え撃つため武器を構えだした。


 身の丈ほどもある、重量感ある大剣。それを少年は軽々と片手で持ち上げると、魔獣に向かって思いっきり振りかざした。


――ザシュッ!! ドォン!!


 急所を切りつけながら、サイプルは魔獣を勢いよく地面に叩きつける。


「ブモォオオ……!」


――ドォォォオン……!


 ワイルドピッグは断末魔を上げると、そのまま動かなくなった。地に伏せる巨体から流れ出るものは、穏やかだった草原を物騒な赤に染めていく。


「あんな化け物を一撃って、マジかよ……」


 一瞬にして終わった討伐。あんなに恐ろしかった獣の呆気ない最期に、俺は呆然とする。


「うむ! 今日も我が愛刀は、いい切れ味だ!!」


 魔獣の血を払い、大剣を誇らしげに掲げるサイプル。いくら細マッチョとはいえ、あんなデカい剣をあっさりと扱えるなんて……サイプルの底知れぬ筋力に、俺の背筋がブルリと震えた。


 やっぱり、コイツの師匠は辞退するべきかもしれない……


 そんなことを検討しつつ、俺は腕の中できょとんとしている子供たちへと目を向けた。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。


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