第七話 おっさん、熱く語る②
――ホーンラビットはピンピンしている……?
その言葉が俺の中で反響していく。指摘された内容を、脳が咀嚼し終えたタイミングで俺は視線をサイプルからホーンラビットへと移行させた。すると、不思議そうにしているつぶらな瞳と視線が交わる。
肉体の一部が折られたというのに、ホーンラビットは一滴たりとも血を流してはいなかった。その愛らしい顔に苦痛の色など一切なく、ただ平然と俺を見ていた。
想像していた姿と違ったホーンラビットに、俺の脳内は真っ白だ。
「え……? な、なんで!?」
飛び出した言葉に、サイプルがすぐさま反応してくれた。
「ホーンラビットの角は、放っておけば勝手に伸びていきます。なので、時々さっきみたいに折ってやるのがホーンラビットのためでもあるんです。人は薬の材料を、ホーンラビットは角の手入れをしてもらえる。まさに、互恵関係です」
「角を折られて、痛くないのか……?」
「角に痛覚はありません。折り方にもよりますが、衝撃もほとんど無いみたいです」
「……体に害とかは?」
「特にありません。寧ろ、角の分だけ身体が軽くなって動きやすいかもしれませんね」
そうきっぱりと断言された瞬間、俺は顔から火が出そうだった。
ホーンラビットの角は、人間でいうところの爪のような存在。伸びすぎれば危険なものを、サイプルは親切に処置しただけのこと。そんなことなど知りもしない無知なおっさんの言葉が、善良な少年の心に届かないなど当然のことだ。
何が“敵意のないやつを無暗に傷つけたらダメだ”だ。寧ろ、生活しやすくしてやってるじゃないか!!
綺麗ごとがたっぷり詰まった長々しい無駄な説教の内容を思い返し、一人心で叱責する。叶うのならば、数分前の愚かな自分の口を殴ってでも塞いでやりたい。
事情を聞かず、一方的に相手を責め立てる痛々しい中年。そんなものになり果てた自分に打ちひしがれている俺の手を、サイプルが力強く握りしめてきた。
「師匠。自分は今、感動しています! あなたが師匠で本当によかったです!」
「はい……?」
「相手が魔獣でも変わらない、師匠の優しさ。そして、自分の未来まで案じてくれる、その気遣い……さすがです!」
ズズイッと顔を近づけてくるサイプルの瞳は、それはもうキラキラと美しく輝いていた。お世辞や邪気のない光を間近で受け止めた、俺の頬がヒクリッと引き攣る。
「あなたを師匠に選んだ自分の目に狂いはなかったと、改めて思いました!」
「ち、近い……!」
「ハッ! 失礼!」
暴力に訴えられる前に、サイプルは俺の手を解放した。適正な距離に戻った少年は穢れのない深紅の瞳に俺に向けると、雄々しく宣言する。
「師匠の熱い思い、しかと受け取りました!」
「受け取らなくていい! 痛々しいおっさんの戯言なんて、さっさと忘れろ!」
「いいえ、もう心にしかと刻みました! 自分は、師匠の言う弱者に寄り添う神になります!」
そう誓うサイプルの表情は、とてつもなく真剣なものだった。俺の想いはともかく“弱者に寄り添う神”というのは、素晴らしい。そこは否定すべきではないと感じた俺は苦笑を浮かべるだけにした。
それに……俺の想いはちゃんとサイプルに届いていたんだ、と実感したらもう何も言えなかった。それに所詮はおっさんの長ったらしい意味のない説教だ。時間が経てば、記憶の海の藻屑となって消え去るだろう。
うんうん、と一人勝手に自己完結させている俺の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。
「そして、自分が神なった暁には……先ほど頂戴した師匠のお言葉を、一字一句違わずに伝え、後世に残していきます!」
「はぁぁぁ!?」
意気込んでいる少年に、俺は驚愕の声を上げた。黒歴史が生涯消えないという悪夢に、眩暈がしそうだ。
――今なら、まだ止めることができる……!
そう思うやいなや、俺はすぐさま口を開いた。
「ちょっ、落ち着――」
『それは素晴らしいですね!』
「華!?」
まさかの相棒からの賛同に、俺の喉から素っ頓狂な声が飛び出る。
『頑張って下さい、サイプル様!』
「激励、感謝する! 華殿!!」
「ま、待て待て! 一回、冷静に――」
『後世に伝えるなら、紙か何かに書き記しておきましょう!』
「なっ!?」
「そうだな! いっそのこと、師匠語録という本を作るというのはどうだろうか?」
「っ!?!? やめ――」
『素晴らしいです! 私にも是非、協力させて下さい!』
「うむ! やはり、華殿とは話が合うな!」
俺の言葉なんて全てかき消されるほど、二人の会話は弾んでいた。
こうなってしまえば、もう止めることなどできはしない。若者の勢いに、完全に押し負けたおっさんは一人、膝から崩れ落ちるのみだ。
そんな俺を心配するかのように、ホーンラビットが顔を覗き込んでくる。
後の世にまで恥を晒すことになったおっさんにとってホーンラビットごとき、もはや恐怖の対象ではない。寧ろ、その柔らかそうな毛に心惹かれるくらいだ。癒しを求めて、俺はそっと手を伸ばした。
「角、ありがとうな。大事に使わせてもらうよ」
できる限り優しさを意識してホーンラビットの頭を撫でる。フワフワの毛並みの上で手を滑らせていると、ホーンラビットの瞳が気持ちよさそうに細められた。
動物セラピーならぬ魔獣セラピーを堪能しながら、今後の発言には気を付けようと俺は密かに誓った。
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